第11話 STATEMENT

__2049年 5月 ___


コンビニの仕事を終えて帰ろうとしている所だった。

時間は午後5時。

この時間でも外はまだまだかなり暑い。

店内の窓から眺める空の景色は相変わらずドローンで埋め尽くされているが、そこから漏れ出る日差しだけでもかなりの熱を放出しているのがわかる。

__ドローンがなかったらどれだけ熱いのだろうか・・・。

店内から外に出るのを躊躇っていたところ、お店にあるモニター画面がその内容とは結び付かないような可愛らしい音と共に突然切り替わった。


「ホワンホワン」


この音は政府の「BRAKING NEWS」の音だ。


日本中のお店や街頭のモニター、そして各家庭のすべてのPC等が一斉に「政府専用チャンネル」の画面に切り替わる。


「政府のニュース速報」の時は世の中の全てのモニターが政府によってジャックされる仕組みだ。


もちろん街中には私のような仕事をしている者以外はあまり人がいない為、ほとんどの国民は家でモニターを見る事になる。

そう、全ての国民がその「政府ニュース速報」を見なければならないように仕向けられているのだ。

政府からの突然の速報は国民にとってはあまり良い知らせではない事が大半を占める為、皆固唾を飲んでモニターを注視している事だろう。


モニターにはいつもの政府お抱えの女性キャスターが映し出された。

身なり、顔立ち、どれをとっても美人だがどこかやはり人間味を感じられないその女性は本当はAIが創り出した人物なのかな?と思うくらい、いつも顔は無表情というよりも無機質?のほうが正しい表現かもしれない。

私も実際、過去に一度そのキャスターが本物の人間かどうか気になってWikipediaで調べた事があったが、まさしく実在する人物だった。ただし、生まれも出身もすべてがわからなかったが。


彼女は軽く一礼した後、いつものように抑揚のないトーンで話し始める。


「こんにちは、ニュース速報担当の杉山です。只今より政府からの緊急速報をお伝え致します。」


___やはり政府からの何かしらのお達しだ。政府からの速報の時はその時の重要度によって担当キャスターが変わるが、この「杉山」の場合は大抵、最悪なお知らせの事が多い。


「今回、皆様にお伝えする事案は国民にとって、とても脅威である事だと判明した為、速報として急遽お伝えする事になりました。実はここ最近、国家に対して反逆を目論む「虫」と呼ばれる存在が明らかになりました。もしかしたら国民の一部の方もすでにその存在を知っている方もいるかもしれませんが、今回それは単なる「噂」ではなく「実在」しているという事が明確になりましたので急遽お知らせに至りました。」


やはり杉山イコール最悪な、お知らせみたいだ・・・。


「まずその「虫」とは何か?というと、国の「適正テスト」に対して不可になった者達、即ち、政府下の仕事に就く事が出来ず、人としての価値がほとんど無いと言っても過言ではない人間・・・そうです。腐った者達の事を指します。ですが単に「不可」になった者ではなく能力があるにもかかわらず何らかの不正行為を行い、その者達が自ら政府の「適正テスト」の結果を「不可」にし、その上で「虫」となり普通の生活をしながら政府への反乱を試みている者達なのです。もちろん全ての「不可」の者が「虫」ではなく、きちんと国に貢献し、ごみ処理の作業に従事している者達もかなりの数いる事も事実です。

そこだけはお間違えの無いように。「不可」イコール「虫」ではありません。

「虫」の事を簡単にわかりやすく例えるならば・・・。


__体の中にひっそりと長い間身を隠しているヘルペスウィルス。それがある時、急に体に災いをもたらす。それが帯状疱疹を引き起こしたり、そして体を麻痺させるように・・・。ヘルペスウィルスは出現しなくても体の中には存在はしているんです。そして急に現れて悪さをする______


そうです、「虫」はヘルペスウィルスのように普段は「不可」の中でひっそりと身を隠して暮らしていますがある時、急に反乱を引き起こすウィルスのような存在なのです。


日々生活を平穏に過ごし、そして国家に尽くしてくださっている皆様にとっては本当に無関係な話かもしれませんが、それらがどのような者なのか、そしてどのように反乱を起こしているのかを映像と共にお見せしますのでどうぞ最後まできちんとご覧ください。より一層「虫」の事が分かるかと思います。」


その女性キャスターは不気味な表情で、尚且つ、目元にはやはり感情はなく、口元だけを小さく動かし淡々と語りかけるように話しを続ける。


「付け加えておきますが、万が一、その「虫」との関りを持ったとしたら?・・・。頭の良い皆さんならお分かりになると思いますが・・・。」


少しだけ間をおいて、その女性キャスターが先程よりも目を見開き、さらに口元を大きく広げて話しを続ける。


「そうです。その「虫」との関りを持った方達もある程度の罪に問われ「粛清」対象になります。例え直接、政府のネットワークを脅かさなかったとしても。

その為、皆様にはくれぐれもそのような「虫」共と関わる事が無いよう前もってお伝えしておきます。それではこちらの映像をご覧ください。」


その瞬間、画面にノイズが入り映像が二画面になる。


「これはつい先日起こった出来事になります。これを見れば皆様も政府に対して「虫」の持つ感情のような気持ちにはならないかと思いますが。」

と、二画面の左側に移っていた女性キャスターが今度は涼しげな表情で話し始めたと同時に画面から女性キャスターの映像が消え、急に元のフル画面に切り替わり、突然あまりにも無残な映像が全てのモニターに映し出された。


