第50話

 真理亜はチャイナタウンを通過して摩天楼を抜けた。それを確認した上空にいた攻撃ヘリが、すかさず真理亜の背後に降下した。

「あーっ! 攻撃ヘリが真理亜の後ろを取りました」真太が叫んだ。

「よし! 行きますよーっ!」すると、パイロットが言った。

 真太たちを乗せた報道ヘリは、無謀にも真理亜と米軍ヘリの間に降下していった。

「あーっ! 何だ、こいつは!」攻撃ヘリのパイロットが叫んだ。

 真太たちのヘリは、蛇行しながら戦闘ヘリの前を飛行した。

「いまいましい、報道ヘリめ! 軍の戦闘行為を妨害しようってのか! 何ならお前らともども打ち落としてもいいんだからな」

 次第に苛立つ戦闘ヘリ。真理亜を守る体制で飛行を続ける報道ヘリ。戦闘ヘリは、報道ヘリを避けようと、上空で上下左右に機体を移動させるのだが、そのつど報道ヘリも戦闘ヘリの前に移動して立ちはだかる。


 援護にやって来たヘリは、イーストリバー沿いに南下しており、間もなく真理亜を追っている機体と合流できるところまでやって来ていた。

「ブラディ・メアリは、もうすぐ摩天楼を抜けてバッテリーパーク辺りに出る」

「了解、こちらはイーストリバー沿いに南下中だ。摩天楼を抜けた辺りでホバーリングして待機してる。そちらは、そのまま奴を追ってくれ。摩天楼から出てきたところを、北東側から彼女の頭を打ちぬく」

「了解」

 真理亜は、ついにマンハッタン島の南端、バッテリーパークまでやって来た。海はもう目前だった。

「出るぞ!」真理亜を追っている側のヘリが言った。

「了解。まかせろ」

 真理亜が高層ビルから姿を現した瞬間、北東方面に待ち伏せしていた攻撃ヘリは、真理亜の左側頭部にミサイルの照準を当てて。今まさに発射ボタンを押しかけた。

 しかし、同時に真太たちのヘリも高層ビル群から姿を現し、真理亜の前に出てきた。

「ああ、いかん!」

 しかし、済んでのところで海に飛び込んだ真理亜によってミサイルは目標をはずれ、西に位置する自由の女神の方角に向けて飛んで行った。

「あー! やばい、住宅地の方面に着弾します!」攻撃ヘリの兵士が言った。

「ドガーン!」

 ミサイルは、夕日に映える自由の女神に着弾し、轟音とともに女神の右腕が吹っ飛ばした。そうして、女神はガラガラと崩れ落ちていった。

「しまった! 自由の女神が!」兵士の一人が叫んだ。

「バカヤロー! 何してるんだ!」

「すみません!」

「目標、見失いました。これから帰還します」攻撃ヘリの兵士が上司に報告した。「攻撃型ヘリ二機が大破しましたが、都市部の破壊は軽微です。ただ、彫像が一体被弾しました」


 しかし、マンハッタン島では、あちこちで火災がおきていたし、道路の陥没、水道管およびガス管 の破裂、信号機や看板の落下、ビルの破損なども多くみられた。これは、真理亜の進行によるのはもちろんのこと、暴動によるもの、軍用ヘリの墜落によるものなどであった。

 マンハッタン島の通信の回復には、まだまだ時間がかかりそうだった。


 ニュースがマンハッタンの状況を報じていた。

「本日、ニューヨークを震撼させていたブラディ・メアリですが、先ほどアッパー・ニューヨーク湾に消えました。セントラルパークの火災はだいぶ落ち着いたようですが、マンハッタン島ではあちこちで火災やビルの倒壊などが見られ、現在もなお、警察や消防が処理に当たっています。この出来事で、二機の戦闘ヘリが撃墜されており、大統領の安否も未だ不明のままです。尚、戦闘ヘリのミサイルによって、ニューヨークの象徴であった自由の女神は大破しました」

 次いで、ニューヨーク市長からの声明が発せられた。

「みなさん。ニューヨークを不安に陥れていたブラディ・メアリの脅威は去りました。もう安心して下さい。これより避難勧告を解除します。しかし、まだあちこちで火災や道路の崩壊などが見られます。帰宅の際には、十分に気をつけてください」


 マンハッタン島の南端に位置するバッテリーパーク。サンダースはここに出た。空は濃いグルーグレーになっており、既に夕闇が迫りつつあった。アッパー湾の向こうに青白い光が見えた。海に入って行く真理亜の後ろ姿だった。真理亜の向こうには、大破した自由の女神のシルエットがちょうど重なっていた。

