第2話 魔女と使い魔

「ふむ。次は――」

『モナ』


 使い魔“麒麟”に乗って、各村に荷物や手紙を届ける魔女――モナは空より飛来する“八咫烏”に反応して麒麟から降り、膝をつく。


「ナギ様。お勤め、ご苦労様です」

『それはこっちの台詞だ。常に動き回る必要のある役職をお前が引き受けてくれているから、宮殿も国全体の状況が把握できるのだ。感謝している』

「もったいなきお言葉です」

『だが、望むのであれば村の常駐にしても良いが』

「いえ、私は色々な人と触れ合うのが好きなのです。今の地位に不満はありません」

『そうか。気が変わった時はいつでも相談してくれ』

「はい」


 バサッと“八咫烏”は舞う。その飛行する様をモナは見届けると“麒麟”に跨がる。


「麒麟。行きましょう」


 序列15位の魔女モナは、使い魔と共に今日も国内を巡る。






「ふっ! ハッ!」

「おっと、甘いぞ!」


 魔女二人が素手で組手をしていた。

 しかし一対一ではなく、片方は“使い魔”と同時に一人を攻める二対一の構図である。


「よっと」


 それでも一人の方は攻撃をすり抜ける様に接近すると魔女当人を掴んで投げた。


「うわ!?」


 投げられた魔女は背中から地面に落ちる。


「痛ぁ……」

「ちゃんと受け身を取れ。ネネ」

「うー。ミカ姉ちゃん強すぎるよぉ」


 僅かな汗だけを掻く魔女ミカは、まだまだだな、と笑いながら妹のネネに手を差し出し起こしてあげた。


「“バルバトス”は使い魔の中でも屈指の攻撃力を持つが指示を出した事しかやらないんだ」


 ミカはネネの指示が途切れて停止する鎧姿の使い魔“バルバトス”に視線を向ける。


「だから、お前が攻撃を決めるか“バルバトス”が攻撃を決めるかで立ち回りは大きく変わってくる」

「お姉ちゃんはどっちのつもりで動いてるの?」

「私は臨機応変に考えてる。戦いながらスイッチしてるよ」

「わたしには難しいよぉ」

「右手と左手で違う文字を書ければいいんだ。今日からそれも練習するぞ」

『ミカ、ネネ』


 二人の元へ黒い羽を散らせながら“八咫烏”が舞い降りる。


「ナギ様」


 ミカは胸に手を当てて片膝をつく。ネネもそれに習って同じ所作をした。


『“使い魔”との接近戦闘術。だいぶ、形になった様だな』

「まだまだ手探りの段階です。実用的にはまだ程遠いかと」

『期待している。ネネ』

「は、はい!」

『お前にもな』

「は……はい!」


 必要な確認を終えると“八咫烏”は再び天へ舞う。二人は立ち上がりつつソレを見送った。


「ふー、緊張するなぁ」

「なんだなんだ? 序列13位の私には緊張しないクセに」

「お姉ちゃんはお姉ちゃんだもん」


 序列45位のネネは姉のミカと共に研鑽を続ける魔女だった。






 沿岸部より内陸へ少し進んだ草原にある集落にて一人の魔女が向かってくる狼の魔物の群れを肉薄していた。


 もう少しで射程圏内――入った!

