第10話 祠 下

第十話 


 カエデの叫び声ではっと上を向く。するとそこには、クマほどの大きさあるのカムルが俺に向かって飛びつこうとしている寸前だった。咄嗟に俺は体をひねる。巨体カムリはカエデと俺の間の床へ顔から衝突。

 奇跡的に落ちてくる巨体を紙一重で躱した。

 

 小さいカムル達の寄席集まった大きなキリキリ音が、巨体カムルの音や気配を消し去り、油断したタイミングを見計って襲ってきたらしい。


 巨体カムルは衝突でダメージを受けたかに思われたが、少し簸るんだ様子を見せただけですぐに態勢を立て直した。そして俺の方を向き、虫特有な無数の点の集合体で睨む。


「な、何なんだこのデカいカムリは!!」

「分かりました!カムリが異常発生している原因は恐らくそいつです!稀に特定の魔物は変異し、周りの魔物を増殖させることがあるんです!」

「まじか、くそッ!まだカエデの魔法も溜まってないのに!」


 巨体カムリは口を開け、キリキリと威嚇してきている。すぐにでも襲ってくるだろう。

 ここに来て最大の山場だ、どうする?もはや手詰まりに近い状況だ。カエデの魔法は装填中、一号はカムリ達を抑えるのに使用している。またもや時間を稼がなければならない、時間さえ稼げれば状況は好転するはずだ。カエデの魔法装填が終って、カムリ達を処理することができれば一号も手元へ戻り、魔法の援護を受けることが可能になる。

 

 一か八かの賭けに出るしかない。それは最も単純かつ無防な手段、逃亡だ。俺はこう見えても持久力だけには自信がある。だって水泳部だから。


「カエデ、今度は俺が一号になる!」

「カイトさん自身が時間を稼ぐということですか!?そんな無謀な!」

「何とかそれまでにカムリ達を倒してくれ!頼んだぞ」

「ちょっと――」


 俺はカエデの反対を押し切り、巨体カムリに背を向けて全力疾走を始めた。

 一瞬後ろを振り返ってみれば、巨体カムリは追ってきていた。やはり捕食者は動くものに反応するようだ。

 全力ダッシュを始めたは良いものの、今にもカムリの強靭な牙が俺の体をかすめそうになる。

 冷や汗を垂らしながらまだかまだかと、俺はカエデが装填し終わるのを待った。


 来た道を戻り、カエデとの距離が離れたことで光源も無くなる。今や勘だけを頼りに、走り続けている。ただひたすら暗闇の中を巨体カムリと、どのぐらい離れているかもわからず走る。恐怖で気が狂いそうになり、巨体カムリの足音が近づいてくる度に死を覚悟した。

 

 息を切らし、体力も残りわずかになっていたころ、カムリの足音とは別の大きな音が聞こえた。その後すぐに掛け声が聞こえる。


「カイトさん!倒せましたぁぁ!」

 

 すぐに俺は一号の餅化を説いた。煙となった一号は使命を終えたと言わんばかりに口の中へ舞い戻ってくる。

 餅化一号を今すぐにでもぶつけたいところだがこのまま後ろを振り返れば減速してしまう。

 少しでも減速すれば直ぐにでも追いつかれ勢いのまま巨大カムリに引かれるだろう。

 

「カエデ!足元だ!」

「了解です!」


 カエデが黒鳥を放ち巨体カムルの足に命中、バランスを崩し横壁にぶつかる。


 音で足が止まったと判断した俺は、すかさず後ろを振り返り、一号を吐く。


「餅化しろ!」


 そして見事に命中、地面と固定することができた。

 口元を塞がれたカムリは苦しそうに喘ぐ。

 

 そう、俺はあえて巨体カムリの口元を狙ったのだ。

 

 カエデが巨体の様子を見に歩み寄ってくる。


「どんな生き物でも俺たちと同じよう呼吸してるんだ。いくら馬鹿でかい魔物だろうが死は免れないだろ」

「ですね……」


 最初こそじたばたと抵抗していたものの、胴体が動かなくなり、顔、そして最後までぴくぴくと動いていた一本の足は活動を停止した。


「疲れたな……。」

「です、ね……。」

 興奮してアドレナリンが出過ぎたのかは知らないが、頭がぼーっとしている。

 カエデも心底疲れ切ったようで、顔が憔悴していた。


 俺たちはその場でへたり座り込む。しばらく沈黙した間があった後、

 

「脅威の原因も去ったし、このまま祠探索は続けられそう?」

「カムリ達もあらかた片づけたでしょうし可能だと思います。ただカイトさんは良いんですか?何だったらこのまま帰って後日また私が取りに行きますよ?」


 カエデは俺の疲れを気遣ってくれているらしい。

 

