第23話 人類の夢

 朝倉宗滴の勧誘に成功したキサラは、その後、暫く宗滴と鷹狩りに興じた。

 宗滴を呼び寄せる際に魔法で支配して操っていた鷹は、謝罪して返却した。

 どうやって、鷹を操ったのかに興味を持った宗滴は、キサラに聞いたが、魔法だ、としか教えてもらっていない。

 ならば、魔法とは? と問えば。不思議な術だ。としか教えてくれない。

 理由があるのかと深く追求することを宗滴は諦めたが、ならばと、その鷹を使って獲物を獲ってはくれぬかと頼み、それは快諾されて和気藹々とした鷹狩りとなった。

 常に顔色を窺うばかりの朝倉の家臣と違い、時に傲岸にも不敬にも取れる言葉づかいで宗滴と話すキサラは、むしろ心地よかった。

 獲物も雉や兎等が合わせて10羽程。

 更にキサラが良い物を見せてやろうと興が乗ったか、鹿を鷹で仕留めてしまったのには流石に宗滴も驚いた。

 鋭い爪と嘴で器用に鹿の頸動脈を切り抉り葬って見せたのである。

 そして一行は宗滴が治める金ヶ崎城に案内された。

 因みに獲物は皆、キサラのタンクトップに消えている。

 どうなってるのか物凄く気になった宗滴だったが、これも魔法だろうと納得させて何も聞かないでいた。

 その獲物も城に着くなり厨の外に出されたが、狩り立て直後の様にまだ温かく血が滴っていたので料理人達が急いで処置する羽目になった。

 獲物も多く取れたので宗滴は宴を開こうと申し出たのだが、それをキサラは断った。

 宴になれば、主賓はキサラ達である。

 それを嫌ったのだ。

 彼女達は、曲りなりにも宗滴を引き抜いたのだ。

 彼の家臣が面白いはずがない。

 楽しいことは進んでやるキサラは、その反対の行為をとことん嫌う性分である。

 という理由から宗滴の私室でディネと共に細やかに宗滴自らの歓待を受けている。


「うん? この味噌汁は朽木谷の物と味わいが違うな。奥深さを感じられるが」


 饗された味噌汁に真っ先に手が出るキサラを微笑ましく見守るディネ。

 彼女は客分ではあるが、その役目柄と言い張って厨にお邪魔していた。


「主様、その味噌汁には、昆布で出汁がとってあるのでございます」


「昆布。菊幢丸が話してた奴か! なるほど、確かに美味い! 味噌汁の味をさらに引き立て香りも複雑だ」


「敦賀を治めておるからな、昆布など北の産物も手に入りやすいのじゃ」


 手放しで喜ぶキサラに孫を見るように目を細める宗滴。

 

