第55話
俊作とパクは、彼らの事務所に帰って来た。
「なあ、パク。俺、考えたんだけどな」俊作は、彼が留置されていた期間に起きていた新聞の記事に目を通しながら言った。
「何だい?」
「徴用工や慰安婦について、韓国でも全て韓国人が興味を持っているわけではない。過去のことに関心のない人達だっている。逆に日本や日本の文化が好きな人達だっている。そして、ウイグルについても、関心の無い中国人だって多いだろう。ましてや日本人の多くは関心が無い。残念なことだけどな。俺たちが望んでいるほど、皆は全人類に関心があるわけじゃない。でも、かつて3・1運動の時に日本が韓国人を虐殺したりしたことはジュノサイドにあたるし、徴用工や慰安婦だってジュノサイドにあたる。それは、現在のウイグルで行われているジュノサイドと、内容や程度は違うが何ら変わりはないことだ」
「そうだが……。それは、俺が前から言ってるだろうが。今さら何を言いたいんだ?」
「中国と台湾は、台湾海峡をはさんでミサイルが向かい合っているが、お互いに旅行とかはできていて、お互いの観光を楽しんでいる」
「どうしたんだ? 何を言いたい?」
「つまり、どこの国の人間だって、ほとんどの人達は、他の国の人たちと仲良くしたいと思っている。国民どうしは、政治的なこと、思想的なこと、それによって引き起こされた悲劇的な過去のことは気にならないんだ。ところが、それが、いざ自分の身に降りかかったとたんに、怒りや憎しみは相手の国に向かい始めるんだ」
「つまり?」
「つまり、本当の怒りや憎しみは、政治的な対立によっていないということだ。自分の肉親やパートナー、愛する人、自分自身の大切にしていた何かが奪われたときに、初めて強い憎しみが生まれると思うんだ。サンダースはいつも怒っているが、あれは性格的なもので、彼は誰かを憎んでいるわけじゃない、だから、彼は光らない。中島真理亜っていう女性は、アメリカを憎んでいるんじゃない。自分の母親を奪ったアメリカ軍とアメリカ政府の代表であるサンダース大統領という個人を恨んでいる。だから、彼女は御神乱になった」
「なるほど」
「光るか光らぬかは、政治的な対立やイデオロギーによって生まれるものではない。奪われた怒りによっているんだ。そうして、憎しみの連鎖がはじまる」俊作が言った。
「奪わなければ、本来、人間は共存できると言うことか。政治が対立するものから、何かを奪おうとするから共存はできないということか」パクが言った。
「ああ」
ホワイトハウスの執務室の朝、サンダースは軍に何やら指示を出していた。
「……ということだ。俺がブラディ・メアリをホワイトハウス前におびき寄せて謝るから、奴が小さくなって人間に戻った瞬間を狙って打ち殺せ」
「……ああ。そうだ。イイジマ・シンタとかいう例の男がそう言っていた」
「……。本当かどうかは分からん。しかし、仮にガセ情報だったとしても、そのときはお前らが軍を総動員して彼女の頭を撃ち抜け。ホワイトハウスの周辺は、全て軍で固めておけ。そして、いざとなったら総攻撃をかけろ。いいな」
朝のコーヒーを執務室に運んで来た妻のキャサリンは、この話を聞いていたが、動揺を顔には出さなかった。
その日、サンダース大統領は、国民へ向けてのメッセージを発信した。
「今日は、私から国民の皆さんにお知らせがある。次の日曜日、ホワイトハウス前の広場において、私は国民に対し重大な発表を行うつもりだ」
「なお、頻発している小さな御神乱に対しては、今後も徹底的に排除していく方針だ」
サンダースは、メッセージを発信した後、真太に連絡を取った。
「イイジマ・シンタか? サンダースだ」
「大統領! どうしてこの番号が分かったんです?」真太が驚いて言った。
「俺は大統領だぞ。やろうと思えば何だってできるさ」
「で、私に何の用です?」
「喜べ、ミスターイイジマ。俺は決心したんだ。ブラディ・メアリに謝ることにしたよ」
「本当ですか! 大統領。じゃあ、今日のあのホワイトハウスでの重要な発表って言うのは……」
「そうだ。その通りだ、ミスターイイジマ」
「ありがとうございます! 大統領」
「ついては、君に頼みがある」
「何でしょう?」
「どうにかして君からブラディ……、いや、ナカジマ・マリアに日曜日にホワイトハウスに現れてくれるように頼んでもらえないかな?」
「いや、そう言われても困りますよ。俺にだって真理亜と連絡を取る方法なんて分からない。真理亜が今どこにいるかさえ分からない」
「そうか……。まあ、そうだろうな」
「でも、俺は日曜にホワイトハウスに行きますよ。俺が行くところに、きっと真理亜は現れてくれると思いますから」
「そうか。愛の力だな。じゃあ、何とか一つ頼んだよ」
アラバマ州にある大きな病院。その特別室にサンダースの母親、エレノア・サンダースは入院していた。
「グランマー!」
特別室のドアを開けてドロシーが飛び込んできた。その後にキャサリンが続く。そして、サンダースが部屋に入ってきた。
