第13話

 ゴールデンウィーク初日、ぼくはひとりで電車を使いキャンプ場の最寄り駅まで向かった。キャンプ道具も半分持っている。もう半分は天使様が持ってきてくれる予定だ。最初は全部ぼくが持とうとしたが、あまりの荷物の多さにギブアップした。


 キャンプ場最寄り駅に到着し、人気の無いところを探して天使様に連絡を入れる。臨時ポータルが光り、すぐに天使様が荷物と共にやってきた。荷物が多くてヤドカリみたいだ。若干申し訳ない。


「さ、さあ、出発です!そんなに遠くはないのでゆっくりいきましょう!」


 天使様は楽しくて仕方がない、といった顔をしながらそう言った。テンションたかいな。ぼくたちはたわいもないことを喋りながら風景を楽しみ歩いた。




 ほどなく、キャンプ場に到着した。キャンプ場は山の中で、あまり混雑してなさそうなところを選んのだが、混雑して無さすぎてほぼ誰も居ない。まぁ人がいない方が天使様にとっては都合が良いのでいいだろう。


 ぼくたちは早速テントをたてはじめた。初心者にはなかなか難しく、四苦八苦しながら協力してなんとかそれらしい形になった。


「ふぅ……さ、さすがに疲れましたね」


「そうですね。でも初心者にしてはよくやった方だと思います」


「あ、汗かいてしまいましたし、水浴び、というか、次はおっ温泉に入りましょう」


「屋外の温泉があるって雑誌に書いてましたね。風景も良さそうで楽しみです」


「ふひひ……」


 温泉は山の中を分け入って出た川べりにあった。男女別の更衣室があり、その奥が温泉になっているようだ。完全に屋外だが人もいないし更衣室にはロッカーもあるので大丈夫そうだ。


「それでは、30分後くらいにまた会いましょう。先にあがった方が更衣室前で待ってましょう」


「は、はい。では後ほど。ふ、風景が綺麗でもっと長くはっ入っているかもしれません。ふひ……」


 更衣室前でわかれると、ぼくは服を脱いで早速温泉に向かった。かけ湯をして温泉に入る。


 温泉は想像以上に大きかった。他に人は誰もいないようだ。雄大な川とその対岸の森が自然の偉大さを感じさせる。ぼくは一息おおきく深呼吸した。


 これだけ大きいと遊んじゃいそうだ。うっかりいたずら心の出たぼくはばた足で泳いじゃったりした。温泉は熱いが泳ぐのは楽しい。


 と、微妙に調子外れの鼻歌が聞こえた。いけない、先客がいたようだ。ぼくはあわてて泳ぐのをやめた。


「すいません、泳いでしまって――」


「♪〜???」


 先客は天使様だった。


 全部バッチリ見てしまった。


 ぼくは目が良い方だ。裸眼で遠くまで見える。老眼ではないので近くも当然よく見える。というかめちゃめちゃ近かった。


 よりによって天使様はまだ湯に完全にはつかっていなかった。濡れてボサボサではなくなった金髪は普段より美しく輝いていた。大きく見開かれた瞳は潤み、小さく濡れた唇は呆けたように少し開かれていた。華奢な肩、浮き出た鎖骨、折れそうな腕、スラッとした胸、かわいらしいへそ、そしてその下は――


「?!?れ?れ!るろ!?れ!?れ!」


「すすすすすすすいません!!!!!」


 無限時間眺めてから慌ててぼくは後ろを向いた。完全に手遅れだった。ばしゃり、と水音が聞こえる。


 また無限の時間が過ぎた。お互い無言だった。心臓が飛び出そうだ。


「なんで天宮さんがいるんですかぁ〜!」


「そそそそれはぼくのセリフですよ!男湯ですよここ!」


「女湯です!」


「男湯です!」


「……」


「……」


 混浴だった。更衣室が分かれているだけだった。衝立もなにもなかった。


 また無限の時間が過ぎた。


「……大変失礼致しました、天使様。ぼくは地獄行きですかね、はは……」


「い、いえ、わっ私の方こそ、ひっ貧相なものをお見せして……うぅ……ううぅ……」


 天使様がうめいている。ぼくは地獄行きだ。さようなら、さようなら……





 その後も身体が硬直して全く動けなかった。水音が聞こえないので天使様も動いていないはずだ。どうしよう。地獄行きの前に、のぼせて死ぬかもしれない。


「……ふふっ、ふ、風景がいいので今回はゆ、許しちゃいます……」


 天使様はマジで天使だった。身体の力が抜けていくようだった。


「本当にすいません。償いは必ず……」


「も、もういいですよ。忘れましょう。ほら、ゆ、夕日が綺麗ですよ」


 もう夕暮れになっていた。びっくりしすぎて全く気付いてなかった。大自然の雄大な風景が薄く赤く染まる。教会堂の中にいては味わえない風景だった。天使様にも気に入ってもらえているだろうか?


「……この風景を楽しめているのも天宮さんのおかげです。ありがとうございます。一人では来られませんでした」


「……いえ」


「それに……こうやって温泉の中で風景を楽しみながら天宮さんとお話するの、嫌いじゃありません……」


 天使様はどこか楽しげにそう言った。ぼくの背中にぐい、と、反発力がかかる。もしかして、天使様はぼくにもたれかかっているのだろうか?ぼくの心臓はまたはねた。だがどこか心地よかった。

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