第14話 


 嫌な予感が無かった、と言えば嘘になる。何も感じていなかった、と言えば嘘になる。

 それはいつからだろうか。本当は、本当はずっと違和感を感じていた。


「カエデ!頼むから一旦落ち着いて、話し合おう!」


 カエデは俺に杖を向けていた。遊びでも達の悪い冗談でもなく、敵意むき出しに俺を殺さんと杖を向けている。


 

「裏切り者」

「だから話を――」

 

 カエデは有無も言わず、黒鳥を放った。


 再び俺は一号で防ぐ。


「早く訂正しないと、私本気で――」

「いい加減にしろよ!」

「……」

「君はずっと、待ってたんじゃないのか?」

「何をですか……?」

「自分のことをここから救いだしてくれる人だよ!」

「救ってもらうも何も私は――」

「夢があるんだろ?竜の領域の外へ行きたいってさ。こんなところにずっといたら絶対後悔するって!」

「夢よりも大事なものが私にはあるんです!」

「でも、大事なものはもう戻ってこないでしょ?きっとカエデは俺が想像できないぐらいのダメージを受けたんだと思う。立ち直るのは簡単じゃないかもしれない。もし一人で立ち直れないならいつでも俺がこの肩を貸すよ!」

「何言ってるんですか?」

「俺はさ、昔のことで後悔してるんだ。あの時、もしあいつに手を差し伸べて居ればあんな悲惨なことにはならなかったのかもしれないって。あいつは求めてたはずなんだよ助けを、救いを、君だって同じはずだ。」

「求めていたとして、どうしてあなたを信じて頼れるんです?それに私がここから出たとしても外に待っているのは迫害だけ、貴方にはそれをどうにかするだけの力でもあるんですか?」

「最大限努力はするし、本気で君のことを守る!」

「貴方は何でそこまで私に世話を焼いてくれるんですか?やっぱり理由がありますよね?」

「だからそれは後悔したくないからで……」

「自分が、ですか?確かに不幸な人間を放っておくのは胸糞悪いですもんね。後悔したくないからなんてあやふやな理由では納得できませんけど」

「それでも、カエデを助けたいってことだけは本心だよ……どうしたら俺を信じてくれるんだ?」

 正論を繰り出され何とか状況を覆そうと自分の口から出てきたのはあまりも他人任せな言葉だった。

「最初に断罪人じゃないって否定してくれれば、私はカイトさんことを信じていたかもしれません……。」


 本当のことを言っていれば、素直に転生したと言っていればこんなことにはならなかっただろう。でも、俺だってあの時はあれが最善に違いなかった。こんな事態まで発展するなんて予想できるはずもない。


「ごめなんさい、カイトさん……」


 カエデが再び俺に杖を向ける。彼女の目には涙を浮かべていた。


「だめ、なのか……」

 

 結局、誰も救えず見捨てることになるばかりか自分すらも守れない。

 俺はまた……。

 

 あきらめた良いのか?こんなところで?あの時だって怖いから、巻き込まれたくないからと何もしないままに智也を助けることをあきらめてたじゃないか。後悔、俺がこのまま死ねば間違いなく思念となって残るだろう。

 まだ、駄目だ。最後の最後まで悪足掻きするべきだ。後悔なんて残すか、俺は思念体なんてこの世に残さないぞ。


 駄目元でも良い。思いつく最善の手段を取ろう。


 考えろ、考えろ、考えろ――。


 ――!これならもしかしたら!

 

 思いつくや否や俺は木にかかっている結晶石を一号で破壊する。


「な、なにしてるんですか!?」


 壊してすぐ俺とカエデが対峙している間に鬼火が現れた。

 鬼火の姿を見たカエデは尻込み、後ずさる。そして信じられないといった顔でこちらを睨んできた。


「カエデ、ちょっと待ってくれ」

「待ってって、待てる訳ないでしょ?」

「頼む、少しサトルさんと話すだけだから、その後はいくらでも打ってくれて良いから」


 俺はカエデに懇願し、頭を下げる。

 その様子をカエデは不服そうに杖を下した。

 

「本当に少しだけですよ」

「ありがとう」

 

 俺はサトルさんの方を向く。

 

「サトルさん」


 名前を呼ぶとサトルさんの声が響いてきた。

 

「大変な役回りを押し付けてすまなかった。君は早くここから逃げてくれ。何も気に病むことは無い。ただ私の力が及ばなかっただけのことなんだ。」

「俺は逃げるつもりで呼んだ訳じゃないです」

「いったいどういう?」

「カエデにあなたの声を何とかして伝えます。」

「無理だ。何度も試した、恐らく君が思いつくこと全部、でも駄目だったんだ。」

「俺、分かったんです。どうしたら声を届けられるのか。」

「本当か?」

「はい、これは俺にしかできないことなんです」


 俺は少しずつ一号の情報について知っていくうちに分かったことがあった。まず、思念体であるはずのサトルさんの声が聞こえる時、一号を介して伝わってくるということ。つまり思念体と一号には何かしら関係性があるということではないだろうか?

