第11話

東京消失の二週間後


 東京消滅から二週間が過ぎようとしていた。東京湾で救助されてアメリカ空母ドナルド・トランプの艦内にある集中治療室で眠っていた中島真理亜は、この日、ついに目を覚ました。それに気づいた看護師がドクターに言った。

「ドクター! 彼女が目を覚ましました」

 真理亜は、一般の病室に移され、そこで二日経過した後、今度は一般の船室に移された。


 ギリアム艦長から村田が呼ばれた。

「君は、日本語が話せたね」

「はい、私は日系二世で、両親は日本人からの移民ですので、日本語には堪能です」

「そうか。例の東京湾で救助した女性だが、彼女について、色々と話を聞いてもらいたいのだ。所持品の中に身分証のようなものがあった。それによると、彼女の名前がナカジママリアという名前のジャーナリストであるということが分かっている。おそらくは東京付近を飛行中だった日本の報道機関のヘリコプターに乗っていて、核融合の爆風で墜落したものだとは思うのだが……。状況によっては日本に帰さなくてはならないのだが、既に東京は存在せず、大阪にある暫定政府になってしまっている。それに、我々も既に横須賀を捨ててハワイの方へ向かっている。とりあえず、彼女が何者であるかを聞き出し、それから、今後どういう対応を、我々に希望するのかを聞いておいてくれ」

「了解いたしました」


 村田は、船室で調べ物をし始めた。自分の持っているパソコンで、真理亜のプロファイルを調べ始めたのだ。彼のPCは、他の軍人の持っている軍仕様のそれとは少し違っていた。「東西新聞社 中島真理亜」と入力してみる。すると、何と、一般人であるはずの真理亜についてのプロファイルがヒットしたのだ。

「何だって!」驚く村田。「彼女が……」

 そして、彼の中に、ある思惑が生まれた。


 船室に移された真理亜は、それからの数日間というもの、ぼんやりと過ごしていた。病み上がりの身体で、まだ、意識がパッとしていなかったのだ。衣服は、救助されたときのものを洗濯して渡された。海水でダメになった紙類のもの以外は、手元にそのままあったし、スマホなどの所持品は元のまま使用できた。特に何も奪われた物は無かった。ただ、いっしょにヘリコプターに乗っていた会社の仲間は死んでしまったのだろう。そして、おそらく東京は跡形もなくなっているだろう。

 ぼんやりとスマホを見る真理亜。大阪から発信されてくる日本の「今」を伝えるニュースが並んでいる。

「何よこれ……」思わずつぶやく真理亜。

 東京は消え、米中の戦闘の末、大戸島から御神体が中国の手に渡り、大戸島は人のいない島になっていた。日本の近海は、今やアメリカ、中国、ロシアが跋扈しており、大阪には、日米安全保障条約を盾に、再占領したアメリカが暫定政府を打ち立てていた。

「ひどい! 冗談じゃないわ……」

 この空母からも、毎日、朝から晩まで何らかの機体が飛び立っていく音がする。多分、大戸島や日本の沿岸で大きな有事が発生しているであろうことは、彼女にも分かった。おびただしい数のニュースを眺めているうちに、真理亜の中にアメリカに対する激しい怒りがこみあげてきた。そして、このとき、彼女の背中が、初めて青白く光り始めた。


「こんにちは。ナカジママリアさんですよね。私はムラタと言います。日系二世です。少しお話をお伺いしてもよろしいですか?」そう言って、日系人らしい男が真理亜の部屋に現れた。

真理亜は黙っていた。口を聞こうともしなかった。アメリカが中国に対して行っているニュースを知ったことにより、彼女は、しばらくは食事ものどを通らなかったし、誰とも、何もしゃべりたくはなくなっていたのだ。


 大阪城公園。一万人を超える人たちがぞくぞくと集まってくる。手にはそれぞれ「米軍は出て行け!」とか「日本に民主政治を」「アメリカは日本にわびろ」「わびろ、わびろ、わびろー」などど書かれたプラカードやのぼり、旗などを持っている。

「ずいぶん集まったじゃないの」大阪城公園に集まった講義デモの参加者を見ながら、美姫がそう言った。

「ざっと、四万人くらいかしらね。きっと、表ざたになっていないところでも色々と起きてるのに違いないわ。みんなのうっぷんがたまってんのよ」

 美姫は、会場に集まった人たちを前にして、今回のデモの趣旨を説明した。また、クルムに特別講師を行わせた。

「皆さん、今や、日本は大変な状態になっています。アメリカにより国家の主権が一方的に奪われて占領下に置かれました。各地では、駐留してきた米兵による暴行事件やレイプ事件が頻発してします。我々は、大阪暫定政府に対し、このことを何度か訴えました。しかしながら、今をもって、政府からの回答は何も有りません。今日は、私たち市民の苦しみを、怒りを、この行動によって示していきたいと思います」美姫が聴衆を前に、マイクで訴えた。

