第57話
真太と村田、それにディックの三人は、デモ隊とは別にいつものディックのキャンピングカーでホワイトハウスに向かっていた。
その日の昼頃、上空にはたくさんの報道ヘリが舞っていた。
しかし、真太らは、車でホワイトハウスに近づくことはできず、それを周辺地区の路上に駐車した。なぜなら、ホワイトハウスの周辺の公園という公園には、既に軍隊がびっしりと集結していたからだ。
その軍隊の群れを通ってホワイトハウスに近づくと、今度は、おびただしい数のデモ隊の群れが集結していた。そして、その群れをやっと抜けて行くと、ホワイトハウスの門の前に出た。
門の前でガードしていた衛兵に向かって真太は言った。
「イイジマ・シンタです。大統領と今日ここに俺が来るという約束をしてたんで、来たんですけど……」
「少し待ってろ」衛兵は、通信機で何か確認をしていたが、すぐに衛兵は応答した。
「イイジマ・シンタ。確認できた。中にどうぞ」
彼らが門の中に入って行くと、ホワイトハウスの前の広場の中央に、冬の乾いた風に吹かれながら一人の老練な男が立って真太を待っていた。しかし、その男はサンダースではなかった。
サンダースの支持者たちは、大挙して議事堂へ押しかけた。そこにいるゲイルを襲うためだ。
しかし、議事堂の前には、二人の女性が立っていた。ちょうど大統領の就任演説が行われる場所だった。よく見ると、そこにいたのは、サンダースの妻のキャサリン・サンダースと、もう一人はゲイルの妻のデボラ・ゲイルだった。全員が呆気にとられた。集団の中心にいてデモ隊を率いていたクリスチャン・ビショップが二人に尋ねた。
「ゲイルはどこにいる? アメリカを売ったゲイルを出せ!」
その言葉を皮切りに、様々な言葉が二人に襲いかかった。
「俺たちはゲイルをやっつけに来た。売国奴のゲイルをな!」
「大統領はどこに消えた?」
「ゲイルが殺したのか?」
すると、キャサリンが口を開いた。
「夫は、先日亡くなりました」
集団は猛り狂ったように騒ぎ出した。怒号と誹謗の声が議事堂前の広場にあふれた。
「ほうれ、やっぱりゲイルが殺したんだ!」「奴を吊るせ! 売国奴のゲイルを地獄に送れ!」
「静かにして下さい! 夫はゲイル候補に殺されてなんかいません! 静かにして! お願いだから、私たちの話を聞いて!」キャサリンは、あらん限りの大きな声で群衆に向かって叫んだ。
彼女の必死の声に、少し騒ぎが収まった。
「夫、サンダースがどうして亡くなったのか、私の方から説明します」
キャサリンは、群衆に向かって説明を始めた。
ホワイトハウス前、真太はゲイルに尋ねた。
「ゲイルさん!」真太は驚いて言った。「どうしてここに? サンダース大統領はどうしたんです?」
「死んだんだよ」ゲイルが静かに真太にそう言った。
「死んだ?」「……一体何があったんです?」
連邦議事堂前、キャサリンの説明がはじまった。
「夫は、御神乱になった後、軍隊によって処理されたんです。私と娘のドロシーの目の前でです」
群衆がどよめいた。
「そのときの様子をお話します」「私たち親子三人は、先日、入院している夫の母親を見舞いにアラバマの病院に行ったのですが……」
サンダースは、母親が入院している病室から飛び出して行った。ところが、サンダースが母親の入院している個室を飛び出して、長い廊下を半分くらい走っていたときだった。
「キャー!」
今自分が出てきた部屋の方から悲鳴が聞こえてきた。
サンダースは大急ぎで部屋の方に取って返した。
部屋を開けると、そこには御神乱が侵入していて、今まさにエレノアの身体を口にくわえて振り回していた。部屋の隅の方では、震えながら抱き合っておびえている母子がいた。
「ママーッ」サンダースが叫んだ。「この野郎!」
しかし、御神乱はエレノアを飲み干すと、今度はキャサリンとドロシーの方を向いて食らいつくそぶりを見せた。
「畜生!」サンダースは叫んだ。
そのとき、サンダースの中に、生まれて初めて本当の怒りが生まれた。怒りに震えるサンダース。途端にサンダースの背中が青白く光りはじめ、彼は、またたく間に御神乱にメタモルフォーゼした。その姿は、幼いドロシーのおびえる瞳に映っていた。
「パパ―!」「あなたー!」母子が叫ぶ。
御神乱となったサンダースは、こともあろうか目の前にいる御神乱に喰らいついていった。彼は何度も何度も大きな口を開けて食らいつき、ついには血まみれになりながら、目の前の御神乱を倒した。
そのときだった、ロケット砲を携えた軍隊が病室にやって来た。
「こいつか」ロケット砲は、サンダースの頭を狙っていた。
「大統領の命令だ。悪く思うなよ」ロケット砲を携えていた兵士が言った。
