第25話  ウルブを食す

 ブラジルの空にはカラス並に黒くてそれは大きな鳥が何羽も、何羽も飛んでいる。真っ黒な羽を持つそいつは、大きさ的にはカラスの3倍から5倍か?首が細長いんだけど、その長い首の部分が七色に覆われているようにも見える奇妙な見かけで、顔も全然可愛くない。


 その黒い奴の名前はウルブ。ブラジルのハゲタカってことになるんだけど、ネズミとか蛇とかを食べてくれるっていうことで、見かけは全然可愛くないんだけど、居てくれてありがとうくらいにみんなは思っているみたい。


 見回りにまわっている時に、ジョアンからお前の銃の腕はどうなんだ?みたいな話になって・・


 パーンッ!


 ウルブを一羽、撃ち落としたんだけど、ジョアンから『なんで?』みたいな顔をされたわけ。せっかく撃ち落としたんだからって、ウルブを掴んで戻ったら、

「ノッ!」

 とか言われちゃったよ。


 この『ノッ!』には、嫌だ、やめて、嘘でしょう?みたいな意味が含まれているのに違いない。大きくて真っ黒な可愛くないウルブ(ハゲタカ)はとにかくデカいんだけど・・


「ぽーじこめー?(食べられる?)」

「ナオンポージコメー(食べられない)」

 ジョアンが顔を顰めながらそう言って首を横に振ったんだけど、え?本当は食べられるんじゃないのって感じで僕が見ると、

「ウムウウ・・ポージテンター(試したらいいんじゃない)」

 みたいな感じで言われたわけ。



 土曜日は基本的に半日しか働かない関係で朝ご飯しか出ないので、僕はウルブを実食してみることにしたってわけだ。


 サントス港に到着した僕たちが色々な農場に振り分けられることになり、僕はオンサの被害が出ているというシャカラベンダ農場に個人契約という形で来ることになったわけだけれど、他の人は家族契約で農場労働者として雇われることになったんだよね。


 日曜日に到着した僕らは、その日のうちに外作地で獣に喰われた遺体に出会して、翌日には頭をかち割られた死体を発見した。


 その日の夜には金の延棒を狙って、農場にまだ来たばかりという状態の日本人の若者たちが襲撃に入り、その日の夜には動物用の檻の中に入れられて、一晩を過ごすことになったんだよね。


 そこから彼らは四日間、カマラーダとして働くことになったんだけど、金曜日の夜から親族の元に戻って働くことになったわけなんだ。


 その日の僕は、昼食はパンと珈琲で済ませることにした。そして夕食には、黒くてデカくて可愛くない奴を調理してやろうと考えて、まずは羽をむしり始めることにしたってわけ。


 僕の与えられた掘立小屋は居住区から少し離れた丘の上にあって、元々は倉庫として使われていたものらしい。人嫌いのご夫婦が使っていたと言われる(そのご夫婦はオンサに喰われて死んだという非常に縁起が悪いのだが)森にも近いし、人が来たがるような場所ではない。


 その日は切り株の上に座り込んで、タバコを吸いながらウルブ(ハゲタカ)を丸裸にしていたわけだけれど・・


「「「松蔵さん!松蔵さ〜ん!」」」

 

 居住区から続く、獣道みたいに細い道を駆け上がってきたのが、昨日までカマラーダとして一緒に働いていた日本人の若者四人で、


「松蔵さんの言うとおりでした!」

「給料なんて貰えそうにない!」

「飼い殺しにするつもりだ!」

「なんでこんな所に来てしまったんだー!」


 と、僕の前で絶叫するように言い出した。


 彼らは親族に唆されてブラジルまでやって来たんだけど、

「帰るなり殴られた」

「お前に与える飯はないと言われた」

「寝るところも満足に与えられない」

「金を見つけたなら今すぐ出せと言われて暴力を振るわれた」

 と、涙ながらに言い出したってわけ。


「ああ〜・・・」


 目の前に広がる光景は、僕にとって何度も見たものなんだよね。僕は軍人である叔父さんについて結構早くから戦地入りしていた関係もあって、後からやって来る日本人兵士を迎え入れることになったわけだけど、大概が、

「なんでこんな所に来てしまったんだー!」

 なんてことを言っていたわけだよ。


 そもそも、僕らがわざわざ朝鮮やら満州まで行ってまで戦った戦争についてだけど、我ら日本人に関わりありますかっていう疑問を感じずにはいられなかったわけ。上官の言うことは絶対だし、文句の一つも言えるわけがないんだけど、なんで?どうして?とは思うよね。


日本が直接、戦争をふっかけられたわけじゃないのに、朝鮮半島の人々をロシア人の手から守るため?知らんがなって感じだよ。


「家に帰りたい」

「叔父さんに騙された」

「故郷に戻りたい」

「母さん・・」


 ポロポロと涙をこぼす姿を見るのもいつものこと。前は朝鮮とか満州でのことだったけど、それがブラジルに変わっただけのことだよね。あの時も、問答無用で船で運ばれて、帰りの船もいつ出るんだか分からないような状態だった。


 考えてみるに、僕は同じようなことを繰り返しているんだな。


「とりあえず、飯でも食べて行くかい?」

 僕が羽を毟り取られたウルブ(ハゲタカ)を掲げながら問いかけると、四人は泣きながら何度も頷き出す。


 僕がウルブは食べられるのかどうかをジョアンに尋ねた時に、

「ナオンポージコメー」

 食べられないよと言ってブルブルと首を横に振っているジョアンを見て、ウルブって日本で言うところのカラス的な扱いなのかなと思ったわけ。


 カラスも真っ黒で何でも食べる雑食だけど、色々と食べる奴なだけに、病気とか大丈夫なの?って心配される鳥なんだよね。だけど、戦地で一緒になった人が、

「俺は食べる物に困った時には、最終的にカラスを捕まえて食べることまでしたが、カラスは焼いたら駄目だが、煮込んだら案外いける」

 ということを言っていた。


 それで、ブラジルのハゲタカであるウルブだけど、こいつは羽が真っ黒だし、何でも食べるし、絶対にカラスと同じ感じなんじゃないのかなと思ったわけ。


「松蔵さん、その鳥って何の鳥なんですか?」

「うん?これはウルブーだよ。空をビュンビュン飛んでいる真っ黒で大きな鳥がいるだろう?あれだよ、あれ」

「え!あの黒くて大きな鳥ですか!」


 日本で言うところの鷹とか鳶みたいに、びゅわーん、びゅわーんと大空を飛んでいるのがウルブなんだよね。


 僕も含めると五人も粗末な小屋の前に集まっちゃったものだから、外に焚き火を作って、試しにウルブの胸肉は串に刺して炙り焼きにすることにした。その他の肉の部分は貰ったマンジョッカ芋と一緒に煮込み料理にしたんだけどね。


「「うわー!」」

「「美味しそうだ!」」


 ジュージュー焼けるウルブの胸肉に塩をふりかけて、それぞれがかぶりついたわけだけれど・・


「ぐえぇええ」

「まず〜」

「グワァ」

「おえええっ」


 四人はたまらず吐き出した。僕もちょっぴりだけ味見をしたけど、焼いたウルブの肉は腐った魚のような味がした。つまりは食べられたものじゃないってことになるね。




     ****************************



 ブラジルにも『公文』の教室があるんですけど、ここではポルトガル語を勉強することも出来るので、一時期通っていたことがあるんです。はじめに覚えた文章が『ウルブ カイウ ノ ブラッコ(ウルブが穴に落ちた)』いつ使うねん。と言う内容のものだったけれど、田舎に引っ越したらこのウルブ、飛んでる、飛んでる、本当にアバターの映画に出てくるアイツらくらいに飛んでいる。たまに道端に居るんですけど、本当の本当に可愛くない。というか、怖い!!というウルブは、カラスと同じ扱いで病気が心配だから食べちゃダメと言われているのですが、食べた人曰く『腐った魚の匂いがする』のだそうです。カラスも焼くと悪臭が酷くて食べられたものじゃないと言うので、カラスと似ているのでは・・と思っております。


 最初はブラジル移民の説明の回がしばらく続きますが、此処からドロドロ、ギタギタが始まっていきます!当時、日系移民の方々はこーんなに大変だったの?というエピソードも入れていきますので、最後までお付き合い頂ければ幸いです!

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