第32話

 松倉と鹿島は、すぐにハミルトンに呼ばれた。

「アメリカと日本は安全保障条約により同盟関係にあるんだぞ! これでは、日本がアメリカに対して宣戦布告をしたのも同様ではないか?」

 すると、鹿島が意義を述べた。

「お言葉を返すようですが、最初に自衛隊を攻撃したのは、アメリカ軍の方です。当方の行動は正当防衛に当たります」

「攻撃ヘリが打ち落とされて、我が軍の兵士が複数亡くなっているんだぞ! それでも正当防衛か? 過剰防衛ではないか!」

「お宅の兵士らが何人か死んだら怒られるんですね。でも、日本の国民は、あなた方アメリカ兵から銃撃されて死んでいますし、レイプされていた女性だって多い。ちなみに、ミサイルを発射した自衛隊員の妹さんですが、二か月前に米兵にレイプされてるんです」鹿島が言った。「これについては、どうお考えですか? もしかして、アメリカ人の命は大切だが、アジア人である日本人の命はどうでも良いとお考えなのでは? お宅の大統領は、差別主義者であるとの見方もありますが……」

「そんなことはない。ただ、日本は現在、アメリカの占領下にあり、主権は存在していない。我々の指示に従ってもらう」

「あなた方アメリカが、首都東京の消えたことを理由に、勝手に日米安保条約を口実に占領してきているに過ぎない。日本はどことも戦争をしていないし、どこかに負けたわけでもないではない。ましてや、主権を失った事実も無い。……であれば、これはアメリカによる勝手な日本の侵略と言わざるを得ない」

「いい加減にしろよ! お前ら日本だけで何ができると言うんだ? アメリカの力を借りなければ、すぐに中国に侵略されてしまうんだぞ」

「我々は、何もアメリカと戦争したいわけではないのですよ。日本の国民を守りたいというだけなんです。それって、政治家として当たり前のことじゃないですか」松倉が言った。


 和磨がテレビに登場し、今回の件について声明を出した。

「このたび、防衛大臣の任を受けました井上和磨です」「昨日の自衛隊機とアメリカ軍機との件について、国民の皆様、および全世界の皆様ご説明いたします」

 和磨による、昨日の事件の経緯がひとしきり説明された。

 そして、彼はこう言った。

「今後、自衛隊は、その本分であるところの、日本国民を守るという目的を最優先に考えて行動いたします。もちろん、自衛隊は、他国への侵略等の為に存在しているわけではありませんし、いくら同盟関係にある国からの要望があるからとはいえ、その国からの要望を優先させるわけにはいきません。それは、アメリカも同じでしょう。また、自衛隊は、かつて天安門で自国の国民に対して銃を放った中国人民解放軍のようなことは決して行なわないし、かつてのアフガニスタン政府のように、アメリカに依存しっぱなしで自国の防衛義務をおろそかにするようなこともしない」「ちなみに、今回の件でアメリカとの関係悪化を懸念する声があることは、私も承知しているが、我々には、安保条約を反故にする気持ちは無いし、アメリカと戦う意思も無い。しかし、日本に駐留しているアメリカ軍は、これまで、日本国民を守るどころか、安保条約を盾に、日本国民に対する威嚇および発砲行為を行ってきた。これは、明らかに安保条約の理念に違反している。自衛隊としては、これを見逃すことはできない。今後、アメリカ軍が日本人に対して銃口を向けるようなことがあれば、我々は黙ってはいない」「また、御神乱についても、同じ日本人であると考える。日本人であるのなら、当然のことながら、自衛隊にはこれを守る義務があると考える」「今後は、大阪だけではなく、日本のどこに御神乱が現れても、自衛隊は今回と同じ行動をとる」

