第13話 ホタテに刻まれた恋文一首

 ヨロズハは再三アイイロに確認した。フタの村に住む藍髪の一族の行く末を見届けなくて良いのか、と。しかしアイイロは満足そうな顔で断るのだった。


「族長たちは平気よ。誇りを取り戻してるに決まってる」


 アイイロは自分の一族を信じている。そうヨロズハも感じた。ヨロズハとて朱の髪一族のことがマンヨウ王の次くらいには好きだ。それと同じことだろうと彼女は思い直す。


 川で水浴びをし終え、朝の日差しの元で二人は荷の整理をする。ヨロズハの布袋の中には今まで集めた歌が大切に収められている。木簡は薄いので、割らないように気をつけなくてはならなかった。袋の中、そんな木簡の脇に食料や物々交換のための金品がある。


「荷物の整理は終わった。そっちはどうだアイイロ」


「荷物なんか衣装一式で終わりよ」


「食料は」


「あなたは知らないかもしれないけど、道端で踊れば割と貰えるものよ」


 ヨロズハはほう、と息を漏らした。王宮暮らしであったヨロズハからしたら知らない世界である。


「私も次の村では道で歌ってみようかな。歌集めが多くて、王の尊さを全然歌えていない」


 ヨロズハはそういうと頭の中で蜘蛛の巣上に連想を広げていった。彼女には打算がある。今までかなりの距離を歩き、人や妖獣と出会い、さまざまな景色を見た。そんな自分ならば今までよりも広い視野で歌を作れるのではないか。


 そんなことを妄想する。さらに妄想を膨らませ、力量の上がった歌をマンヨウ王に褒めてもらうところまでいって、気持ちの悪い笑いをヨロズハは浮かべた。

 

 付き合いの短い中でもアイイロはヨロズハはマンヨウ王の狂信者であると知っている。どんなことをヨロズハが考えているのか想像に難くなかった。アイイロはヨロズハを小突いた。


「おいていくわよ」


 顔が緩みが収まらないヨロズハはへらへらしながら袋を腰にくくりつけた。そんな彼女に軽蔑に近い目線を送るのはアイイロだ。


 ヨロズハがアイイロと共にフタ村の出口、川にかかる橋の側までやってくる。その頃にはヨロズハは流石に表情が元に戻っていた。


 二人はくるりと振り返った。ヨロズハは少し心がくすぐったい感じがして、笑みをこぼした。そんな様子の彼女にアイイロは尋ねる。


「どうしたのよ」


「来た時よりも人数が増えたと思ってな」


 ヨロズハの袍がモゾモゾと動き、シチゴとゴシチが出てくる。二体はアイイロの髪にまとわりつくように、噛み付くようにニオイを嗅ぎ始めた。


 アイイロは二体を優しく撫でるようにし、歩き始めた。二人は川にかかる橋を渡る。簡素な橋だ。下にはフナが泳いでいる。


 山から流れる川を越えると、丸い砂利の多い川沿いを抜ける。そして林に入っていく。二人とも特に会話はなかった。アイイロはゴシチとシチゴと戯れている。一方でヨロズハはあたりの木々や風の匂い、足元のキノコに至るまで神経を尖らせていた。


 異様なヨロズハの雰囲気を感じ取ったアイイロは首を傾げた。


「何をしてるのよ」


「目に映るもの全てが描写力の源だ。次の街では王の歌を歌うのだから、鍛えてる」


 ヨロズハはキノコから毒や傘を連想したり、吹き抜ける風の源流はどこかなどと考えたりしながら歩いた。


 木々がないだけの雑草だらけの道を歩く。ヨロズハの脳内トレーニングにより、彼女が頭痛を感じる頃になると、潮の匂いが鼻腔を通った。


 サンの村には港がある。まれびとがやってくると言われて納得のいくような大海原が村の向こうに広がっている。そこから取れる海の幸は干物として税になっている。


 ヨロズハたちがサンの村にやってきて初めて目を引かれたのは、しなった防潮林だった。


「嫌に曲がっている木々だな」


「潮風に常に吹かれてるから、ああいう枝付きになるのね」


 絵に描きたいほどだとヨロズハは思った。王宮では見られない光景だ。


 ヨロズハたちは船の多く着いている木製の港から直線上に伸びる道に陣取った。ここは港と街を繋ぐ役割を担い、人通りの多い道だ。ここでならば思う存分歌い、踊れると思ったのだ。


 王の尊さを一層広める旅。その目的も果たすためにヨロズハは準備をする。ゴシチとシチゴを隣に浮かべる。


 物珍しい妖獣と朱色の髪に興味を引かれた人々が歩みを遅くする。ヨロズハは息を吸った。


「皆さん!私は王の尊さを歌うヨロズハ!聞かなきゃ損だ!」


 腹から出した勇ましい声に道行く人々はいよいよ足を止めた。好機と見て、ヨロズハは歌い始める。


「笹につく 露にもまさる マンヨウの御身 真珠かな」


 ヨロズハは流れる雲のように優しく歌う。それに合わせて、アイイロが舞う。彼女らは打ち合わせを放念していたが、即興で合わせた。アイイロはヨロズハの言葉の内容というより、音程や言葉の速さに合わせて踊った。まだ内容をイメージさせる踊りができるほど二人は親密になってはいない。ヨロズハは歌を続ける。


「生い茂る あれをもこれも 根を張り巡らす 知の極み」


 マンヨウ王の知性、その身の素晴らしさを歌い、踊る。二人の少女に人々は目と耳を奪われていた。


 彼女らの歌と踊りが終わると、一瞬感嘆の息が皆の口から溢れた。そしてすぐに喝采が巻き起こった。港の漁師たちが何事かと様子を見にくるほどの拍手であった。


 ヨロズハの頬は桃のように赤くなっていた。こんなにも多くの人々の前で歌ったのは初めてだった。そして雅ではない褒められ方をするのも悪くないように思えた。


 アイイロは手慣れた手つきで少し大きめのの皿をヨロズハの前に置いた。


 そこに握り飯や、イカの干物、綺麗な貝殻、塩の入った小袋などが投げ入れられた。賞賛の言葉と共に皿に増えていく物品にヨロズハは目を白黒させた。礼を言うのか間に合わないほどだ。


 しばらくして人が散っていく。アイイロは指差し確認をするように貰った品を数えていた。


「節制すれば一週間は持つわよ……ヨロズハ?」


 ヨロズハはうずうずしていた。初めて自分たちの力で生きていく体験をした。有力者に保護された働き方ではない。後者もヨロズハにとっては誉ある仕事であったが、今回は新感覚だ。


「まずいぞ……興奮がすごくて……言葉にできない」


「ふふ。そのうちなれるわよ……あら?アナタも何か?」


 一人の子供がヨロズハの後ろに立っていた。その子供は恭しくヨロズハとアイイロにに礼をすると、一枚の大きなホタテの貝殻をヨロズハに差し出した。


「貴女の歌を聞いた我が主人からでございます」


 それだけ言うと、その子供は駆け足で去っていく。ヨロズハは一瞬目を丸くした。そして貝殻に目を落とすと、目を見開いた。ヨロズハの肩越しにアイイロがホタテの貝殻を覗き込む。そこには一首の歌が書かれていた。


「我が視線 塩がのり着く 朱色の髪と声 貝合わせ」


 視線が塩のベタつきのように朱色の髪、つまりヨロズハにくっつき、ピッタリ離れない。ヨロズハはそんな意味の歌を送られたのだ。しかも誰とも知らない人物に。ヨロズハを差し置いてアイイロが言う。


「これって……恋文じゃないの」

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