あまりのその画面の真っ赤さに一瞬何が映し出されたか分からなかった人も多かったと思う。


そこに映し出された映像は「虫」達がそれぞれのパソコン前で首の亡くなった血まみれの塊となり、指だけがタブレットの上に置かれている惨たらしい映像だった。

数名の「虫」の死体が画面一杯に次々と映し出される。

どの遺体も赤く染まり頭がないため性別もわからない状態となっている。

まるで同じ状態の違う服を着た首のない塊を置き換えただけのように・・・。


その映像の裏で女性キャスターの声だけが聞こえてくる。


「この映像に映っている者達は、この間、政府のネットワークに侵入を試みた九州地区で活動をしていた「虫」達です。その者達は国の根幹である政府のネットワークに入り込み、皆様の安全と平和を脅かそうとし、さらには政府を混乱へと導こうとした為、国としては皆様を守るために・・・残念ながら「排除」させて頂きました。万が一、「排除」しなかったら国民の方達がどうなっていただろう?と思うと冷静ではいられません。」


常に冷静に話しているくせによく言う。人間のフリしたAIなのか話し方にも違和感さえ感じる。


「もちろん、政府としても国民を「排除」する事は望んでいる事ではありません。しかしながら、皆様国民の平穏な生活を脅かす存在は断じて許す事が出来ません。その為、この者どもは国民ではなく「虫」として致し方なくこのような結果となりました。また、皆様に置かれましてもこのような姿になる事なく、日々を一生懸命、国の為に過ごされる事を願っております。幸い、この事件は大事には至らず、皆様が平和に過ごせている事が何よりの結果でございます。」


政府は自分達が国民をモノのように私物化している事で「虫」と呼ばれる存在が生まれてきたという事実は隠し、あくまでも国に対して悪行を働く者達が「虫」であり、その「虫」が国民を地獄へと連れて行こうとしているかのように思わせて、自分達の行いが正しい行為だと思わせるよう仕向けているのが私には明確だった。


____


しかし、政府下で働く国民達はある意味かなりマインドコントロールされている状態にある為、国の話す全ての事を鵜呑みにしてしまうかもしれない。「不可」の人間が国にとっては異物なのだと・・・。そして「虫」と呼ばれる者達は危険因子なのだと思わせる事で国民にとっても害虫であるように見せる為に。。


さらにその女性キャスターが今までのグロテスクな映像が何もなかったかのように話しを続け、同時に政府のご案内のような画面に切り替わる。


「さて、そこで政府から皆様へ「虫排除作戦」のご案内です。現在政府下で働いている方の中から、私なら「虫」を排除出来る能力を持っているぞ!という方達を募集致します。

応募してくださった方達には政府の難関テストを受けて頂き、その適性があるかどうかを確認させてもらいます。その試験を見事パスしますと「特別害虫対策遂行チーム」として迎え、この我が国を陥れようとしている「虫」達の駆除を政府と共に実行していってもらいたいと思います。勿論、報酬もその「駆除」した数や、国への貢献度でさらに追加してネットワークマネーとして支給される事になります。どうぞ我こそは、という方がいましたら政府チャンネル内の「虫排除作戦」コーナーからお申し込みをしてください。そして皆様にとって、より安全で暮らしやすい国へと気持ちを一つにして一緒に創り上げていきたいと思っております。詳しい事項、またご質問等は「虫排除作戦」コーナーから出来るようになっております。沢山のご応募お待ちしております。」


なんてこった・・・。単なる懸賞サイトのように簡単に募集をかけている。

とうとう政府が国民をあおり「不可」から「虫」になった者達を一斉に排除しようとしているのか。国民と国民の・・・ある意味殺し合いまでに発展しなければいいが。

今までは政府の活動だけを見て行動していれば良かったがそうもいかなくなってきた。

政府下で働く者の中にもすごく能力のある奴はいるはず。


ふざけた事を・・・。


女性キャスターが最後に軽く会釈をしながら


「それでは皆様健やかにお過ごしください・・・杉山がお伝え致しました。」


「ホワンホワン」


___________


国民全員が見ていた画面は元の画面へと切り替わり

何事もなかったかのように人々はいつもと同じ生活に戻る。


何人の人間が政府の「虫排除作戦」に参加するのか・・・

それともその中でも政府に対して疑問を持つ者がはたしているのか?

それだけが少し気掛かりだった私はアルバイトからの帰り道も気付くと頭の中はその事ばかり考えていた。

これが日本の本来あるべき姿なのか?本当の意味での楽しく平穏な未来なのか・・・。

・・・いよいよ動く時が来たのかもしれない・・・。



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