 その後、デモは大阪城公園を出発し、谷町筋から御堂筋に行進を行った。

「アメリカ軍は、日本から出て行けー!」「日本の主権を奪うなー!」

この日のデモ行進は、シュプレヒコールはあるものの、整然としたものであり、全てはスケジュール通りに執り行われた。しかし、民衆の意思や想いを伝え、彼らの存在感を示する手立てとしては、十分に効果があったといえた。


 デモの後、「日本人の人権を考える会」のメンバーたちは、彼らの事務所で後片付けをしていた。

 のぼりや垂れ幕などを段ボールの中に入れながら、瞳が何気なくみんなに聞いた。

「ねえ、アメリカのサンダースってどんな大統領なの?」

「パックスアメリカーナの申し子って言われている」津村俊作が即座に答えた。

「パックスアメリカーナか……」

そこにリーダーの和磨が入って来た。

「あとは、今度、飲み屋で詳しくな」俊作が瞳に言った。

「みんな、今日は本当にありがとう。ご苦労様でした。一応、今日のデモは自分たちの存在を示すいい機会になったと思う。今後もこのデモを拡大してやっていこうと思うんだけど。どうかな?」和磨がみんなに言った。

「もちろん、大賛成です」「賛成です」皆は口々にそう言った。そして、瞳は津村に小声で言った。

「津村君、これからも私に色々と教えて」

「やれやれ、俊作のうっとうしい蘊蓄を聞く相手が、また一人増えたか……。ま、今後は、俊作の方は瞳にまかせときゃいいか」美姫が言った。


 このころ大阪市内で行われていたのは、主に三つのデモだった。すなわち、復古党、難民会、そして井上和磨の率いるNPO法人だ。

 日々激しくなっていく一方の日本国内のデモに対しても、日本政府は苦慮し始めるものの、結果としては、何の対応もしようとはしなかった。ただ、お決まりの機動隊の出動が行われていただけだった。

「やはり、日本政府としても何かやらないと……」鹿島が松倉に諫言した。「これじゃあ、益々デモの規模が大きくなるばかりです。国民の不満が高まっているんですよ、松倉さん。東京難民会と関西復古党は、暴徒化し始めているって言うじゃないませんか」鹿島が松倉に言った。

「いや、ここはだな……。まだ少し様子を」松倉は相変わらず、それをのらりくらりとかわそうとしていた。

「松倉さん! いい加減にして下さい」鹿島が怒った。

「……。じゃあ、ひとつアメリカさんに相談してみるとするか」松倉がボソッと言った。


「部屋で毎日私に質問してくる日系人らしい男、胸にはMURATAという記載がある。そんなに悪い人間ではなさそうなのだが、なぜか、どこで私のことを調べたのか、大戸島でのことをやたらと質問してくる。まあ、私のことを調べ上げているわけではないから、良いと言えば良いのだけれど……」空母の艦内に与えられた部屋の中、そんなことを毎日考えている真理亜だった。

「だけれども、アメリカや中国に日本が凌辱されるようなことがあれば……」真理亜は、それだけが気がかりだった。それだけは、彼女は許せなかったのだ。

 スマホは見ることができた。部屋では充電もできる。だから、日本が今現在どんな状況にあるのか、だいたいは知ることができる。そして、その事実を知るごとに真理亜のアメリカへの怒りが増していったのだ。

「真太。そうだ、真太はどうしたんだろうか? 生きているのだろうか」

 村田が部屋を出て行った後、真理亜は、何気なしに鑑に映った自分の姿を見てみた。すると、右目の下に緑色のケロイドのようなものができているのを目にした。

「……ああ、とうとう発病したのね……」真理亜は、心の中でそう思った。


東京消失の三週間後


 日本の状況がネットのニュースで流れている。「日本の再占領」「治外法権の再来か?」「アメリカの言いなりになっている暫定日本政府」「主権を失った日本国」「各地で頻発する米兵との喧嘩とレイプ事件」「日本近海に出没し始めた中国海軍」「一触即発の東シナ海」「中国とアメリカ、大戸島で戦争か」「消えた大戸島の島民」……などなど、多くのタイトルが週刊誌やネットニュースの誌上でにぎわっている。

 真理亜は最近、それらの日本にとってのネガティブなニュースを、艦内の自室でずっと見ていた。真理亜の中で、ずっと抑え込んでいた怒りが広がっていった。彼女の背中は、ときとして、ほのかに青白く光り始めていた。

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