第15話 副将軍ウェズリー

 公国北部の最大都市であるスケルツ。

 夜の街を煌々こうこうと照らし出すのは、家屋や倉庫などの建物を焼く業火だった。

 地面には多くの兵士の死体が転がっている。

 その大半は公国兵のそれだった。


 今、街の庁舎を占拠せんきょしているのは王国軍だ。

 この街はつい先ほど、攻め込んできた王国軍によって陥落かんらくした。

 領主は捕らえられ、残党の兵士らは降伏して捕虜となったのだ。


 早朝から始まった王国軍による電光石火の猛攻で、この街はわずか1日で落とされた。

 これで公国の主要都市が占領されたのはすでに3都市目だ。

 その行軍の途上で、王国軍は食糧や燃料の略奪のために公国領内のいくつもの村を蹂躙じゅうりんしてきた。


「見事なものだ。この規模の都市をたった1日で落とすとは……うわさに違わぬ威力だな。そなたらの新型武器は」


 そう言って占拠せんきょした庁舎の尖塔せんとうの上から、炎に包まれる街を見下ろしているのは、王国軍の副将軍であるウェズリーだ。

 このスケルツを陥落かんらくさせた王国軍の総大将の任にいている。

 そのウェズリーの前で片ひざを着いて控えているのは、真っ白な頭髪を持つ男だった。

 だが男は老人ではない。

 まだ30代くらいの精悍せいかんな顔付きの男だった。


「ウェズリー閣下かっか。ご満足いただけたようで何よりです」

「ヤゲン。この調子ならば公国の首都ラフーガを落とすのも時間の問題だ。そしてラフーガの尖塔せんとうに王国旗を打ち立てるのはこの俺だ。あの汚らわしい蛮族ばんぞくの血を引く小娘などではない」


 ヤゲンと呼ばれた白髪の男はひざを着いたままウェズリーの言葉に首肯しゅこうした。

 先王の次男であるウェズリーが副将軍の地位に甘んじているのは、兄であるジャイルズ王が末妹のチェルシーを将軍に任命したからだ。

 チェルシーはダニアの銀髪の女王の血を引いており、そのたぐいまれなる身体能力で王国内の武術大会では敵無しだった。

 どんな屈強くっきょうな男でも彼女にはかなわない。


 しかしジャイルズ王がチェルシーに望むものは個人としての強さよりもその出自にあった。

 ダニアの銀髪の女王の血を引くチェルシーが、王国軍の戦女神となって将軍の座にく。

 それは王国全体の戦への士気を大いに高めてくれている。

 しかしそのせいでウェズリーは腹違いの妹の副官という立場に甘んじることとなったのだ。

 ウェズリーにとっては屈辱くつじょく以外の何ものでもない。


 実際、王国からこの公国に侵攻するための最初の難関である国境のとりでを撃破し、その勢いのまま公国の都市を最初に陥落かんらくさせたのは指揮をるチェルシーだった。

 それからチェルシーは立て続けに次の都市を落とした後、王からの密命を受けて別任務のために軍を離れた。

 その後任として軍を任されたのがウェズリーだ。


 彼はそのことが気に食わなかった。

 チェルシーがお膳立てした勢いにウェズリーは乗っているだけだと揶揄やゆする声が聞こえてくるようだった。

 忌々いまいましげな顔でウェズリーはふところからこの大陸には存在しなかった特殊な武器を取り出す。


 それは彼らが拳銃と呼ぶ武器であり、火薬という粉末に火縄ひなわで火をつけて、その発破作用で鉄の弾丸を高速射出するものだ。

 そして王国軍に配備されているのはこれだけではない。

 拳銃よりも長柄で長距離を狙える狙撃銃、そしてさらに大口径の砲門を持つ大砲も配備された。


 これらは火矢よりも速く、投石機よりも破壊力がある。

 この未知の武器を駆使する王国軍に、公国軍は成すすべなく短時間で撃破されてしまったのだ。

 これらの武器を王国にもたらしたのは、ヤゲンら国外からやって来た勢力だった。


 ココノエと呼ばれる西方の島国からやって来たその一族は、男も女も子供の頃から真っ白な髪を持つ。

 そして彼らは大陸の誰もが持ち得なかった特殊な技術や知識を有しており、それらを駆使して王国に新たな武器となる銃火器を提供したのだ。

 代わりに王国の国民として迫害を受けることなく、その領内で暮らせることをジャイルズ王に約束されている。


「我らココノエの民をお救い下さったジャイルズ王には感謝してもし切れません。必ずや王の御恩に報いてみせましょう」


 そう言うとヤゲンは再びうやうやしくこうべれる。

 そんなヤゲンの背後にはこのスケルツの領主である中年の男が、なわしばられ拘束こうそくされていた。

 領主はさんざんなぐられて赤くらした顔をウェズリーに向けて、呪詛じゅそを吐き出す様に声をしぼり出す。


「の、呪われし西方の民をふところに引き入れてまで他国を攻めるか。恥知らずな王の下僕しもべどもが。必ず貴様らにはわざわいが降りかかるぞ」


 呪われし西方の民という領主の言葉にも、ウェズリーは冷然たる表情を変えない。

 だがその目にはたぎるような殺意が宿っていた。


「負け犬の遠吠えは見苦しいぞ。俺はチェルシーのように捕らえた敵を生かすような甘いことはしない。それを知っていてもそんな戯言たわごとをほざけたかな? 領主殿」


 そう言うとウェズリーはくろがねの拳銃を領主に向け、容赦ようしゃなく引き金を引く。

 パンと破裂音が鳴り響き、白い白煙が風に舞うと、領主は眉間みけんに空いたあなから血を噴き出しながら倒れた。

 そして目を開けたまま息絶えたのだった。

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