第14話 MEET

__2049年 7月__


Rayからの連絡で横浜のみなとみらい近くに呼び出された私は早めに家を出て

久し振りに「海」を眺めながらその場所へと歩を進めた。

歩きながら目に映る海水の色はそのどす黒さばかりが際立っている。

現代の日本では透き通るような海を見るのも難しいが、寧ろそこから立ち込める鼻につく匂いの方がとても印象的だ。

防波堤際に集まるゴミの塊や、時折泡立つ灰色の泡が、ゆらゆらとしている水面の動きを感じさせる。あまりの人口減少によりここまでは手入れが行き届いていないのが本当のところだ。


近代的に作られ彩られた建物以外はどこもかしこも本当に汚い国、それが今の日本。

______


今日は珍しく待ち合わせ場所には既にRayの姿が。


「珍しいね、Rayの方が早いなんて。」


「あ、そうだよね。流石に今日は僕が先じゃないとSORAも分からないと思ったから慌てて早めに着くようにしたよ。いつも待たせてばかりだから・・・。」


Rayの話し方は日本の景色と違い、相変わらず本当に心地良い。


「この間話したけど、今からSORAに紹介したいんだ、仲間を。大丈夫?かな?」


「あ、うん、もちろん」


Rayとの繋がりがある人って、とても興味がある。きっと良い人なんだろうな。


「実は、その子に会うのはそんなに簡単じゃないんだよね。会う為には諸々と順序立ててやらないといけない事があるんだけど・・・そもそもIDブレスを使ってもこっち側から会う約束は出来ないんだ。何故ならその子のいる隠れ家の近くまで行かないと連絡を取り合う事が出来ないようになっているから。だから家にいてくれる事をまずは願うばかり。でも、基本的に外に出るのを凄く毛嫌いしている人だから大丈夫だとは思うけど。その子の口癖、(HGPとかEPとか面倒)だから。」


「へー、そうなんだ。確かに面倒だよね。この装備は。」

と言いながらどんな風にして会うのか気になった。


Rayがさらに説明をする。


「その子の名前は「DAMIA」って言うんだ。」


「ダミア・・・?」


「うん。それでどうやって会うかと言うと、まず僕達がDAMIAの隠れ家に近付くと相手が僕の出している信号を察知して僕にその時だけの通信パスコードを送ってくれるんだ。そのパスコードを入力するとロック解除なんだけど、その後すぐにDAMIA側から僕達から出ているネットワーク信号をカットしてくれるんだ。

そこでやっと隠れ家に入れるという仕組みなんだよね。」


「会う為にはパスコードが必要なんだ・・・セキュリティが本当に凄いね。」


「正直、そのDAMIAの隠れ家が政府にバレるとまずいから、徹底した対策をしているんだ。しかもその場所は見ればわかると思うけど、本当にこんな所に人が住んでいるの?みたいな雰囲気で誰かから聞かないとまずそこに人が住んでいるなんて思わないよ。多分最初はかなり驚くかと。でも、僕らの信号をカットしている時間にも限りがある。だからあまり会っている時間が長いと信号がない事に政府が気付くらしいんだよね。もう、その辺の事はさっぱり僕には分からないけど。そんな時にはDAMIAから・・・(はい、終わり)って言われる。」


「す、凄いね。それは。想像だけだと全然理解出来ない。ちなみにその「DAMIA」って男の子?女の子?」


と聞く私にRayが答える。


「あ、女の子、、、だけど性別の事を話すのが嫌いな子だからその事には絶対に触れないように。まあ、触れたとしても淡々とこう言うと思うよ。」


(性別には意味がないからその話はするな。興味なし。)


「しかも彼女のDAMIAっていう名前の由来は昔のオカルト映画から取ったらしいんだよね。全てが不思議な感じの子だけど、とにかく無茶苦茶サバサバしている。」


「へー、そうなんだ。了解。そこには触れない。でも、DAMIAが僕らのネットワーク信号消せるなんて・・・。すごいね。遠隔で?しかも近付くと分かるんだ。まるで魔術師だね。」