「他に何か質問はありますでしょうか?」司会が報道陣に聞いた。

「井上和磨さんは、人権派の活動家として活動されておられますが、その方がどうして防衛大臣をお引き受けされたんでしょうか?」

「まず、引き受けたのではなく、私の方からお願いして防衛大臣にしていただいたのです」

「ええー! だって、あなたは人権派、リベラル派ですよね?」

「そうですが、それが何か?」

「いや……、だって、その……、普通、そういった人って護憲派で自衛隊の存在そのものに否定的じゃあないですか」

「人権派は護憲派でなくてはいけないのですか? 人権派は軍隊を否定しなくてはならないのですか? 改憲することは、自由や民主主義と反対のものなのですか?」「民主主義の国家の多くは、自国の国民を守るために軍隊は存在していますよ。欧米の多くの国では、人権を守るため、民主主義を守るため、国民を守るために軍隊を保持していますよ」「日本の多くの人達は、自分たちで勝手に色々なものをイコールでつなげて勘違いを起こしている。護憲、民主主義、人権、自由をイコールでつないでいて、改憲、独裁、ナショナリズムをイコールでつないで論じているが、これらは、そもそもが別々のものだ。あなたが方は、別々のものを二元論に封じ込めて簡略化させ、そこにラベルを貼ることで物事を決めつけて論じようとしている」「そもそも、リベラルとは社会主義思想のことではありませんからね。リベラルは自由主義のことです。日本では、全く逆の意味として論じられることさえある。ちなみに、私はリベラリストであるが、コミュニストではない」「私は、ヒトの尊厳というものを守るために、国民の尊厳というものを守るために、その為であるならば、自衛隊を使用して闘います。自衛隊は、そもそも、その為に存在するものだからです。これは、他の国では当たり前のことなのに、なぜか日本においては、軍事とか防衛というものが民主主義や平和・人権の逆のものと位置づけられて二元論の中にはめ込まれて論じられてしまっている。皆さん、これ、おかしいと思いませんか?」和磨は、ここぞとばかりに喋り続けた。

「……」黙りこくっている報道陣たち。

 和磨は、更に喋り続けた。

「また、今の日本を見て下さい。日本はどことも戦争していないのに、勝手にアメリカに支配され、主権を奪われている。立法府は壊滅して存在せず、アメリカに勝手に指名された傀儡の行政府のみが存在しているだけだ。司法府もそうだ。アメリカに異を唱えた若者たちは、政治犯として未だに収監されてた状態にあるではないですか。私は、この機会に、いっそのこと首相は公選制にするべきだとも考えているのです。でも、そうするためには、まずは憲法を改正するしかないんですよ。改憲と言えば、九条のことばかりが議論されるが、我々の生きている時代に合ったものに何かを変えるためには、改憲するしかないんですよ。そのことについては、一体皆さんは分かっておられるのだろうか?」

「……あなた、改憲派なんですか? 人権擁護派なのに?」

「日本人は、法律というものを、何か上の方の偉いところから降って降りてくるもので、それはむやみに変えてはいけない金科玉条のようなものだと勘違いしている。そんなことはないのです! 自分たちで変えていって良いんです。反省し、修正し、時代に即してみんなで変えていく、それが民主主義なんです。私たちで変えてもいいんです!」

「……」

「何度も言いますが、日本のどこに御神乱が現れても、自衛隊は今回と同じ行動をとります」

 和磨は会見でそう言ったが、しかし、これ以降、大戸島タイプの御神乱は現れなくなった。


 深夜のホワイトハウス。サンダースは、和磨の声明を見ていた。そして、すぐに日本のハミルトン司令官に電話をかけた。

「記者会見をしていたあの男は誰だ?」

「井上和磨という名前の男でして、日本が勝手に防衛大臣に指名した人権派活動家です」

「人権派の活動家なのか? 何でまたそんな奴が自衛隊をしきっているんだ」

「彼らが勝手にやったことです。私にも分かりません」

「お前は、何でも分からないばっかりだな。ちゃんと日本を支配できていないのではないか?」

「いえ、……そんなことは」

「まあいい。とにかく、もっと締めろ! アジア人の小さい国一つ言うことを聞かせられないでどうする。俺たちは白人なんだぞ」

「あのー、大統領」

「何だ」

「そのような差別的な発言は、なるべくおっしゃらない方が良いかと思いますが……」

「何だと! 何でだ?」

「大統領がそのような差別的で高圧的な発言をされますと、日本国民の反発を買いますし、アメリカ国内の統治も難しくなりますので」

「うるさい! 黙れ! 我々が有色人種のご機嫌をうかがう必要などない。奴らには決して屈するな。いいな」

「……」

 そのとき、隣で寝ていたキャサリン・サンダースは、黙ってこのやりとりを聞いていた。


 堺市内でふらついている全裸の男性が発見された。保護された三十代くらいのその男は、しばらくボーっとしており、今まで何をしていたか良く覚えていないようだった。


 和磨が抜けた後のオフィス。美姫がポツリと言った。

「あーあ、寂しくなっちゃったな。俊作も瞳も和磨さんまでいなくなっちゃった。私たちは事務所のお留守番係」

「でも、和磨さんは大臣になって政府のある庁舎に行ったわけですし、名誉なことじゃないですか」彩子が言った。

「そうよね。何だかテレビでもカッコイイこと言っちゃってるし……」

「ええ、ホント、和磨さんてかっこいいですよね」

「あれー! 彩子さんて、もしかして和磨さんのこと……」

「あ、いえ……」ポッと頬を赤らめる彩子だった。

 すると、そこに事務所の電話が鳴った。

「はい。日本人の人権を考える会事務局です。……あー、和磨さん。……あ、はい。今変わります」

「彩子さん、和磨さんから」美姫はそう言いながら、彩子にウインクをして受話器を渡した。

「はい。名村です。……はい。……はい。ええ、分かりました」

「和磨さん、何だって?」

「私に秘書をして欲しいってことでした」彩子は嬉しそうに答えた。

「やったじゃない。ああ、でも、そうなると、私もいよいよここで一人電話番ね。……ま、いっか。私は学生だし、独りもんだし……」

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