「それだと、ここまで頑張ってきた意味がないじゃんか。最後まで頼みを成し遂げてこその恩返しだよ。」

「――本当に私の為にここまでしていただいて、ありがとうございます、ただこれ以上は申し訳無いというか」

「まあ、成り行きでそうなった感は否めないし、カエデだって命を張って毛人から俺のことを守ってくれただろ?」

「でも、私は魔法という強い力を持っているからでカイトさんとは状況が違います」

「もしかしたら毛人に魔法は通じなかった可能性だって」

「いえ、毛人には大抵効き目があります。なので私はあらかじめ絶対に大丈夫だと踏んだ上で助けました」


 それをわざわざ自分で言うところが素直で嘘をつけない子だとわかる。

 何百年も前から差別されているにもかかわらず、その純粋な心はカエデの両親あってのものなのかもしれない。

 そういえば自分の身勝手な憶測でサトルさんやカスミさんを冷たいと決めつけていたな。俺は彼らを断片的にしか見ることができて居ないんだろう。

 

 申し訳なさとカエデの純粋さに心を揺さぶられ笑みが溢れる。

 

「な、なに笑ってるんですか?私の話聞いていました?」

「うん聞いてたよ。カエデってほんと何百年も生きてきたとは思えないなって」

「ま、また、どういう意味ですか?」

「良い意味でだよ」

「良い意味でって、どうせ子供っぽいなとか思ったんでしょう」

「思ってないって」

「こう見えても、結構気にしてるんですから」

「それは分からなかった。ちょっと意外なかんじ」

「私だって成長したいんです」

 

 

 そして俺たちはいよいよ目的のものがある場所へ歩き出した。

 

 数十分くらいは歩いただろうか?

 柱のゾーンが終わり、ちょっとした広間へたどり着く。カエデの言った通り、カムルは一通り片付いていたようで、ほとんど出くわすことは無かった。広間は円状になっており、壁にはいくつかアーチ状の奥へと続く通路が規則正しく並んでいる。


「急に通路が多いなぁ」

「通路の奥には倉庫があって、それぞれ違う古代の遺物が入ってるんです。どれも不思議な物でして、用途も分からない物が多数あります。カイトさんもきっと見た事ないものばかりですよ」

「もはや祠というか、古代遺跡だな」

「ですね」

 

 通路に入る直前、カエデが足を止める。


「あの、やっぱり引き返しませんか?」

「……え?なんで?」

 

 今までの話の流れから何故引き返したいなどと言い出したのだろうか。カエデがこちらに顔を向けていないせいか、感情が読み取れない。

 

「というか私が今から一人でとってきますから」

「……?さっき最後まで成し遂げてこその恩返しだって言ったじゃないか。」


「そう、ですよね、すいません。――ここを右です。」


 カエデは何故かあまり乗り気でないらしい。

 

 それは最も手前にある通路のうちの一つから入るようだ。


 アーチ状の通路に入った俺は窮屈さに眉を寄せる。

 今度は今までと打って変わって、人1人丁度通れるぐらいの狭さだった。通るのに何ら不都合が生じる訳では無いのだが、気持ち的な問題で、暗闇の中閉塞感を感じる状況というのが不快なのだ。

 

 そのまま直線に進んでいくとまたもや扉があった。重厚そうな見た目で、ちょっとやそっとじゃ開きそうにない。

 だが、カエデはちょっと、そっと魔法を唱えただけで扉を開けてしまった。


 扉の向こうを見て最初目についたのが、貴金属のような素材で出来た物体だった。長方形で大きさは人1人丁度入るぐらい。横並びで八つぐらい並んでいる。


「何だろ」

「――――」


 だが、カエデは答えない。

 それよりも目の前の存在が気になっていた俺はその異変に気が付かなかった。


 近づいて様子を見てみると、上方の一部分だけが透き通っている。まるでガラスだ。

 貴金属は空洞になっているようで何か入っている。

 曇ったガラスを手で拭き、確認した。


「うわぁぁ!」

 

 なんと中には人、が入っていた。


「こ、これ、何だよ!?」

「私にも、分かりません――」


 カエデは意味深な目付きで貴金属の塊を見る。


 俺は仰け反った体を元に戻し、再び中を覗く。

 よく目を凝らして見てみると人では無く、人形のようだった。

 漫画によくある中へ人が入れるカプセルみたいにも見える。

 まあ、ひとまず人で無い事は分かったので一安心。


 恐らくこれらもカエデの言う用途が分からない不思議な物ってやつだろう。


 俺は一つ一つ貴金属の塊の中を確認していく、すると八つの内二つは中身が入っていなかった。入れ忘れでは、無いよな?

 

「所でカエデはこの部屋の何を取りに来たんだ?」

「もう入れましたから、帰りましょう」


 カエデは自分のカバンを指差す。

 どうやら俺が一人遺物を物色している間に、必要な物は収拾し終えたようだ。


「何入れたの?」

「何だと思います?」


 質問を質問で返してくる。


「サトルさんとカスミさんの体調不良を直す物だから――普通に考えれば薬とかかな?こんな部屋にあるとは思えないけど」

「例えば、私にとって必要不可欠なものは家族であるように、パパやママにとっての必要不可欠なもの、です」


「な、なるほど、哲学的だ。」

 

 正直、何を言っているのかはさっぱりわからない。カエデも伝える気が無さそうなので、もう分からなくて良いのかもしれない。

 

「帰りましょう、外が真っ暗になっちゃいますよ」

「うん、そうだな。」

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