 そしてグールの吐く息と、煙の具合が似ているということについてだが、グールというのは死者が蘇り魔物となって蘇った者。

 死者となる前の何かが残っていると考えることもできる。カエデはいつか言っていた。グールになれば輪廻が回らないと。

 死者になる前の、人間にある何か。魂的な奴かもしれない。

 もしかしたらこの世に対する未練があるとサトルさんのように魂的な何かが思念体となってこの世に残るということではないのだろうか。魂的な何かと共通点の多い俺の能力だが、サトルさんの声をカエデに伝えることも可能かもしれない。現に一号のおかげで俺は聞こえてるんだから。

 

「聞いてください、俺今から一号を出します。」

「君のあの分身体か?」

「そうです、その分身体の中に飛び込んでもらえませんか?もし中に入れたら肉体を扱えるようになるかも」

「そんなことができるのか?」

「確証は無いですが、こういうのは鉄板なので」

「分かった。やってみるよ」


 俺は一号を鬼火のすぐ前に繰り出した。


 カエデは俺が突然分身体を繰り出したせいか、不穏そうな表情に変わる。


「分身体なんか出して一体どういうつもりですか?そんなこと許可した覚えはありませんよ?」

「カエデ、一号の声を聞いてくれ、君の大切な人だから」

「言っている意味が分かりませんってあれ?悪魔は?」

 

 鬼火は既に一号の中へと飛び込み、今まさに反応を待っている最中だった。


 頼む、成功してくれ――俺はこんな時だけ都合良く神頼みをする。普段は信じているわけでもないのに、今だけは別だ。

 柄にもなく俺は後ろ手で手を合わせていた。異世界はどちらかというとキリスト教っぽい宗教が多そうなので、少しずれているる気がするが、俺にそんなことを考える余裕はとっくに失われていた。


 しばらく、沈黙した時間が続き、痺れを切らしたカエデが再び杖をこちらに構えようとしていた頃、遂に奇跡は起きる。


 「――カエデ――」


 それは優しそうな男の声だった。姿かたちは俺の姿のまま。だが声いや、雰囲気までもが俺とは全くの別人だった。


 名前を呼ばれた張本人は、目を大きく見開く。彼女の顔は困惑、驚嘆、疑心、そして喜悦などが入り混じった複雑な様子だった。


「ありえない……。そんな、だって本当に、パパの声だ……。」

「――やっと、私の声が届いてくれた。本当に、長かった……。――」

「きっと私、騙されてる、だってこんなのありえないもん!」


 まだカエデは信用しきれず疑心暗鬼になっている。そんなカエデに俺は――。


「サトルさんで間違いないんだよ!どうして否定するんだ?どうして信じてあげないんだ?どれだけこの人がカエデのことを見守ってくれていたのか知ってるでしょ!」

「じゃあ、誰が私のパパとママを殺したんですか!悪魔以外の誰がいたっていうんですか!」


「――魔王だ、今まで勘違いさせるようなことをして悪かった。――」

「魔王……?じゃあどうして、どうしてそれを早く言ってくれなかったの!?」

「サトルさんは、どうしても君に声を届けることが出来なかった。一号の力が無ければ一生人殺し犯と勘違いしたまま終わる可能性だってあったんだ。そもそも思い返してみて欲しい。長い時間の間に一度でも危害を加えられたことがあった?何度でもカエデを襲う機会はあったよね?」

「それは、無いですけど、だからって……。」

「――例え信じてもらえなくても良い。だが、一つだけ私の話を聞いてくれないか?――」

「何ですか……?」

「――私はいつも言い聞かせていたな。一歩踏み出す勇気を持っていれば、あとは車輪が勢いよく回るように進み始めると。最初の一歩は重い、動いていたものが一度止まってしまえばさらに重くなる。――」

「なんで、そんなこと知って……」

「――私は、残念ながらもうカエデを手伝うことはできない。非常に無責任極まりなく不甲斐ない父だ。そんな私の願望でしかない。カエデ、幸せに、幸せになってくれ――」

「――――」

 

 カエデは目に涙を浮かべていた。何か言葉にして口に出そうとするも、上手く動かない。伝えたいことは数えきれないぐらいたくさんあるのだろう。でも、最初に出てきた一言で、カエデのそのすべてが伝わったように感じた。


「パパ、おかえり――」

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