第15話

 私と天宮さんがコンビを組むようになってそろそろ3ヶ月が過ぎようとしていた。私の気持ちは3ヶ月の期限が近づくにつれて落ち着かないものになっていった。


 とりあえず3ヶ月。それが最初の約束だった。その後は何も決まっていなかった。


 天宮さんとはかなりうまくやれていると思う。最初は、初仕事で心配しかなかった。天宮さんが主導して最初の計画をたててくれて、はじめての瘴気集めはかなりうまくいった。礼拝もどもりはするけれどもうまくいったし、悪霊退治までできた。私の能力を考えると信じられない成果だ。


 仕事以外でも天宮さんと仲良くなることができた。一緒に食事をとるようになり、昼食はお外で食べられるようになった。天宮さんと遊びに出かけられるようになった。飛べない私だけれども、天宮さんのおかげで世界が広がった。



 離れたくない。そう思った。



 10センチの距離。信じられない近さだ。こんなに近くまで、たぶん私の心も近くまで近づけたのに、お別れするのは嫌だ、と思った。


 でも。天宮さんがどう思っているのかはわからない。迷惑をかけっぱなしだ。3ヶ月は約束が有るので一緒に仕事をしてくれたけれど、優しくしてくれたけれど、内心めんどくさく思われているかもしれない。それが、怖い。





――――


「天宮さん、あ、あの」


「はい、なんでしょう」


 6月の末日、ついに天宮さんに契約の継続か中止かを尋ねなければいけない日が来た。もっと前に聞いておかねばならないことだったが、返事が怖くてギリギリになってしまった。


「お、お仕事のこっことなんですが」


「はい」


「……」


「……」


 うまく口にできない。


「す、すいません」


「大丈夫ですよ、ゆっくり言ってください」


 天宮さんは優しくそう言ってくれた。


「きょ、今日で3ヶ月ですっ!」


「な、なにがでしょう」


「そのっ!い、一緒に仕事をはじめてからっ!」


「あ、そ、そうですね」


「……」


「……」


 また沈黙してしまった。うまく口が動かない。


「あー、3ヶ月といえば、最初に約束していたお仕事の期限が3ヶ月でしたね。早いものです」


 私はぶんぶんと頷いた。


「そ、それで、天宮さんには、きっ聞いておかなければならないことがあっあります」


「はい、なんでしょう」


「……わ、私とこれからも一緒に仕事をしてもらえますか!!!」


 言った。私は気合を入れてそう最後まで言った。




「ええ、そのつもりですよ」


 天宮さんは余りにあっさりとそう言った。


「そうだ、いい機会ですしお祝いにちょっと良いもの食べましょうか。出前にはなるかと思いますが……天使様?」


 世界が歪む。私は泣いているのかな、と気付いた。天宮さんがオロオロして私に近づいてきて、10 センチの距離で止まる。もっと近づきたい。涙を拭いてほしい。抱きしめられたい。そう思った。




 ああ、これが好きってことなんだな、と思った。





「天使様、て、ティッシュです、とりあえずどうぞ」


 箱のティッシュを近づけてくる。あまりに不器用だ。少し笑ってしまった。


「……彩羽いろは、です、私の名前」


「は、はい。知っています」


「そうじゃなくて。呼び方……彩羽って、呼んで欲しいです。他の天使と一緒では嫌です」


「い、いや、ぼくは天使様のことお名前で呼んだことは無くてですね」


「じゃあ、これが最初です。彩羽、と呼んでください」


「いや、でも不敬では……」


「私が良いと言っているんです。彩羽、と呼んでください」


「……」


「……」


「彩羽、さん」


「……はいっ!」




 またひとつ、私たちは近づけた気がする。このまま、二人ならばもっと近くまでよることができる、そう思った。

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