と、関心している私に


「うん、彼女は近付いてくる信号は常にキャッチしている。僕からの信号は既にDAMIAは登録しているから僕が近付くと隠れ家にいれば向こうがすぐに察知してくれる。ところが凄いのはここから。周りからは彼女の隠れ家からの信号は拾えないんだよ。本当に凄いんだ。どうやら本人のネットワーク信号は隠れ家にいる間は違う場所からフェイクで出ているようになっているらしい・・・。信号だけテレポートして他の場所にいるみたいな感じなんだよね。」


自分の事のように自慢げに話しているRayが少しだけ楽しそうに見えた。


「僕達と大きく違うのはDAMIAの特殊能力はどちらかというと自分の能力で攻撃をするというよりは、他の人のネットワークプログラムや政府のネットワークプログラムを人知れずに改ざん出来るところが凄いんだよ。僕達は自分達の能力を上げていく事を考えていると思うけどDAMIAは自分ではなく、寧ろ、自分以外を操ろうとする。簡単に言えば、「人形使い」と言った方が一番わかりやすいかも。」


「す、凄いね・・・。その能力。そんな事出来るんだ。確かに僕は自分の能力を高める事しか考えていなかった・・・。でも政府に気付かれないでネットワークに入り込んでプログラムを改ざんしたとしても、そのネットワーク上の滞在時間には限りがあるよね。政府も馬鹿じゃないし、セキュリティも高めていると思うし。長い時間そのまま外部からコントロールするのは難しそうな・・・。」


「そうなんだ。だから侵入する時はそれぞれのゲート通過に使える時間はこの位まで、とその時その時で教えてくれる。すごく短い時もあれば余裕がある時もあるらしいけど。その辺は僕にも理解出来る事じゃないから、さすがの能力だ!としか言いようがない。DAMIAの能力は想像の遥か上の上・・・雲の上だね。」


「なるほど・・・。それをある程度は数値化して時間に変えて教えてくれるんだ・・・ますます興味深い子だね、「DAMIA」って。」


「うん、実は兄貴が死ぬ前も裏ではDAMIAが色々と動いてくれていたんだよね。ただ何かあった時に僕やDAMIAに危害が加えられるとまずいと思って兄貴だけが「粛清」対象になるように動いてたんだよ。でも、兄貴が心配しなくてもDAMIAがバレる事はほとんどないけど。バレる時は決まって侵入した者だけが政府によって「排除」されているから。それくらいDAMIAの防御能力は徹底しているんだ。

ただその時の縁で、僕は今でもDAMIAとは繋がっているんだけど、簡単に言えばDAMIAは裏でサポートはするけど、自分では先頭に立って攻撃をするタイプではない。でもあの子の力がないと兄貴も第二ゲートは突破出来なかったと思う。結局最後は兄貴の能力がDAMIAに追いついていけなかったんだよね。その結果が死に繋がった。DAMIAと同等、あるいはそれ以上の能力を持っていないと政府のネットワーク網は突破出来ないという事を兄貴の件で痛感したんだ。」


「なんだか本当に難しい事が出来る能力の持ち主という事だけは分かったけど・・・果たして僕にそこまで対応出来る能力があるのかどうか?」


「そこでSORAの能力を・・・言い方は悪いけど調べてもらえばどの位なのかというのをある程度はDAMIAなら分かると思うから。それで今日紹介しようと思ったんだ。」


「へえ、とにかく話だけ聞いていると本当に凄いね。確かに、自分の能力の限界値は本当に分からないから。むしろ有難いかも。自分の能力がどれくらいまで伸びているのか分かるのは。」


