第11話  殺されたのは

 一攫千金を目指してわざわざ地球の裏側までやって来ることになった私たちですけれども、まさか奴隷の代わりの労働力として求められているとは思いもしません。すぐに大金を稼げる!故郷に錦を飾ることが出来る!なんて大嘘に騙されてブラジルまでやって来た私たちは、農作物の収穫でそんな大金を稼ぐことなんか出来ないんだってことにすぐに気がつく事になりました。


 だけど、いやいや、そんなことはない。そんなことはないんだと、思わずには居られない。絶対に大金を手に入れて!日本に大手を振って帰ってやる!ってみんながみんな、思っているわけなんですよ。


 そこに突然現れた小さな金の延棒、ブラジルでは百年以上前から金の採掘を始めているので、もしかしたら大分昔に作られた金なんじゃないの?と思うような代物が現れまして、もしかして、結構昔にギャング団が強奪して隠して埋めたと言われる『埋蔵金』を発見しちゃったんじゃないのと考えない奴はいないわけです。


 その『埋蔵金』俺が見つけてやる、いや儂が、いやいや私が、いや僕が。みんな『金』が絡むと目の色が変わるのはいつもの事なんですけど、自分だけが得したいと、考える人ばかりで、結果、歓迎の宴は変な雰囲気のまま、みんなが酔い潰れて幕を閉じることとなったわけです。


 とりあえずは危ないってことで、第一発見者の私と、何故だか松蔵さんまでが徳三おじさんの家に泊まる事になったんですけど、

「珠子ちゃん、水って何処に汲みに行けば良いのかなぁ?」

 桶を抱えた松蔵さんが呑気な声で問いかけてきます。


 何しろ電気も通っていないような田舎の農場での生活は、日が昇る前に水を汲みに行き、日が昇ると同時に珈琲畑へと出かけて行って、日が暮れると共に家へと帰り、ご飯を食べて、洗濯をして、そして寝る。これが日課となるわけです。


 キリスト教の習慣という奴で、日曜日はお休みと何処でも決まっているんですが、土曜日は半日仕事で、午後から自由という農場が多いです。昨日は源蔵さんの遺体を発見したり、新労働者を受け入れたりと色々と忙しかったのですが、今日は月曜日、きちんと働きに出なくては支配人に怒られる事になります。


「近くに井戸があるから案内するよ」


 私たち農場労働者は近くの川で洗濯なんかは行うんですけど、家庭で使う水は井戸の水を使うようにしています。


 朝霧が立ちこめている居住区には同じような家が長屋形式で並んでいるんですが、同じような家に見えても壁に漆喰を塗っている家もあれば、煉瓦が剥き出しのままにしている家もあるため、意外に一軒、一軒、趣が違ったりするんですよね。


 昔は放し飼いの豚が横行していた居住区の汚い道も、今では人の糞便も豚の糞便も落ちていやしません。たまに嘔吐した跡が残っているのは・・昨夜、安いカシャッサ(サトウキビの焼酎)が振舞われた結果なので仕方がないと言えるでしょう。


「珠ちゃん、今日は珠ちゃんは農場の方で働くんだよね?」

「そうだけど、松蔵さんは今日からカマラーダか」

「とりあえず、今日は挨拶だけで終わりそうって山倉さんは言っていたけどね」


 そうか、私たちなんか問答無用で働けっていう感じだったけど、カマラーダはまずは挨拶なのか。私たちの時と全然違うんだな。


「ん・・何か臭うなぁ・・」

「珠ちゃん、こっちに来てくれる?」


 松蔵さんに腕を引っ張られた私は、松蔵さんの視線の先にあるものを見て、思わずしがみついてしまいました。


朝の新鮮な空気の中、広がる血なまぐさいような匂い。野良犬が死んで腐った匂いというよりは、何やらまだ新しいような鉄を含んだ生臭い血の匂いがたちこめる中で、黄色い花弁がゆらゆらと宙を舞い地面へと落ちていきます。


「ま・・ま・・松蔵さん?だ・・だ・・誰かそこで寝ているの?」

「いや・・そういうことじゃないように見えるね」


 爽やかな香りを放つ小さな無数の黄色い花は、風にゆらゆらと揺れていました。

 その花の香りに混じって鮮血の匂いがまるで渦を巻くように周囲へと広がっている。


 でっぷりと太った作太郎は団子鼻が顔の中央に鎮座している、どんぐりのように小さくて丸々とした目をした中年の男性です。


 若い女の人が誰かれ構わず大好きで、近くに来たら体の何処かを触らないと気が済まないという、この農場の鼻つまみ者となっているような人です。


 作太郎が親族が働いているこの農場に連れて来られたのは、前の農場で義理の妹に手を出して妊娠をさせたから。その妹さんが作太郎の顔を見ると発狂したようになるため、シャカラベンダ農場に移動になったという経緯がある男です。


 その作太郎の頭が団子鼻の上までかち割られ、割られた裂け目から溢れ出る脳髄がそこらじゅうに飛散していました。


 左右に別れた顔の上面からは圧力に耐えかねたといった様子で小さな目玉が外へと飛び出して、頬の下へとぶらぶらとぶら下がって風に揺られています。


 ぐったりとなって手足を投げ出すようにして座る作太郎をイペの細い幹が支え、そのイペの木の根元に溜まった真っ赤な血溜まりの中に浸かりこむようにして、薪割り場で使われる斧が放置されていました。


「た・・珠子ちゃん!珠子ちゃん大丈夫かい!」

 私の肩を抱きとめた松蔵さんが心配そうな声をあげます。松蔵さんの顔を見上げると、私はそのまま気を失ってしまったのでした。





      *************************



このお話は毎日18時に更新しています。

最初はブラジル移民の説明の回がしばらく続きますが、此処からドロドロ、ギタギタが始まっていきます!当時、日系移民の方々はこーんなに大変だったの?というエピソードも入れていきますので、最後までお付き合い頂ければ幸いです!

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