第9話

 天使様との仕事は順調に進んだ。どもりはまだ直ってないが、自信は持てているようだ。礼拝は余裕があるように見え、安心して見ていられる。瘴気集めはもうお手の物だ。悪霊退治に関しては、巡回できる区域があまり広くないためか、まだ悪霊には出会っていない。


 「わっ」


 そんな余裕が慢心を呼んだのか、今日の瘴気集めの最中、天使様は瘴気に足を滑らせて、ぼくの眼の前で転びそうになった。あぶない、と反射的にぼくは天使様の下にスライディングして、天使様を受け止めた。なんとかギリギリ間に合い、ぼくは天使様に押し倒されるような格好になった。


「いたた……天使様、だ、大丈夫ですか」


「ははははいっ、ごめんなさいごめんなさいごめんなさい!」


「はは、大丈夫そうですね」


「わ、私は大丈夫そうです、そういう天宮さんこそ大丈夫ですか?!」


「ぼくも大丈夫、ですが、滑り込んだ時に脚を擦りましたね。酷くは無さそうですが」


「うぅ、すいません……わ、私がもっと能力があれば癒やしの力を使えたのに……」


「このくらい問題ないですよ。無事で良かったです」


「は、はいぃ……」


「……」


「……」


 顔と顔が近い。思わず見つめ合ってしまっている。天使様はボサボサの金髪をさらに乱し、隈のかかった目元から頬にかけて赤面している。肌はこの距離で見るとそのきめ細かさが見てとれ、うっすら曇っているはずの碧眼も陽の光を反射してキラキラ輝いている。ぼくの顔も熱い気がする。ドキドキしているのがバレてないだろうか。


 ふと、違和感がぼくを襲った。何かが違うような気がする。なんだろう……というか、なんでこんな細かいところまで見えるんだろう。


「「……なんか、近くないですか?」」


 ぼくと天使様は同時にそう言った。




 残りの瘴気集めを終えたぼくらは教会堂に戻り、早速違和感の正体を探ろうとした。ダイニングテーブルに向かい合わせで座ったぼくらは、手のひらと手のひらを合わせるように対面し、その距離をメジャーで測定した。


「25センチくらいですね」


「た、たしか、まっ前に測定した時は50センチくらいって言ってましたよね?あ、明らかに縮まってますね……」


「そうですね……こんなことが分かったのは初めてです」


「ふ、ふしぎですね……」


 手のひらをにぎにぎしながら、天使様はそう言った。にぎにぎする感触が空気を隔ててぼくまで伝わる。これは、こそばゆくてあまり心臓によろしくない。


「理由は全くわかりませんが、距離が変化することはあるようですね。提案なのですが、これから毎日距離を測定しませんか?」


「測定、ですか?」


「はい、例えば毎日夕食後に距離を測定するんです。いつ距離が変化したかが分かれば、何かこの体質に関するヒントが現れるかもしれません」


「な、なるほど。てっ天使に近づける人間の謎が解明されるかもしれませんね」


 にぎにぎを続けながら天使様は言った。いつまでにぎにぎしてるんだ……


 とりあえず適当なノートを取り出し、ぼくは今日の日付と25センチという距離を記入した。毎日続ければ何かがわかるだろう。


 記入を終えて顔を上げ天使様を見ると、何やら考えているようだ。


「……あ、天宮さん、ちょ、ちょっとお願いというか、相談というか、そういうものがあるのですが」


「はい、なんでしょう」


「にっ25センチまで近づけるなら、わっワンチャン二人がけのソファーに二人で座れるのでは?」


「はぁ」


「てっテレビとブルーレイプレイヤーはこの部屋にしあかりません。わっ私はあ、天宮さんと一緒にソファーに座って映画を見てみたいです」


「別に一人で見ればいいのでは?自由に使ってかまいませんよ」


「ちっ違います!二人で一緒にに見るのがじゅ重要なんです!」


 プンスコしながら天使様は言った。こんな表情をするのは珍しい、というか初めてだ。ぼくに慣れてきたのだろうか。


「お、お金は私が出します。置く場所も十分ありますし、か、買ってみませんか」


「そこまで言うなら、買いましょうか。あって困るものでもないですし。ぼくも使うことになると思うのでお金は折半で大丈夫ですよ」


「そうしましょうそうしましょう!わ、私は買い物に行けないので通販で買いましょう。そ、そのためにはソファーの必要サイズを決める必要がありますね……」


「必要サイズ?」


「な、並んで座れるかどうかを調べなくてはなりません。そ、そのために、実際に横に並んで座って、ふっ二人の距離を測定するんです」


 今日も天使様はぐいぐい来る。まぁこのくらいならあまり問題はないか。


 ぼくらは早速、床に体育座りをして横に並び、ぼくらの距離を測定した。


「お、思ったよりちかいですね、えへへ……」


「そ、そうですね」


 お互い横を向いて顔を見合わせ、ぼくらはそう言った。また顔が熱くなる気がして、ぼくは、ふい、と正面を向いた。


 その後、タブレットで通販サイトをみながら、あれが良い、こっちの方がよい、などと二人で相談をした。実際に買うとなるとできるだけ良いものを買いたくなる。二人の相談は長時間に及んだ。

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