第13話 謎の尾行者の委託 ②
「葉月姉さん、なぜ身を隠すのです?」
「勇真は気付かなかったでしょうが、あの男はマナの気配を持っています。それに、お姉さまからもらったブレスレット型の探測ユニットも反応している。つまりあの男はエラドル金属を持っているということ……間違いありません、あの人は
「それがどうしたっていうんですか?葉月姉さんがこそこそと隠れる理由なんてありません。使徒一人くらい、僕のこの
勇真が冷徹にそう言うと、「いけません」と葉月は凜とした声で言った。
「こんなところで戦闘を引き起こしてごらんなさい、無関係の人が巻き込まれます」
勇真の表情に不服の色がわずかに浮かんだ。
「ですが……葉月姉さんが窮屈そうに身を潜めておられる姿など見ていられない。どんな場面においても堂々と向き合う。それが、僕たち神宮寺家に求められている風格です」
「勇真、それは状況次第でしょう?ね、もし私たちが周りを顧みずに皇月の人を襲えば、大変なことになるかもしれないと、お姉さまも言っていたでしょう?」
「……皇月の使徒は僕たちよりも先に本屋に来た。どう考えても怪しいです。皇月の者が人間世界の本屋に興味があって来たわけではないでしょう?」
葉月はその問いには答えないまま、男の姿が見えなくなったのを確認してから、用心深く動き出した。
「行きましょう、あまり長く
二人は周囲に注意を払いながら進み、さっと書店へ入った。
二人が約束の場所へ着くと、亮が振り向いた。
「矢守さん」
葉月に声をかけられ、亮は冗談半分の口調で挨拶をする。
「遅かったな、ケーキでも焼いて時間を忘れたのか?」
葉月が遅れた理由の七割は、確かに部活のためだった。葉月は言い訳をせず、硬い笑顔を浮かべる。
「お待たせしてしまって、申し訳ありません」
本題に入る前に亮は、勇真についても触れておくべきだと思った。あえて口調を変えることなく、冗談めかしたままで言う。
「紙には一人で来いって書いてたから、てっきり二人きりだと思ってた。俺がもし失礼なことを言ったら、弟さんの太刀を食らうのかな?」
同じ二年とはいえ、亮と葉月の立場には雲泥の差がある。亮は目の前に立っている神宮寺姉弟を見ても、接点もない自分がいきなりあのような呼び出し方でここにいることが、まだ信じられなかった。
月より下される災禍について、あえて自分に聞かせた理由は何なのか、亮は葉月がどんな企みを持っているのか、疑いの気持ちもあった。このまま会話が始まってしまうと、亮は葉月のオーラに気圧されてしまいそうな気がして、距離感をぼかすためにわざとそう言った。
遠回しに邪魔者扱いされた勇真は不快さを顔いっぱいに浮かべた。
「先輩のお言葉、少し不愉快ですね」
「そうか、じゃあ俺は帰るよ。俺は神宮寺さんのメモを見て、そこに書かれた条件の下に来ることを決めた。俺は約束通り一人で来たのに、そっちは二人ってのはちょっと酷くないか?だったらもう、話を聞く意味もない」
亮が颯爽と翻ると、葉月は少し動揺した。
「待ってください。勇真、しばらく離れていてもらえますか?」
「しかし……」
「矢守さんなら、大丈夫です。お願い、ね」
勇真は、葉月が亮に対して下手に出ていることに驚き、冷静さを欠いた。咄嗟に亮を睨んだが、すぐに葉月の方を向いた。
「……分かりました、ただし、15分間のみです」
納得できないまま、勇真はその通路から離れると、同じ階の別のエリアに立ち寄り、輸入ものの英文雑誌をパラパラとめくりながら待機に入った。
「さて、本題に入るか。俺に何の用だ?」
葉月は心を落ち着けるように軽く溜め息をつくと、目線を交わした。
「災禍について、あなたはどう思われますか?」
「さあ。……世界の機密情報なんだろ?何でわざと俺に聞かせたんだ?」
「あなたは、
「は?」
亮は耳を疑った。
「月読のメシア?何だそれ?」
「月読様から授かった予言です。マナを使える
突然、人類や世界の存亡を背負わされ、亮はわけがわからなかった。
「そんなの……誰が決めたんだよ」
「それは、私にも分かりません」
「いや……たしかにマナは見えるけど、俺はただの普通の高校生だ。そんな……人類を指導?災禍を止める?そんなこと、できるわけない」
葉月は無害そうな可愛らしい笑みを浮かべて、強引に話を続けた。
「動揺されているようですが、これはもう、定められた運命です。お姉さまはあなたに
「つまり俺に皇月と戦えってこと?そんなこといきなり言われても、戦い方すら知らない俺に、何ができるっていうんだよ」
亮が了承しないでいると、葉月の笑顔は急に硬くなった。葉月はすっと手を前に差し出す。
「その覚悟がないなら、月の心をお返しください。私が代わりに、お姉さまに返しておきます」
「悪いけど、このペンダントは神宮寺家のご令嬢だろうが、他の誰であっても渡すことはできない」
「運命から逃げるような者に、それを預かる資格はありません」
亮は男の言葉も半信半疑だったが、もし神宮寺家に誰かが軟禁されているとして、それが
「それとこれとは関係ない。そもそも神宮寺さんのお姉さんと、俺が月の心を預かった人が同じ人かどうかも確認できてないのに、大切な預かりものを渡せるわけないだろ」
「私はお姉さまの代わりにあなたと話し合うために来たんです。その時、もしも月読のメシアに期待ができなければ、月の心を取り戻してくるようにと命じられました」
「代理人なんて一番信用できねぇよ。何でそのお姉さまは、自分で会いに来ない?」
葉月は目線を外す。
その顔は、いつもの人に優しく接する葉月とは違い真剣で、堅苦しさのあるものだ。
「……お姉さまには、そうせざるを得ない事情があります」
「俺にこのペンダントを預けたのは、皇月の人間だ。何で神宮寺財閥と姉妹関係にあるのか、俺には理解できないんだけど」
葉月はとても難しそうな顔になった。
「ごめんなさい……私からあなたにお伝えする権限がありません。全てはお姉さまを守るためですので……」
葉月の言動があまりに怪しく、亮は、本当に優月は神宮寺家に軟禁されているのではないかと思った。
「どんな事情か知らないけど、俺の質問にも答えられないような相手に、月の心を渡すことはできない」
葉月は眉をハの字にした。
「お姉さまとの約束、大切に守っておられるんですね……。私では、お姉さまの代わりにはなれないですよね……ごめんなさい、大変失礼なことをしてしまいました。私の話は以上です。ただ……あなたは月読のメシアとしての運命を、早く受け入れる必要があります」
葉月はそう言うと丁寧にお辞儀をして歩き出し、勇真とともに本屋を離れた。
葉月があっさりと諦めたことは意外だった。
だが、それ以前に亮は、葉月から聞かされた話に現実味がなく、動揺していた。ペンダントを握りしめる。それはやはりそこにある。温かいその石を握っても、亮の心は落ち着かないままだ。
「俺が、月読のメシア……?結局、神宮寺さんのお姉さんが誰なのか、確定はできなかったな」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます