第26話:妖怪退治屋は誰

「妖怪退治屋は俺だった。山田は妖怪退治屋じゃない」


 いずなに話しながら、昔のことを思い出していた。俺のこと。俺が何者なのか分からないまま、とにかく思い出していた。


「そりゃそうでしょう。 高校生で妖怪退治屋 とか聞いたことないです」

「俺が妖怪退治屋になったのは小学生なんだが……」


 いや、いずなが言うのも分かる。分かるが、俺が妖怪退治屋になったのは、小学生の頃だ。それだけ異常ということかもしれない。


「そうですね 今言ったことが本当だとしたら、ものすごい経験をしたんですね 」


 俺は 過去のことを思い出していたが いつのまにか いずなに話していたようだった。


「それにしても、小学生で 妖怪退治屋なんてできるんですか?」

「要するに 荷物運びとか、 お祓いの準備とかそういうのを徹底的に叩き込まれたんだ」


 彼女はいつもみたいにツッコミや茶々を入れずに聞いてくれていた。


「妖怪退治にもいろんな 流派とか流れがあって、白装束でお祓いするような エリート 的な 妖怪退治屋もいる中、師匠の流派は雑草みたいな流派だった」

「……」


 俺は話を続けた。


「やってることは傍から見れば、めちゃくちゃな 力づくでお祓いする上にうまくいかなかったら、家ごと 焼き払うっていう荒っぽい手法だった。特に、当時の師匠のお祓いは めちゃくちゃだった。ネズミの妖怪がいたら、俺にネズミを殺させ イタチの妖怪がいれば、イタチを殺させた。簡単に言うと、『お前もこうなりたくなかったらここから出て行け』という脅迫のやり方でお祓いをしていたの」

「山田くんは、バッチリその師匠の教えを学んで、身につけちゃってるじゃないですか! うちもひとつ間違えたら、ホントに焼かれちゃってたと思ったら、軽く引いてます」


 いずなが絶好調の半眼ジト目で俺に言った。


「万が一、妖怪から反撃を食らうとしたら、動物を殺したのは俺だから 俺が攻撃される。その間に師匠は逃げるつもりだったらしい」


 イタチは妖怪の中でも質が悪くて、下手に殺したら手痛いしっぺ返しを食らうのだ。


「子供とか関係ないんですね めちゃくちゃですね 」

「俺は弟子というより 奴隷か道具みたいな扱いだった」


 いずなの哀れみの様な目から俺は目を逸らした。


「そして、俺は17歳になった。人間 泳げなくてもずっと練習してりゃ 泳げるようになるし、更に続けてりゃ 泳ぎも上手くなる。 同じように、妖怪退治もずっとやってりゃ段々うまくなるし、妖怪が見えるようになってくるんだ」

「そんなもんなんですか」


 俺は常々 師匠から言われていた。妖怪に情けをかけるんじゃない。妖怪を殺す時は全員殺して、逃げる時は早く逃げろ、と。


 人間か 妖怪か、どちらかを殺すんだったら人間を殺せと。


「なぜ、人間 なんですか?」

「人間と妖怪だったら、妖怪の方が強いから妖怪が人間を殺してる間に師匠は逃げるらしい」

「あくまで合理的と言うか…… 人でなしですね」


 そしてある時 俺が 妖怪退治のメインを任されたことがあった。師匠は仕事がしたくないっていう理由で俺に その日の全部の作業を任せた。


 その日は、ある 家の中に たくさんいた猫の妖怪を追い払う お祓い だった。 猫の妖怪が猫をどんどん 招いて 猫屋敷になっていたんだ。


 老婆が一人 住んでいる家だったが、猫の妖怪が次々 近所の猫を招くから、その家だけで猫は100匹 近くいた。


 地域の協力で野良猫を通して飼われていったりしたが、妖怪が招き入れてるんだから 次々 猫が集まってくる。飼われていくよりも新しく来る方が多いから猫はどんどん増えていったのだ。


 地域の有志がお金を集めて お祓いを頼んだもん だから、お祓い 代が安くて 師匠は全くやる気がなかったらしい。


 それで俺に任された感じだ。 猫はおびただしい数いたが、猫の妖怪は 10匹 程度だった。


 猫の妖怪といえば 化け猫みたいに誰でも思いつくから、こういう風に人間が認識している妖怪はかなり 力が強かった。 神様も 妖怪もある 意味 信者が多いと力が強くなる。 こいつら 化け猫じゃないから殺せないことはない。ただ 師匠からは妖怪はできるだけ 殺すなって言われてた。



 でも、俺はまだ若かった。全部殺してやろうって思ってた。長い間、 妖怪退治屋をしていたので、手順も覚えた。 妖怪の気配も感じることができるようになっていた。


 俺は師匠にいいところを見せたいと思って、猫の妖怪を全部殺すことにした。塩で清めたナイフを持ってきて、師匠が見ていない隙に猫の妖怪を次々 突き刺して殺していった。


 最後の一匹に向き合った時に気づいてしまった。その最後の一匹は子供の妖怪なんだ。つまり、子猫の妖怪。


 それでも、妖力が非常に強いらしく、その姿は俺にでもはっきり見えた。この猫の妖怪は怯えた目で俺を見ていた。たくさん仲間を皆殺しにする 俺 を怯えた目で見ていたのかもしれない。


 その瞬間、昔のことを急に思い出した。父さんと母さんとばあちゃんが目の前で殺された時のことを……。そしたら、俺は その猫の妖怪を殺せなかった。


 ただ 中途半端に殺すと、返り討ちにあうことも 師匠からよく 習っていた。 だから、俺は その猫の妖怪を捕まえると 牙を1本 へし折ってその牙を飲み込んだ。


 これで、妖怪としては 血肉を分けた仲間ということになる。


 無理やり仲間になったとは言え、仲間は仲間。ヤツは俺を攻撃することはできないのだ。妖怪は親兄弟 を殺したりはしない。


 だけど、敵は必ず殺す。それくらい執念深い生き物だ 。


 そういった意味で、この子猫の妖怪に対して俺は特別な存在になった。


 敵だけど殺せない、最も 憎らしい存在 。その妖怪は 俺に取り付いて常に俺の近くにいるようになった 。


 虎視眈々と殺すチャンスを 探している。


 その一方で、他のやつに殺されるのをすごく嫌っている。 絶対自分の手で殺そうとしているだから 。


 外敵が来た時は、その外敵から守ってくれるという 皮肉な状態になった。 ある意味 協力関係にあると言っても過言ではない。


 俺はいつしか、その妖怪に『キバ』と名前をつけた。それが、俺とキバの出会いで、ヤツとの関係だった。

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