‐4‐ 其の壱

 インドを訪ねた後、レオの想いを使わせてもらい、アメリカへとたどり着く。

 彼にも大切なものがあったのかもしれない。

 僕は、あの機械の秘密を、どうしても諦めることはできなかった。

 研究所の場所は、あの時のメモにあったからすぐに分かった。僕は自分の道を突き進む。もしかしたら、自分の国に引き返して、彼女に会うことが一番いいことなのかもしれない。

 それも分かっている。

 でも、それだけのことが僕には難しいことだった。


 一度否定された僕に、

 彼女を殺そうとした僕に、

 どんな顔をして会えというのか。




 ニュージャージー・ウエストオレンジ。

 ここに彼の研究所はある。

 今もまだ多くの彼の弟子筋の人々や彼を敬愛する研究者たちの手によって、彼が世界にもたらそうとした研究の続きが行われている。専門としては理工学ということになるだろう。神智学を一つの化学として用いた工学――僕が先生から学んでいることで、先生が道の先を走る学問だ。

 ゆえに僕がそのままアメリカに渡りたいと言ったら、簡単に許可が出た。

「危ないことがあった」と話してみたが、何が起きたのかを話すまで、先生からは心配されるようなことはなかった。ロシアのニュースは、どうやら他の国で報道されていないらしい。国がストップをかけたのだろう。

 秘密の研究所は、知られないのが秘密なのだろう。


「君が研究所の中を見たいというのなら、私が話を通しておくよ」

「本当ですか? にしても、先生はあまりに顔が広すぎませんか?」

「それだけ狭い業界なんだよ」


 確かに僕は先生の研究の分野を物心つくまで知らなかったし、世間的に大きく知られているわけでもない。まだ一部の人間が世界の『外側の世界』を少し認知したというだけに過ぎなくて、まだまだ一般的になるまでには長い時間がかかるだろう。

 いつの日か――しかし、いつかそれは確実に叶う、と信じている。


「では、こちらからも電話しておくから、君も出発前には電話するんだよ」

「はい。では、また」


 そう言って電話が切れた。

 彼女の容態については、聞かなかった。



 

「アカネバラの生徒? ぜひ来てほしいね!」


 電話で先生の名前を出した途端の一言目だ。

 本当に盛大な歓迎されそうな雰囲気だった。

 逆に怖い。


「あの普通に見学というか、聞きたいことがあるだけなので」

「それでも全然いいよ。迎えに行かせようか?」

「いえ、近くにいるんで歩いていきます」

「それは残念だ」


 やけに陽気な人に当たったらしい。

 僕は、その雰囲気に気圧されつつ、静かに電話を切った。

 向かう先は、トーマス・エジソンの偉大な名前を冠した土地にある。公園のような広大な土地の中、生前の彼が研究を行っていたというレンガ造りの研究棟がそのまま残され、その周りに真新しい研究棟が建っている。

 エジソンの研究所は、今もなお多くの研究者あるいは名前を知っているすべての人々に愛され、尊敬されており、有名な観光スポットのようになっているらしい。外周には鉄の柵が張り巡らされ、上の方には監視カメラが取り付けられているが、それをなんのそのと無理やり手を突っ込んで写真を撮る人間も多い。

 良くないことなんだけどなあ。

 そんな人たちを尻目に、僕は入り口の門を目指す。

 門扉のところにいた人に、名前を言うと開けてくれた。

 ちょうどその後ろから、一人の男が走ってきた。


「ちょっとっ!」

 守衛の老人は、彼に大きな声をかけた。

「顔パスでしょ?」

「良くないから叫んでるんだろ」

「はいはい」


 疲れた顔の男は、ため息を吐くと、胸ポケットからパスを取り出した。


「ここにゲストがいるんだ。もう少し気を付けてもらえないですかね、ジョンソンさん」

「あー……」


 疲れたような目で、彼は僕を見た。

 目には大きなクマがあり、瞼は垂れ下がり、瞳は死んだ魚のよう。

 かなり研究が佳境なのか、環境がブラックなのか、どちらにしても明らかに体力の限界というような顔をしていた。

 僕に焦点があったようだが、まだ「あー?」と言っている。

 守衛の男が説明する。


「彼は、日本の学生で、本日見学に来ているんですよ。優秀な方のようで、他の先生方から絶対に通してやれと言われてます」

「学生? 見学?? 本気で???」


 やっと理解したらしい。

 いや、理解はしてないのか。

 守衛も僕も、驚く彼にただただ頷く。

 彼は小さな声で、「なんでよりにもよって」と言う。

 本当に小さな声だった。


「じゃあ、そうだな。一緒に行くか」

「はい」


 僕らはそろって門をくぐる。

 彼の言葉が気になっていた。

 よりにもよって?

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