第7話

 東京の消失した翌日、和磨達は事務所に集まっていた。

「彩子さん、大丈夫なんですかね」美姫が和磨に尋ねた。

「昨日から何度も彼女に連絡を取ろうとしたんだが、全くつながらなかった」

「ええ!」

「昨日の昼頃、旦那さんのお骨を持って、大阪行きの長距離バスに乗れたというまでは連絡があったんだけど……」

「……」

「ねえ、日本はこれからどうなるの?」不安そうに美姫が言った。

 和磨はしばらく宙を向いて考え込んだ後、静かにこう言った。

「大変なことになるかもな」


 自衛隊の各方面部隊は、アメリカ軍からの通達を受信していた。

「なんて書いてあるんだ?」ある方面本部長が部下に聞いていた。

「今後、陸海空の自衛隊の指揮権は、アメリカ軍が握るってことだ。我々は、アメリカの指揮系統の中に入り、最高司令官はアメリカの大統領っでことになるそうだ」

「随分と勝手だな」

「アメリカって、手回しが良いって言うか、日本と違って決定するのが何でも早いですね」

「まあな。でも、これって、これで良いのかな?」


 大阪。大阪府庁に米軍がやって来る。そして、大阪府知事室にズカズカと入って行った。

 知事室の中には、大阪都知事の松倉栄次郎と副知事の鹿島弘樹がいたが、突然の米軍たちの訪問にいささか面食らった。

「日本は、これからしばらくはアメリカ合衆国の占領下に入ります。既に、自衛隊はアメリカ軍の指揮下に入っています」米軍のリーダー格らしい人物の隣にいる日系人らしい翻訳家が、一方的な通達を府知事に告げた。

「占領? 日本はどことも戦争などしてないですが」松倉が言った。

「安心して下さい。占領は一時的なもので、これは日本を守るためのものです」

「その根拠は?」鹿島が質問した。

「日米安全保障条約によるものです。日本は今や有事と言える状態です。他国の侵略から、同盟国であるアメリカは日本国を守る義務があります」

「なるほど、随分とまた拡大解釈したもんだな」鹿島がつぶやいた。

「尚、占領時下における日本におけるアメリカ軍の扱いは、日米地位協定に基づいたものに準じます」

「何だって! 在留米軍は沖縄と同じ扱いにしろってのか」鹿島が声を張り上げた。

「日本を守るためです。これは合衆国大統領からの通達です」

「……で、私にはどうしろと言うのかね?」松倉が言った。

「これから日本国債占領の具体的なことについて説明します」通訳は具体的な細かい政策について述べていった。

「おめでとうございます。大阪府知事、あなたは日本国の臨時首相になっていただきます。また、大阪府を大阪都とします。そして、各都道府県知事会をもって臨時政府の国会とします。大阪市長を大阪都知事とします。以上が今後の臨時司法府になります。ただし、成立した法律については、アメリカ政府の指導・助言および検閲があります。」「行政府は、あなたが組織しますが、アメリカ政府からの指示に従って下さい」「次に、司法府ですが、大阪高等裁判所に最高裁判所の役目を兼任してもらいます。あとは今まで通りです」「当面、日本国内にある資産は凍結します。日本国内にある証券取引所は閉鎖します」「また、今後しばらくは、海外便についての空路・海路の一時封鎖措置をとらせていただきます」「警察機構は、維持します。大阪府警に警視庁の役目を兼務してもらいます」「松倉さん、あなたの最初の役目は、今我々が言ったことを、日本に告知することだ」

「……」

 府知事と副知事の二人は声も出なかった。


 東シナ海、対馬、日本海、オホーツク海、そして日本近海の太平洋上に緊張が走った。

 中国、アメリカ、ロシアの艦隊と原子力潜水艦がこれらの海域に出没していて、一触即発の状態になっていたのだ。


 東京湾の入り口あたり、真理亜は、ポリカーボネイト製のヘリコプターの破片にしがみついた状態で浮いていた。その上空にアメリカ海軍のオスプレイが旋回している。

「生存者がいたぞー!」「生存者を発見しましたー! 東京湾に浮遊物につかまっています。これから救助にかかります」アメリカ兵たちが無線で連絡を取り合っていた。

 気を失っていた真理亜は、オスプレイのホバリングの爆音で気を取り戻した。頭上にオスプレイが降りてくる。すると、低空でホバリングしているオスプレイの後部ハッチが開き、そこからロープがたらされた。