「僕の目が確かならSORAは凄い能力を持っている気がするんだよね。勝手な思い込みだけど。感じるんだ。SORAからは・・・。」


「そう言ってもらえるのは嬉しいけど。自分が今まで積み上げてきた能力は・・・。期待に応えられるかな・・・?」


______


「あ!DAMIAが気付いたね。僕の信号を拾ったみたい。通信パスコードが送られてきたから。」


「じゃあ、その隠れ家に・・・。とりあえずは良かった。」


「パスコードを入力した途端、僕ら二人の信号は切られるからSORA、僕の横に立っていてもらっていいかな?側にいないと二人の信号を切ってもらえないから。」


「了解」

と言い、すぐにRayの横に立つ。


「ピーーー」


「お、無事二人共、信号解除」


「実感はないけど、人生で初めて自分の信号が切れたんだ。なんだか自由を感じる。」


「じゃあ隠れ家まで付いてきてくれるかな。」


その後、二人は中華街の外れにある寂びれた建物の横を通り数軒先の中華屋さんの勝手口から入る。


「え?本当にここにいるの?」

と、訝しげに話す私に


「でしょ、人の気配もないよね。むしろ野生動物とかが住んでそう・・・。でも内部を見たらすごく驚くと思うよ。」


二人は足元に気を付けながら静かに店の奥まで進み、厨房に突き当たった所にある隠れ扉の前に立つ。この扉が「隠れ家」への入り口だとRayから聞き、暫く待っていると扉からカチッと音がした。


「ここに入るにも隠れ扉の正面にぶら下がっている古びた鏡に組み込まれている「アイセンサー」を使って彼女の目で解除をしないと入れないんだけど、今日は彼女が中から開けてくれたんだよ。一人では中には絶対に普段は入れない仕組み。」


確かにそこが入り口だとは100%誰にも気付かれないだろう。

そして中に入ると想像以上の内部の様子に思わず息をのんだ。


「これってロボットの中にいるみたいだね。」


暗闇の中に光る電子の明かりが目に飛び込んでくる。

まるで線香花火をぐるぐると沢山の人が回しているようだ。


中に入り椅子に座ると二人共「HGP」と「EP」を外し素顔になる。


(ある程度は想像していたが、こんな顔だったんだというような顔つきでお互いを見る。)


「久し振り、DAMIA。今日は僕らの仲間になってくれるSORAを連れてきたんだ。」


というRayの言葉に振り返る事もなく奥の席で座っているDAMIAが背中越しに応える。


「久し振り、元気なの?」

と聞き返すDAMIAに


「うん、SORAと出会ってなんだか未来を感じ始めたというか何というか・・・。」


「SORA・・・。」


「こんにちは、初めまして。Rayの仲間になったSORAです。」


「Ray??」


と不思議がるDAMIA。


「あ、実はSORAが僕に名前を付けてくれたんだ。なんだか僕もRayって名前が気に入って」


「ふーん、Rayね、じゃ、俺もRayって呼ぶかな・・・。」


ずっと背中を向けていたDAMIAが椅子に座りながらゆっくりと振り返った。

目の大きなどことなく生気を失ったようなその顔からは確かに性別をまるっきり感じさせない。まるで別世界にいるかのような存在にも見える。それにしても驚くほど目が大きいのに眠そうに見える表情がとても印象的だった。


「君がSORA??今日は二人してどういったご用で?」


「うん、SORAの能力をDAMIAに調べてもらえないかな?と思って。SORAのお父さんも生前、僕達と同じく反政府だったらしくいろいろ動いていたらしいけど最後は自ら命を絶ったんだ。でも、話を聞くとその当時のお父さんの能力は凄かったみたい。もしかしたらその能力が遺伝的にSORAにあるとすればこれからの僕らの戦いには絶対的に必要になるんじゃないかと思って仲間への打診をしたんだ・・・しかも初めて僕らが出会ったのは、あの兄貴が「排除」された場所。その時そこでSORAから話しかけられて、これも運命かな?と思って。」


「そうなんだ、あの日か・・・。あの時は悔しかったね。本当に。第二ゲートも突破したのに。でもお兄さんにはその能力はないと釘を刺したのに聞かないからあんな結果になったんだよ。」


「確かに、でも兄貴も少しの期待をもってネットワークに侵入したんだ。結果、DAMIAの言う通りになったけど、僕はまだ諦めきれなくて。そんな時にSORAと出会って、もう一度、どうにか挑戦したいなって・・・。」


「なるほど、まだSORAって人間を私は信用していないけど、どちらにしても私がSORAを調べれば政府の犬かこちら側の人間かも分かるから・・・。万が一政府の犬だったらRayの前で俺が殺すからね。」


かなり淡々と二人で話しているが恐ろしい事を言っている。

今時、世の中のロボットの方が愛嬌がある。

能力を調べるという話がまさかの自分がこの場で殺される話までになるとは・・・。

なんだか、複雑な心境だ・・・。







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