 特別製の皮小手に火種となる木片を擦り動かし、熱を発生させる。


「イフリート!!」


 その僅かな熱から膨れ上がる様に火となり、炎となり魔物の群れを囲む。

 唐突な炎の出現に魔物達は本能から脚を止めた。


「全て焼き倒せ!」


 それは炎の壁で覆われた闘技場。その中へ炎が人の形を成して現れると魔物の群れを処理していく。

 仲間が倒されていく中、使い魔“イフリート”から決死の思いで炎の壁を一匹だけ抜ける。そのままソレを出現させた魔女へ食らいついた。


「お前で最後だ」


 魔女は皮小手でその牙を受けると、チリ……とゼロ距離で二体目の“イフリート”を出現させ内部から焼き倒した。

 内蔵を焼かれ、瞬時に絶命した魔物は煙を上げながら横たわる。


「……ふぅ。ありがとう」


 魔女がそう言うと二体の“イフリート”はボゥッと消える。


『素晴らしい練度だ。リタ』

「! ナギ様!」


 戦いの様子を見ていた“八咫烏”は魔女――リタに声をかけるように舞い降りる。

 礼節を重んじるリタはその場に片膝をついた。


『流石は“イフリート”を継ぐ家系だ。その練度も世代を通しての賜物だな』

「ありがとうございます。そのお言葉……我が一族の誇りになります」

『お前の序列も近い内に繰り上げになるだろう』

「! 本当ですか!?」

『ああ。それだけの功績を積んでいるのだ。宮殿に届く程のモノをな。これからも精進せよ』

「はい!」


 飛行する“八咫烏”を見上げながら、序列10位のリタは近い内に一族の初の一桁台に到達する事に喜んだ。






 港街ブルーム。

 その街は『ミステリス』において海運拠点として機能していた。

 島からは少し離れた海の上に存在し、細い陸地が橋のように唯一繋がっている。


「おはようございます。ラシル様」

「おはよう。ジャン」


 ブルームを管理するラシルは13歳と言う異例の若さで重要な街を任される魔女であった。

 街の中でも最も大きな屋敷に住んでおり、多くの召使いを使役している。


「今日も良い天気ね」

「絶好の海運日和です。朝食の用意が出来ておられます」

「ありがと」


 ラシルは執事のジャンにお礼を言う。

 着替えも髪具しも全てメイドが行う。身嗜みが整うと食事に向かった。


「…………ジャン」

「なんでしょうかな?」

「私、ニンジンが嫌いなのだけど?」

「ラシル様。お父上の遺言では、健やかに育つ事をこのジャンめが申し使っております。故に好き嫌いを理由に健康を損なう事はもっての他――」

「ニンジン、避けたから捨てといて」

「お嬢様!?」

「別にニンジンくらい避けても死にはしないわよ」


 むぅぅぅ。と昔から嫌いなモノは心底避ける事に抵抗がないラシルにジャンは唸る。


「そんな事では立派な【国母】様になれませぬぞ?」

「ホントにさ。皆私に期待し過ぎなのよ。私はただの魔女でブルームを治めればそれで良いの。この街が私の家で、生きる皆が家族なんだから」

「……おぉご立派に成られましたな。このジャンめは感激したします」

「そう? じゃあニンジン、捨てといて」

「…………」


 ここは教育上、厳しく行くべきか……と己の中で葛藤するジャンは仕方なしに今回はニンジンを片付けさせた。


「本当に私は恵まれてるわ」


 その時、ワァァァァ!! と声が聞こえた。

 ラシルが窓の外を見ると、大型船が突風に煽られて大きく傾いている。


「スプリガン。助けてあげて」


 その時、窓の外に巨人が出現し倒れる大型船の側面を覆うように手で支えた。

 巨人の出現に皆が屋敷を見上げると、目が合ったラシルは微笑みつつ手を振る。


「私が居ないと危なっかしくて気が気じゃないもの」


 お礼を言うように頭を下げる民達を微笑ましく眺めるラシルはこの街が自分の生きる場所だと決めていた。


『ラシル』


 その時、場に声が響く。屋敷の屋上に停まった“八咫烏”が言葉だけを飛ばしていた。


「ナギ様」

『食事中だったか。昼前に訪ねたつもりだったのだがな』

「昨晩の就寝が遅かったものですから」

『その分、民と国の事を考えているのだろう? ならばそれは称賛される労力だ』

「ありがとうございます」

『“巨人スプリガン”の精度も極まっているな』

「私の視界よりも外よりは大きく出来ませんが」

『それで民を助けられるのならば問題はない。それと次期【国母】の件は打診してくれたか?』

「……もう少しお時間を頂けますか?」

『ああ、十分に熟考すると良い。お前のブルームに対する愛情は【国母】様も認識している。どの様な答えでも問題はない。それではな』


 バサッと翼の羽ばたく音に“八咫烏”が遠ざかる気配を感じつつ、序列4位【巨人】ラシルはスプリガンを引っ込めると食事を再開した。






「ふぅ」


 使い魔の“八咫烏”で一通りの魔女達を確認したナギは宮殿の自室で一息つく。


 本当に……皆良い子だ。200年前の凄惨な事件は既に記憶と共に流れて平穏な『ミステリス』が続いている。


“ナギ、解っただろ? オレ達はあまりにも平和に馴れ過ぎた”


「……それの何が悪い。ハンニバル」


 彼の事が記憶に残っている。過去を吹っ切れていないのだろう。

 そんな己の未熟をナギは実感していた。






 『ミステリス』は平和に時が過ぎていく。


「ガンズ提督、見えました。情報通り港街です。『ブルーム』かと」

「遊撃隊はどうなっておる?」

「既に島内へ侵入。ガイダル様が陣頭にて指揮を執っている様です」

「陸はガイダルに任せて良い。ワシらは海路を潰す。全艦砲撃用意」

「ハッ! 信号旗を上げい! 全艦! 砲撃用意!」


 しかし、その平穏は突如として破られる。

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