第24話 優月の思い ④
「お嬢さま、何故お破りになられたんです?」
「この通り、この一件については終わりにしましょう。
「では、旦那様にはどうご説明いたしますか?」
「そうですねぇ、たまたま敷地内に隕石が落ちてきたことにでもしましょうか。加藤さんも、亮くんが悪意があって我が家を破壊したわけではないと分かっているでしょう?今までも、そしてこれからも、神宮寺家は亮くんにお手を煩わせることがたくさんあります。それを考えれば、今回のことは、ほんの些細なことです」
「確かに長い目で見れば悪くないご判断ですが……それで本当によろしいんですか?」
「ええ、庭の修繕費が保険でカバーできないようであれば、私のお小遣いから補填します。それで十分でしょう?」
8桁もの賠償金が鶴の一声でなくなろうとしていることに、亮は言葉を失った。
――さすが、財閥のお嬢さんともなると……気前の良さが違う……。
「亮くん、その代わり、これからもよろしくお願いしますね」
亮は慌ててソファーを立ち、床に正座し、最敬礼を示した。
「……ありがとう。今も昔も、君の恩は忘れない。どんな頼みも聞く。役に立てるよう、尽力すると誓う」
それは優月の策略だった。
もしも亮が契約に基づき、神宮寺家の雇われガードとなったとしても、賠償金の支払いが終われば縁は切れる。
それよりも、彼自ら、彼女に対して忠誠心を持つように仕向ける方が、紙の上で契約を結ぶよりもずっと頑丈な絆を築くことができる。
「どんなことをお頼みしてもいいですか?」
「力になれるなら……何でも、します」
言葉遣いも丁寧になり、亮はすっかりしもべのようになっている。
「では、私の近衛ナイトになってください」
「近衛ナイト……?あの、それは一体どんなことを……」
「亮くん、タメ口で構いません。あまり堅苦しくしないで、席に座ってください」
亮は席に戻ると、気持ちを切り替えて話し始めた。
「俺は自分が預かったこの力を使って、喜んで君のナイトになるよ」
「それだけではなく、亮くんにはその力を有意義に使ってほしいんです。種族や組織、個人を問わず、弱き者がいれば助ける。それが
漠然とした話だったが、亮は優月の意志に添えるよう、黙って頷いた。
「俺にやってほしいこととか、明確な目的があれば助かる」
「そうですね……」と優月は目だけで天を仰いだ。
「それなら、まずは森林公園で皇月の使徒を襲撃した犯人を見つけてください」
「使徒を襲ったのも、皇月の者なんだろ?君は皇月の姫として、自国の人と戦うことは許されるのか?」
「私は全ての皇月を敵と見なしているわけではありません。あなたにも、何と戦い、何を守るべきか、その時々、真実をよく見抜いて、適切な行動を取ってほしいです」
「判断が難しそうだな……。その言い方だと、皇月には味方もいるのか?」
「ええ、皇月では10年前から、人類に災禍を下すべきかどうか、激しい論争が起こりました。そして今は、親王派と真理派に分かれています」
10年前というと、ちょうど亮と優月が出会った頃だ。亮は、あの頃すでに地球の命運が動き始めていたのだということにも衝撃を受けた。
「その二つはどう違うんだ?」
「私の実の父、プレッツェルス王は、災禍を下すかどうかは慎重に考えるべきと提唱しています。それは、人類の思想には統一性が低く、一部分の人間が行為を行っている卑劣な行為のために、全種族が罰を受けるのは公平性がないと考えているからです。まずは厳密な調査を行い、地球全体に壊滅をもたらす恐れや、人類の大多数が地球にとって悪であると認められるなど、やむを得ない事態かどうかを確認するべきだと言っています。親王派は、そんな父の議論を擁護する方々のことです」
亮は手を口に添え、優月の話をしばらく咀嚼してから次の言葉を繰り出した。
「なるほど、人類の味方だな。真理派は?」
「真理派の主張としては、今まで同様の基準で他の多くの種族を断罪してきたのだから、人類だけを特別待遇するわけにはいかないということです。それは法に侮辱を与え、人類のために命の危機に面している他の生命体を見捨てることと同じだと。つまり、法の無私、平等性、聖性を守るべきと考えるのが真理派です。彼らにとっては、法を見くびるような行為は許されません。調査の結果、犯した罪と、それを裏付ける証拠が一定の基準に達していれば、執行猶予など与えず、直ちに災禍を下すべきだとして、親王派に反論しています」
燃え尽き、煙のくすぶっているマシンと優月の言葉を思い出し、亮は言った。
「公園でマシンの残骸を見た時、君は真理派のせいと言ったけど、どうしてそれが分かるんだ?」
「真理派の一部には過激な者たちもいます。彼らは法を守るためという立場で力を行使し、親王派の重臣たちを攻撃して、プレッツェルス王は暗殺されました」
優月の父である国王が暗殺されたと聞き、亮は顔をしかめた。
「何て酷い連中なんだ……。それで、プレッツェルス王の後は、誰が国王になったんだ?」
「現在、王座に座っているのは私のお父さんではありません、民心や国を動揺させないための偽物です。そして情報捜査部門の報告では、国王は地球へ降りているため行方不明と記録されています」
「だけど実際は暗殺されたのか……。でも、重罪になるんだろ?何ですぐに捕まらないんだ」
「重臣の中には真理派を支持する者もいますから、彼らがいつも上手く証拠を隠滅してしまうので、立件は難しいです。皇月では国王が絶対的な権力を握っているわけではなく、多くの議案は法の審判を経て裁決されます。ですから、もしも国王が乱心し、不適切な言動を行った時は、判決によって席を譲ることもあるのです」
亮の質問に答える優月の声は、だんだん小さくなっていった。
「でも、それなら法で解決すればいいのに、何で暗殺なんてことを……」
「真理派の中でも、過激な徒党は一部ですから。彼らだけでは裁決を左右するほどの力はありません」
「そうなのか……。それと、
亮はそこまで言って黙り、それから慎重に言葉を紡いだ。
「……君が神宮寺家の養女になって家から出ないようにしているのは、その辺りのことが関係してるのか?」
優月の表情からは、分かりやすいような切なさや悲しみは見られない。だが、潤んだ瞳だけは隠しきれないようだった。
「亮くん、あなたの推測は正しいです。今から9年前、我が王室に暗殺や不祥事の噂が流れていた時期に、プレッツェルス王は私を地球へと連れだし、ご友人である仁秀お義父さんに託されました。私はそれから神宮寺優月として、この家で過ごしてきたんです」
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