「おい! ちょっと待て! 大統領は俺だぞ……。俺は人間なんだ。俺が大統領だ……」サンダースは、心の中でそう叫んでいたが、傍目には軍隊に向かって咆哮を上げているようにしか見えなかった。
「うるさい奴だな」
そう言うと、兵士はロケット砲の引き金を引いた。
「ズガァーーーーン!」
とたんに御神乱となった大統領の頭が砕け散り、あたりはさらなる血の海となった。血の雨がキャサリンとドロシーの顔にも降りかかった。母親は娘の身体を抱いていたが、ドロシーの眼には、この一部始終のシーンが焼き付いていた。
「パパーーーーーッ!」ドロシーが叫んだ。
「大丈夫でしたか?」部屋の隅に血まみれでうずくまっていた母子に気がついた兵士が尋ねた。しかし、キャサリンは声を出すことができなかった。彼女は、手で顔に付いた血をぬぐった。すると、兵士は、女性が何者であるかに気がついた。
「あれ、もしかして、あなたはキャサリン・サンダース? ファーストレディじゃないですか? 大統領はご無事で?」
すると、キャサリンは、ゆっくりと目の前にある首の無い御神乱の死体を震える手で指さした。
ホワイトハウス前のゲイルと真太。ゲイルが真太に事の次第を説明していた。
「サンダースの死後、その事実はしばらく伏せられていたんだ。事態が事態だけに、国の内外に及ぼす影響を考えてのことらしい」「これは、全てキャサリン夫人から聞いた話だ。その後、キャサリン夫人から電話があったんだが、そのとき私は不在で、妻のゲイルが用件を聞いた。用件というのは、これからどうしたらよいのかとの相談だった」
「えっ、大統領が亡くなったら、普通は副大統領が代行して執務を取るんじゃ……?」
「それが、副大統領は、サンダースが解任したばっかりで、空席になっていたんだ。それに、キャサリンは、私と色々と相談したい様子だった」
「そうなんですね」
「そこで、キャサリンから聞かされたのは、大統領が考えていた今日のこの行事の策略だった」
「策略? 私は大統領から、自分はここで真理亜に謝るつもりだって聞きましたけど……」
「それは、正しくない。彼は、確かに謝るつもりだった。しかし、謝って人間に戻ったところを殺害するつもりだったんだそうだ」
「ええ! 酷い! 何てこった!」
「もしも失敗した場合は、ホワイトハウス前で軍隊の総攻撃によって始末する。また、彼女をここへおびき寄せるために、君を利用していた」
「……」絶句する真太だった。
「じゃあ、どうしてすぐに俺にそのことを話してくれなかったんです? ゲイルさん。教えてくれてたら、俺はここになんか来なかったし、真理亜を危険な目にあわせなくても済むはずです」
「いや、私としても、君に今日ここへ来てもらいたかったんだ。そして、真理亜にもここに来て欲しかった」
「どういうことです! もしかして、ゲイルさんも真理亜を……」
キャサリンが夫の死に際について説明し終えた。
「嘘だー!」「フェイクだー!」
怒号と非難の声が飛び交う。
「大統領を出せ!」
「そんなのは嘘だ! 全部フェイクだ! ゲイルの仕組んだ陰謀だ。ゲイルはどこにいる?」
「皆さん! もうやめにしませんか。こんなことをしても誰にとっても、何のメリットももたらしません! こんなことをしても、アメリカが益々分断されていくだけではありませんか!」キャサリンが訴えた。
「お願いです。もう終わらせましょう! こんなこと」隣に立っていたデボラ・ゲイルも訴えた。
しかし、いきりたった群衆は、デボラに対して叫んだ。
「お前の夫はどこだ! ゲイルを連れて来い!」
「夫はホワイトハウスにいます」デボラが言った。
「もう大統領になったつもりか! 選挙もしてないぞ」「ホワイトハウスに入れるのは大統領だけだ!」
「いいえ、違います。サンダース大統領に代わり、あることをするためにそこにいるのです」
ゲイルが真太に言った。
「そうじゃない。心配するな。私はそんなことはしない」
「キャサリンからその情報を知った私は、すぐに軍に連絡した。そして、軍隊に攻撃を待機するように指示を出し、私はここへやって来た。合衆国の代表として、真理亜に謝るために……」
「ゲイルさん……」
「ちなみに、妻たちは、現在、議事堂の方へ行き、サンダースの支援者たちの説明に当たっているよ」
議事堂の前に集まっていた群衆は、大挙してホワイトハウスの方へ向かい始めていた。
議事堂からサンダース支持者の支持者が去った後、上空で待機させてあったヘリコプターが、彼女たちのいる前に降下してきた。
「じゃあ、私たちも行きましょう」デボラが言った。
キャサリンとデボラは、ヘリに搭乗した。
「ママ―」
ヘリには、既にドロシーが乗っていた。
彼女らは、すぐ近くのホワイトハウスへと飛んだ。
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