「ドロシー。ああ、可愛い私の孫娘。元気だったかい?」
「ママ、具合はどうだい?」サンダースが母親に聞いた。
「もう長くはないと思うわ。だから、あなたたちに会っておきたくて呼んだのよ」
「ママ、そんなこと言うもんじゃないよ。希望を持てば病気も去っていくものさ」
「もうこの歳だもの。それはないと思うわ。ジョン、選挙の方はどうなの?」
「大丈夫さ、ママ。今度も必ず勝つよ」
「でも、あまり無理はしないで。あなた、最近は世間から随分と叩かれているじゃないの」
「ああ、最近はフェイクニュースで根も葉もないことを言う奴がいるからな」
「でもね、ジョン。私はあなたには、みんなに嫌われる人にはなって欲しくないのよ」
「嫌われてなんかないさ! ママ。俺の熱烈な支持者は大勢いるんだ」
「私は昔、あなたには強い男になって欲しいと言った。それは、あなたが、気が小さくて何に対しても臆病な子だったからよ。もちろん、お父さんの意思を継いで欲しいというのもあったけど」
「そうだったかな。でも、俺は負けたくはないし、負けは決して認めたくはない。それはママがいつも言ってたことだぞ。俺の人生は勝つための人生なんだ。負けは弱者でしかない」
「でも、もうそんなに頑張らなくてもいいんじゃない。男の人っていうのは、いつもそうやって勝ち負けで考えるし、なかなか自分の負けを認めない。それが男らしくてカッコイイものだと男の人は思ってるみたいだけど、女性から見たら、決してカッコイイものじゃないわ。それよりも、一言謝ってくれる男性の方が素敵に思えることだってあるわ。キャシー、女性のあなたならば分かるわよね?」
「何を言ってるんだ? ママ」
「私はね、あなたが非難されている姿をもう見たくないの。辛いのよ」
「ママ……」言葉を返せなくなったサンダース。
「それから……。キャサリン、あなたにはもう少しジョンのことを支えて欲しいのよね」
「でも、私は政治のことはよく分からないし……。それに、まだ若いし」キャサリンがエレノアに言った。
「歳は関係ないわ。きっと大丈夫よ。ジョンの最初の奥さんは出て行っちゃったけど、あなたは若いのに、ジョンのわがままにも良く耐えてくれてるわ。ありがとう」
そこまで言ったとき、エレノアは急に心臓を抑えて咳をした。発作が起きたのだった。
「ママ! 大丈夫? 今、ドクターを呼んでくる」
サンダースはそう言うと、扉を開け話して部屋の外に飛び出して行った。
ニューヨークでは、レスリー・オーエン射殺事件の判決が下されようとしていた。その日、法廷内にはスカーレットの姿は無かった。裁判所の外では、多くの人権活動家やBLM団体が集結し、判決が出されるのを今か今かと待ち構えていた。
そこに一体の御神乱がやって来た。それは、レスリーの妻スカーレット・ヨハンソンだった。群衆を襲いながら、怒りに震えるスカーレットは、裁判所の中へと乱入していった。
レスリーを射殺したサミュエル・ジョンソンへの判決は無罪の判決が言い渡された。傍聴席にいた黒人たちからため息がもれた。
そのとき、法廷の扉を勢いよく破壊して血まみれのスカーレットが乱入して来た。悲鳴が法廷を覆った。
被告人席にいたサミュエルは後ずさりしたが、時既に遅かった。怒りに狂うスカーレットは、サミュエルを一飲みにした。
大阪出入国在留管理局でも、収容されていた外国人たちが発症し始めていた。既に発症した外国人は、収容所の部屋を破壊して出て来た。そうして、管理局の職員たちを襲い始めた。
「出るなー! 戻れ!」
職員たちが叫んでいたが、部屋から飛び出て来た御神乱は、職員たちを喰い始めた。
「うわー!」「自衛隊を呼べ! 米軍でも何でもいいからー!」
スカーレットが襲撃した裁判所は、立てこもり事件に発展していた。
裁判所の中にいた人間のほとんどは、スカーレットに喰われており、外は、駆けつけた州警察に包囲されていた。その周囲を、群衆が遠巻きに見守っていた。
収容所の混乱の中、クルムは、リウを探していた。
「リウさんを知りませんか? リウさんがいないんですけど」クルムは職員に詰め寄った。
「知らん。知らん」シラを切る職員。
しかし、さらに詰め寄ると、別の職員がこう言った。
「彼女は独房だ。出て来れないところだよ」
「何てことを……。人権侵害ですよ!」
「……」
「それに、そんなことをしたら大変なことになりますよ!」
「彼女はウイグル人なんです」
「それがどうしたんだ?」
「ウイグル人の多くは、中国が行った核実験のせいで被爆してるんです。もしも彼女が発症でもしたら、巨大化するんですよ!」
「何だと!」
そのとき、「ドガーン! ガラガラ」と大きな音がして、大阪出入国在留管理局の建物が崩壊した。そして、その中から巨大な青御神乱が姿を現した。リウだった。
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