第21話

 青島に御神乱が現れたという情報は、中国政府がいくら隠し通そうとしても、SNSによって世界を駆けまわっていた。そして、その出現理由が、そこが中国の軍港であるところから、中国軍によって持ち出された御神体を奪い返そうとしたのではないかと噂された。しかも、誰が撮影したかも分からないその画像では、明らかに御神体は破損し、中に入っていた隕石が飛び出しているように見えた。人々は、これによって御神乱ウイルスが世界中に拡散するのではないかと危惧し始めた。この噂を払拭するため、中国政府は政府見解を発表し、事態の収拾を図ろうとした。曰く。

「昨今のSNS等で拡散されている青島の画像については、中国政府を快く思わないどこかの国によって意図的に創作された画像であり、中国に対する悪意を感じる。中国は、大戸島から御神体と呼ばれる石棺を持ち出した事実は無く、ましてや軍港において御神乱が出現したなどという事実もまた無い」


 希望(シィー・ウヮン)Qは、最近中国で人気のティックトッカーだ。彼女は、いわゆる性同一性障害の男性であるらしく、常に女装をして登場している。パッと目には、厚化粧で女装をしている太った中年男性といういでたちである。彼女が人気なのは、その、歯に衣を着せぬコメントで中国政府のやり方について切りまくるからである。しかしながら、彼女のアップした動画情報は、かなり信憑性の高いものと思われ、それをどうやって入手できたのか不思議と思えることも多かった。そもそも、それだけの政府に対する過激な発言を行っている彼女に対して、中国政府は、なぜそれを削除できないのか、また、彼女を拘束したりすることができないのかということも不思議に思われていた。

「皆さん、こんにちは。中国の希望、シー・ワンQよ」

「今回はね、今、世界中で問題になってる青島に現れた御神乱の動画についてよ」

「あれは、CGじゃないし、画像処理の後も無いわ。本物よ。中国政府は必死になって隠し通そうとしているみたいだけどね」

「多分、ウイルスは、既に世界中に拡散したと思うわよ。みんな十分気をつけてね」


 しかし、アメリカ政府は、この画像に敏感に反応していた。ホワイトハウスには、CIA長官や国防長官、副大統領が招集された。

「結論としては、どうなんだ? 本物か?」サンダースが聞いた。

「間違いないと思います。我々が精査した結果、あの動画には、CGによる加工の痕跡は見つかりませんでした。すなわち、大戸島から中国が持ち出した石棺は、揚陸艦に積まれ、青島に到着したときに、それを追って大戸島からやって来た御神乱に襲われたんです。しかし、ミサイル攻撃を受けた御神乱は、つかんでいた石棺を空中に放り投げてしまった。その際、石棺は破損し、中に入っていた隕石も黄海の海中に沈んだというのが、真実だと思われます」CIA長官が説明した。

「では、石棺の中に封じ込められていた御神乱ウイルスも海を伝って拡散しているということか?」

「はい、おそらく」

「人類が罹患する可能性はどのくらいある?」

「それは、まだ何とも……。感染方法も分かりませんし、感染力も分かっていませんん。何せ未知のウイルスですし、我々にはまだサンプルがありません」

「そうか……」

「ただ、パンデミックにでもなれば、世界は目も当てられないような状態になると思いますよ」

「ひとつ、確認したいのだが」サンダースが言った。

「何でしょう? 大統領」

「あのモンスターは、本当に人間が変化したものなのか? 本当にそうなるところを見た人間がいるのか? その証拠はあるのか?」

「いや、それは何とも……」

「しかし、大戸島で三島笑子が光りながら横たわっている映像がありましたよ」

「あんなものはフェイク画像だ! 誰でも作れる」サンダースが言った。

「しかし、あの画像をそう言いきってしまっては、信用にたるものは、何も存在しなくなってしまいますが……」

「あれは、人間ではない。大戸島に生息していた未確認生物だ。いや、そうに違いない!」

「……」


 最近、アメリカのSNS上を騒がせているユーチューバーにトマホークXという名の男がいた。覆面で顔を隠しているその男は、完全なサンダース主義者であり、その主張は、自国主義、愛国主義のナショナリズム、白人至上主義、移民排斥、男尊女卑に彩られていた。また、彼の主張の根幹をなしていたのは、サンダースこそが、神が異教徒からアメリカを救うために遣わした救世主であり、彼こそが、アメリカを偉大な国家に復活させる男なのだと言うのだ。そして、それを阻んでいるのが敵対候補のクリストファー・ゲイルなのだと。

 巷では、トマホークXの正体は、サンダースを有名にしたテレビ番組のプロデューサー、クリスチャン・ビショップではないかとの噂があった。

 青島の動画の流出を受けて、トマホークXが言った。

「青島から御神乱ウイルスが拡散したかもしれないという噂が世界中に拡散されていますが、実はこれ、流出元は、中国から裏で資金援助を受けているゲイル陣営なんです。これは、彼らによるフェイクニュース。世界を混乱させるのが彼らの目的です。皆さん、気をつけてください」トマホークXがユーチューブで熱弁をふるっていた。

