第9話 財閥令嬢の悩み ①
昼休み、教室の扉が自動で開き、生徒たちは次々に廊下へと出ていく。
「
「また決めてないけど。お前は?」
「俺?んー、カレー大盛りかなぁ」
「学食か」
「だな、行こうぜ」
廊下まで出ると、亮は無表情に言った。
「悪い、先行って席取っといてくれない?ちょっとトイレ」
「長くないなら待つけど?」
「いや、長いかも、何か腹痛い。席取りしないと厳しいだろ」
「たしかにな。じゃ、先行っとくか」
「頼んだ、先食ってていいぞ」
「オーケー、じゃ、行くわ」
隆嗣はそう言うと、学食に向かって全力で走り出した。
亮は隆嗣を見送ると、反対側に向かって歩き出す。そしてトイレの前を当然のように通り過ぎ、三階の出入り口から出て屋根のない非常階段から中庭に降りた。
途中、購買部に立ち寄って焼きそばパンを六つ買うと、教室棟の一階回廊を通り、後庭まで辿り着く。イギリス庭園のようなそこには、ドーム型の屋根がついた
亮はその東屋の生け垣を隔てた先にある芝生に座り込んだ。
焼きそばパンを素早く食べ終わると、両手を枕にしてごろりと横たわる。他には誰もおらず、空がよく見える場所だ。今日は雲が少ない。青空には半月よりも少し膨らんだ月がかかっている。
別に亮は隆嗣が嫌いなわけではないし、一緒に昼食を取ることもあった。だが、最近の隆嗣は葉月のことばかり考えすぎている。その余波は亮にも降りかかっていた。隆嗣は自分だけでなく、亮にも女子と付き合ってほしいと思っている。学食へ行っても隆嗣の目は女子たちに向けられ、あの女子は顔が可愛いとか、あの女子は脚が細いとか、そんな話題ばかりだった。隆嗣は声を抑えることもしないため、白い目で見られることも多々ある。自分もその話題が楽しいならまだしも、亮にはその気がない。飯くらいゆっくり食わせろ、というのが本心だった。
もちろん亮だって、別に女性に興味がないわけじゃない。だが、意図的に距離を取るようにしている。亮の心には、新都へ引っ越してからの10年間が、暗い影とともに思い起こされる。
知らない人物からのメッセージ、「盗んだものを返せ」という脅迫メール、無言電話。亮の周囲には常に不審者の影があった。もちろん、警察にも相談した。それでも不審なできごとが収まることはなく、高いプレッシャーのかかる日々が続いた末、過労から重病を患った母は、亮が中学一年の時に逝去した。
不審者に狙われ続ける理由は、両親にも心当たりはなかった。
亮は、母は自分を守ろうとして誰かに殺されたのだと思った。父は否定したし、決定的な証拠はなかったが、亮は
だからこそ亮は複雑だった。月の心とは、その持ち主にだけ幸福を引き寄せ、その反面、周囲の人に不幸を引き起こす呪いのアイテムなのかもしれないと思った。中学生の頃、月の心を捨てようかと思ったこともあったが、結局それもできなかった。助けてもらった恩を忘れてはいけないと両親から教えられた。自分が今生きているのは、命があるのは、優月に救われたからだ。亮はその温かい宝石を強く握ることはできても、手放すことはできなかった。
相手はなぜもっと横暴な手段で月の心を奪わないのだろうと、思ったこともある。こちらがもっと弱った時に手を出すつもりかもしれないと思うこともある。亮は、月の心が原因でこれから起きるかもしれない何かに、関係のない者を巻き込みたくなかった。
自分には人を守る力もない。
それは、優月に守られた時にも、母が死んだ時にも、痛いほどわかったことだ。
それならせめて、これ以上誰かに迷惑をかけたり、危険に晒したりしないよう気を付けていなければ。
亮は中学生以降、告白されてもすべて断り、異性とは一定の距離を置くことに決めた。
ずっとそんなことばかり考えていると、心がすり切れてくる。
亮は二年になってから、時々この芝生で寝転がって、空を見ながら何かを考えているのが好きだった。月が出ていれば眺めて、疲れた日にはそっと目を閉じて、少し仮眠を取るのもいい。隠蔽性が高く、他の生徒もあまり来ないこの場所はとても静かで、ゆったりとした時間を過ごせた。
冴えた頭を休ませていると、女子たちの声が聞こえてきた。東屋をよく使うあの三人だ。
盗み聞きをするつもりはないが、彼女たちの会話はこの静かな庭の中で響き、はっきりと聞こえてくる。
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