「アメリカ軍か。私がアメリカの、しかも海軍に命を救われるなんて、皮肉なものね」自分に向かって降りてくるロープを見ながら、真理亜はそう思った。

 真理亜は力なくそのロープをつかんでいた。そこに上から米兵が降りてきて、洋上に浮いている真理亜の身体を抱きかかえた。

「身体が冷え切っていますが、息はあります。艦内の医務室に連れて行きます」

 救護用具に包まれてぐたりとした真理亜は、そのまま米兵に抱きかかえられてオスプレイのハッチの中に消えていった。

 抱きかかえられながら、上に上がっていく真理亜。しだいに東京湾の海が小さくなっていく。それを見ながら、安心したのか、真理亜は再び気を失った。


 東京湾の方角の空から現れたオスプレイは、空母ドナルド・トランプに帰艦した。担架に乗せられた真理亜は医務室に運び込まれた。

 意識が戻らず、人工呼吸器をはじめとして、各種の生命維持装置につながれている真理亜。医者と看護師が会話している。

「いやー、驚いた。一体何があったのか知らないが、あの身体はな……」

「今までよく生きてましたよね」

「彼女の身体からは、生きるための何かしらの強い意思を感じる。どうしても生きなければならないという意思をな……。だから、きっと今回も持ち直すよ」

「そうですよね」


 その飯島真太は、真理亜と同じ艦内にいた。彼は内閣府の国家公務員ということも手伝い、旧友の村田の保護のもと、艦内着を支給されて艦内をうろうろする毎日を送っていた。彼の両親はアメリカにいる。このままどうにかして両親のいるアメリカに行ければ、と彼は考えていた。だけど、真太には、どうしても気がかりなことがあった。真理亜のことだ。あの後、真理亜たちはちゃんと逃げ切れただろうか? 無事に東京から脱出できたのだろうか? 俺だけがこんなところで無事でいていいんだろうか? そのことを考えると、どうしても心が晴れないのだった。

 そんなことを考えながら海を見ている真太。そこへ村田がやって来て、真太に声をかけた。

「艦内での生活は慣れたか? どうした! 珍しいな、浮かない顔をして。心配事でもあるのか?」

「いや、実はな、東京に大切な人がいたんだけどな……。無事に脱出できたのかなーと思ってな」

「恋人か?」村田がストレートに聞いてきた。

「いや、……まだ、何ていうかな……、まあ、大切な人だ」

「そうか、無事だと良いな」うっすらと微笑みながらそう言うと、村田はその場を離れていった。


 艦内を探索する真太。

「えっと、こっちが艦橋に通じるエレベーターで、おっ、ここがタービン室に行ける通路か。原子力エンジンのあるところだな」

 さらに艦内を散策する真太。今度は居住スペースにやって来た。

「んー、いい匂いがするぞ。きっと調理室が近いんだな」

「こんにちはー」そっと扉を開けてみる真太。

「きゃー! あなた誰?」

「あっ、失礼しました。お住まいで……。いい匂いがしたんで調理室かと……」

「調理室ならこの廊下のもっと奥よ! ……あれ、あなた内閣府報道官の飯島さん?」

「あれっ、よくご存じで。お宅、どちら様です?」

「私たちは駐日外交官だったハンス・ストレイカーの家族です」

「あー! それで……」

 飯島は、次に格納庫に行ってみた。

「おい、飯島、あんまり勝手に艦内を動かないでくれよな。一応、秘密厳守でお願いするぜ」ふいに、肩をたたかれて振り向くと、そこには村田の姿があった。

「あっ、村田! 分かってるってー。ただ、毎日暇なもんでね。ところで、ここんとこ、毎日のようにオスプレイやら戦闘機やらが飛んで行ってるけど、どうしたんだい?」

「君は、それについては、あまり首を突っ込まない方が身のためだぜ」

「こわーっ! 分かったよ。まあ、だいたいの察しは突くんだけどな」


 尖閣諸島沖や対馬沖において、中国とアメリカとの制空権をめぐる小競り合いが勃発していた。F35と殲20が接近し、お互いを威嚇していた。

 沖縄近海では、毎日のように中国のミサイル巡洋艦が出没し、沖縄をうかがってた。そして、アメリカによる再占領下にある沖縄の嘉手納基地からは、毎回のようにアメリカ軍がスクランブル発進していた。


 大戸島では、アメリカ軍も中国軍も、巨大化した御神乱に手こずりながらも、住宅を焼き払い、森を焼きながら、瓢箪湖のそばまでやって来た。

 瓢箪湖に先に到着したのは、中国兵の方だった。防護服を身にまとい、小銃をかかえながら瓢箪湖に到達した彼らは、赤井社、青井社、その両方の石棺を持ち出すことに成功した。

 アメリカ兵がそこにやって来た時には、既に中国兵も石棺も何も残ってはいなかった。

 揚陸艇に乗せられた石棺は、そのまま中国の揚陸旗艦に収容され、一路中国本土を目指した。それとともに、このときまだ大戸島にいたおびただしい数の巨大御神乱が海の中に入って行き、散逸していった。

 戦いの終了した大戸島は、丸坊主で、何も無い廃墟の島となってしまっていたのだ。

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