 その日、彼はやっと真理亜の追跡から逃れることができたのだと思った。そして、そんな真理亜の姿を見ながらサンダースは思った。

「奴は何で、そうまでして俺を狙うんだ。そんなに俺のことが憎いのか? 俺がお前の母親を殺したからかなのか?」「そうだ。俺の母親はどうしてるだろう。最近、体長が良くないといっていたが……。もう随分と高齢だからな。お前の母親は、まだ若かったんだろうな」


 夜のニューヨークのストリート。雪がまたちらつき始めていた。彼は、地下鉄の駅に再び入っていった。ニューヨークの地下鉄というものが、どこからどこまでを結んでいるのかも彼には分からなかったが、とりあえず遠くに行きたかったのだ。

 一番遠いところまでの切符を、クレジットカードで購入した。

 久しぶりの地下鉄だった。夜も更けてきており、乗客はまばらだった。

 座席に腰を下ろして座った。真向かいにヒスパニック系の母と幼い娘が座っていた。娘は何やらおもちゃのようなもので遊んでいたが、何かの拍子にそれが手からこぼれ落ちて床に転がり、それはサンダースの座っている方向に転がって来た。彼は、それを拾い上げると娘に持って行ってあげた。

「まあ、どうもありがとうございます!」母親はサンダースに礼を言った。

「おじいちゃん、ありがとう」幼い娘を言った。

「良い子だね」サンダースは、そう言って娘の頭を撫でた。

 次の駅で母と娘は降りて行った。降りるときに「神のご加護がありますように」とサンダースに言った。

 サンダースは、久しぶりに心の中にほっこりと暖かいものが生まれたような気がした。

 しかし、次の駅で黒人のストリートギャング風の若い連中が乗り込んできて、車内で大声を上げて騒ぎ始めた。

「おい! お前たち。他の客がいるんだ。少しは静かにしたらどうだ!」サンダースが彼らに注意すると、逆切れした彼らは、いきなりサンダースに食ってかかって来た。

「何だと! おい。俺たちは犯罪を犯しているわけじゃねえ。何しようと自由だろ。ジジイは黙ってろ!」

「まわりに迷惑だって言ってるんだ。全く最近の若いもんは! 全く嘆かわしい!」サンダースも大声を出してしまった。

 すると、彼らは懐から銃を出してサンダース背中に突きつけ、脅しながら言った。

「それ以上言うと、二度と口がきけなくしてやるぜ」

地下鉄は、次の停車駅についてドアが開いた。

「とっとと失せな。この白人の爺さんが!」

 そう言うと、彼らは、サンダースを車両の外に放り出した。彼はホームにたたきつけられて腹ばいになった。

 すると、そこに通りすがりの黒人の老婆が声をかけた。

「こんなところに寝ていると風邪を引きますよ。駅員さんを呼んできましょうね」

「いや、大丈夫です。ありがとう」あわてて起き上がるサンダース。

 駅の職員に正体が知れるとやっかいなことになる。そう、彼は思ったのだ。

 しばらくすると、次の電車がホームに入って来た。彼はすかさずそれに乗り込んだ。少し込んでいるようだったが、彼は大きな体をそこに押し込んだ。車両の中に入ると、そこには、今日ヤンキースタジアムで行われた自分の集会に行った集団がいた。しかし、よくよく見れば、それは自分のシンパではなく、反対派の集団だった。ヒスパニック系、アジア系、アフリカ系、ヨーロッパ系、さらにそれぞれのLGBT系の人たちが混ざっていて、まさに人種のるつぼという感じたっだ。

「サンダース、とうとう一線を踏み越えちゃったわね」

「ああ、国民に対してマシンガンを撃ちまくる大統領何て、始めてみたぜ」

「あなたは、あんな大人になっちゃダメよ」そう言って、自分の子どもをたしなめている親もいた。

「レイプ疑惑、差別発言、アメリカの分断、フェイクニュースのねつ造など、彼のやっている悪事を挙げたらきりがないわ! 全く最低の大統領よ」

 サンダースは、さすがにいたたまれなくなり、次の駅で地下鉄を降り、そして、別の路線に乗り換えた。

 すると、そこにはサンダース支持者たちの団体が乗っていた。

「今日の俺の支持集会の参加者たちだな」そうサンダースは思った。

 しかし、彼らが口にしていた言葉は、決してサンダースの耳に心地よいものではなかった。

「俺は、もうサンダースの支持を止めるよ。今日のことで彼には失望した」

「ああ、俺ももう止めようかと思ってる。あんなことされて、自分がサンダース支持者とか、周りに言えなくなるよ」

 しばらくは、彼らの言葉を聞いていたが、次第にサンダースは嫌な気持ちになり、またしても車両を変えた。そして、しばらく行った駅で地下鉄を降りた。

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