トマホークXのチャンネルの登録者数はうなぎ登りに上がっており、おそらく彼の目的が、スポンサーから大金を得ることであろうことは、一目瞭然であった。


 大阪都庁舎。暫定総理の松倉栄次郎と副総理の鹿島弘樹は、大阪城の御神乱の遺体処理と大阪市の被害状況の把握に追われていた。

「全くアメリカってのは、やるだけやっといて、後の処理は全部こっちにやらせるんですから、参りますよね」鹿島がそう愚痴をこぼした。

「まあ、そんなに愚痴を言うな。その分、こっちは責任取らなくて済むんだからな。責任の所在は、全て占領しているアメリカ軍にあるんだ」

 松倉がそう言うと、鹿島は松倉のその言動に対し、失望交じりの溜息をもらした。

 そのとき、執務室の電話が鳴った。

「総理。WHOの日本支部からお電話です」受付がそう言った。

「まわしてくれ」

「もしもし。お忙しいところ、申し訳ございません。こちらはWHOの日本支部の綿貫沙織と申します。実は、本部からの要請で、先日の大阪で処理されております御神乱の遺体から細胞のサンプルを採取したいのです。それから、できましたら、大戸島に放置されております御神乱の遺体からもサンプルを採取する御許可をいただきたいのですが」綿貫と名乗るその女性は、そう言った。

「ああ、WHOのなされることでしたら、構いませんよ。どうぞ勝手に採取してください」松倉が言った。

「ありがとうございます。でしたら、その旨、事務局長に申し伝えます」電話は切れた。

「何だって言うんですか?」鹿島が松倉に聞いた。

「WHOが大戸島と大阪城に放置されている御神乱の細胞を採取したいそうだ。まあ、このくらいだったら、アメリカさんにいちいち報告せんでもいいだろ。日本にも少しは主権が無いとな」松倉がそう言った。

「そりゃ、そうですよ。我々はアメリカの小間使いじゃないんですから」そう、鹿島が言った。


 北太平洋。洋上に御神乱の頭が現れた。巨大化した真理亜だ。真理亜は次第にその巨体を現しながら、ホノルルにある海軍基地に近づいて来た。

「キャー! キャー!」海岸にいて水平線の方角に御神乱の姿を目にとめた人達は、取るものもとりあえず、そこから一目散に逃げだした。

 ほどなくして、真理亜はパールハーバーに到着した。

「巨大御神乱襲来! 青タイプ! パールハーバーに近づいています」

「了解。総員、迎撃態勢を取れ!」

「間に合いません! 係留中の船舶にいるものは、すぐに退避を!」

「退避! 退避! 船にいるものは、すぐに船を放棄して離れろ!」

 船からは、蜘蛛の子を散らすように兵士たちが陸地に走った。間に合わなさそうな兵士は、甲板から海へ飛び込んだ。

 真理亜は、そこに停泊してある戦艦や数隻の揚陸艇、駆逐艦などを、尻尾と腕を振り下ろしながら徹底的に破壊した。軍港に係留している船舶のあちこちから爆発、炎上がおこり始めた。そして、次第に港は火の海に包まれていった。

「空軍は、すぐに攻撃に移れ! ミサイルの使用を許可する。ただし、住宅街への着弾にだけは気をつけるように」

「急げ! 急げ! 緊急発進しろ!」「もう御神乱は、滑走路に侵入しそうだ!」

 真理亜は上陸し、ホノルルの航空基地に向かった。そこでも真理亜は、停留していた戦闘機や戦闘ヘリ、攻撃機などを次から次に踏みつぶし、蹴散らし、管制塔までをも破壊した。

 あまりの突然の出来事に、アメリカ軍はなすすべも無かった。やっと数機の戦闘ヘリが離陸して真理亜を追ったのだが、そのときには既に、真理亜は海の方へ向かっており、下半身は太平洋に浸かっている状態だった。海に潜る真理亜。それに向かってミサイルが発射されたが、それもむなしく海中に没していった。


 WHOの調査メンバーは、大阪城の跡に放置された御神乱からいくらかの細胞片を採取していた。

 また、大戸島にもWHOの調査隊が入った。防護服に身を包んだ彼らは、破壊されて廃墟となった島にあったいくつもの御神乱の遺体から細胞を採取していた。

 大戸島の調査隊は、瓢箪湖の沿岸にあったバラック建ての研究所の内部にも入って行った。建物自体は半ば崩れていて、建物の中は、既に鉄褐色に変色した血のりがあちこちにべっとりと固まった状態で付着していた。彼らは、山根博士たちが研究していた記録が何かないか調べていたのだ。

「おおかたの使えそうな資料は、既にアメリカと中国が持って行っちゃってるみたいだな。PCさえ無いぜ」隊員の一人がそう言った。

「おい! これ何だろ」もう一人の隊員が、小さなUSB媒体が床に落ちているのを発見した。

 その表面には、油性ペンで小さな文字が書いてあった。

「『芹澤メモ』って書いてあるな」

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