「それで、これが主菜の雉の塩焼きか」


 そう言えば、朽木谷では肉は食べていなかったなと思い出すキサラ。

 久しぶりの肉だが、味の予想は既にある程度ついていた。


「ふむ。思った通りの味だな。塩だけでも美味いが、香辛料も欲しいところだ」


「鳥の肉に合う香辛料となると、唐辛子かの?」


「唐辛子? どんな物だ?」


「赤くて辛い奴じゃな」


「色々ありすぎて実物がないと分からないな」


「ほう、香辛料とはそんなに種類があるものなのか」


「そうだな、アタシは世界中を旅していたから様々な香辛料や調味料を知っているぞ。だが、この国の味噌には驚かされたなぁ」


 何とも幸せそうな表情を浮かべるキサラに、宗滴が柔らかく笑んだ。


「味噌がお気に入りのようですな。では、この豆腐を召し上がってみなされ」


 と、自身の膳にある白い四角い食物を勧める。


「うん? これか、どれどれ……おお、柔らかく脆いのだな」


 何の抵抗もなく箸を受け入れる豆腐とやらに少し驚きながら箸で一欠けを持ち上げると自重では崩れない絶妙さで安定する。

 それを気を付けながら花もかくやという口へと運び噛みしめると、つるっとした感触と同時に広がる深い味わいに目を見開く。


「これは……珍しい食感に味わい。だが、覚えがあるこれは……大豆か?」


「ほう、随分と肥えた舌をお持ちの様じゃ。その通り、作り方は存ぜぬが豆腐は大豆から作られておるという。馴染みの寺から頂いた物よ」


 これは素晴らしいともう一口と箸を伸ばすキサラに待ったをかける宗滴が膳の隅に置かれ小瓶を示して言う。


「次はその瓶に入ってる調味料を少々かけて召し上がってみなされよ」


 言われるがまま、指示通りにすると小瓶から黒い液体が垂れて、白い豆腐にアクセントを与える。

 それを口に……


「おお……豆腐の美味さが一段と上がったぞ! これは、味噌に近しい味がする気がするが……まさか。これも大豆を使った調味料か!?」


「そうじゃ。醤油という。味噌の上にたまった上澄み液を更に改良したものになるらしいの。機内の極一部で作られてる調味料じゃ」


「何という……大豆、なんて素晴らしい食品だ。これは豆その物を食べないわけにはいかないな」


「む。まだ大豆を食した事はないのかの? 朽木にもあると思うが……」


「まだこちらに来て日がそれほど経っていないのでな、機会に恵まれていない」


「そうか。では、儂から醤油と共に少し土産に差し上げようぞ。道中に塩水で茹でて食しても立派な飯のおかずになろう」


 宗滴のその提案にキサラが喜んだのは語るまでもないことだろう。

 こうして、互いに親睦を深めることが出来た宗滴の持て成しはっ成功裏に終わったのであった。


「いや、満足した。宗滴翁。本当は朽木に来てからやろうと思ていたが、ここまで遇されては、こちらも誠意をみせないとな」


 と膳が下げられた後、キサラは居住まいを正して宗滴と対峙した。

 そして、お決まりとなった、タンクトップから一本のガラス瓶を取り出すと宗滴の手に渡す。

 瓶のガラスに最初驚きの色を見せた宗滴であったが中身が見たこともない鮮やかな緑色の液体が泡を立てているのに二度驚かされる。菊幢丸なら、メロンソーダとでも言うだろうか。


「これは……」


「約束の物だ。一思いに飲み干すといい」


「すると、これが不老長寿の妙薬でござるか!」


 三度の驚き、ここに。

 宗滴は幕臣になると決めたが、まだ口約束に過ぎない。

 だというのに、先に報酬を渡すとは……

 宗滴が約束を反故にするとは思わないのかと考えはしたが、キサラが人を見間違えはしないかと宗滴は納得した。

 この娘は宗滴がどんな人物であるのか十分理解しているのだと。


「であれば、有難く頂戴いたそう」


 瓶の蓋をしているコルク状の栓を抜きシュワシュワと音のする奇妙な液体を見て、人によっては躊躇しそうなそれを宗滴は疑うことなく、口に含み言われた通りに飲み干す。

 すると、どうであろうか。

 老いて以来、多少なりとも感じていた身体の重さがすっと抜けていく感じが宗滴を覆った。


「おお、おおお……何か若返っていく心地がするぞ」


「見た目は変わらいがな。肉体的にはその通り若返っているのさ。そうだな、大体20代ぐらいの肉体的能力ぐらいか」


 宗滴はキサラの言に不老長寿だけでなく、外見こそ影響がないが若返りの効能まであるとはと目を見開くのであった。

 

「さてとだ。これで、アタシが詐欺師でも頭がイカレタ変人でもないと分かってもらえたとは思うが、もう少し、念を押しておこうか」


「どういうことじゃな?」


「そのわき差しで少し指の先を切ってみろ」


 不思議そうな顔をする宗滴に自傷を勧めるキサラ。菊幢丸だったら信用はしているが、現代人の記憶から一歩引いてしまいそうな話だが、ここは戦国時代。その程度に怯える武将はいなかった。

 言われるがまま、脇差の鯉口を切って親指をそのまま滑らす宗滴は、滴る血液を感じながらも、その傷口がみるみる内にスーッと塞がっていくのを確かに目撃した。


「これは……!」


「少し程度の怪我なら、見ての通りだ。どうだ? これなら病気も逃げ出すとは思わないか?」


「むぅ……確かに。戦場では些細な傷からも命を落とすこともある。儂は傷から邪な気が入り込んでいるのではないかと考えておったが、これならそれにも掛かるまいな」


 宗滴が言うのは破傷風だ。確かに、この薬を飲んだ宗滴には破傷風くらいにはかからないだろう。


「真に忝い。必ずや、殿と家中の者を説得して幕府の下に参る事、改めて誓いもうそう」


_____________________________________


「と、言う経緯で朝倉宗滴を勧誘してきたぞ」


 キサラは朽木谷城に戻ると菊幢丸に報告に行った。

 菊幢丸は明らかに驚いていた。

 何に驚いたか、それはもう色々だろう。

 あの朝倉家一筋の宗滴を引き抜いた事実もそうだが。


「とにかく良かったよ」


「ああ、本当にな。まさか、昆布出汁の味噌汁や大豆を使った未知の料理や調味料に出会えるとは」


「いや、そこはどうでもいいかな」


「な、何を言うか! その様な暴言を吐くのはこの口か!」


「いひゃい、いひゃい! しょうしゃなきゅって……」


 口の両脇に指を掛けられて引っ張られる菊幢丸が抵抗する。

 何気に女性に口に指を入れられる経験は初めてなのだが、そんな考えを抱けるほどの余裕がないくらいに痛い。


「宗滴さんが長生きできそうだって事だって。あの人が長く幕府を支えてくれる意味は大きいと思うよ」


 口を解放された菊幢丸がそういう。

 キサラはなんだそっちの事かと、平常運転。彼女には人の寿命を延ばすより豆腐に出会えたことの方が大ごとだったらしい。


「て、言うか、不老長寿の妙薬なんて本当にあるんだね」


 菊幢丸の驚きの最たる物はこっちだ。


「ああ、あれは少し、方便が混じっているんだ」


 少し苦い顔をするキサラ。嘘は嫌いだって言ってたから人を騙すのは辛いことなのだろう。

 しかし、聞いた限り、何処が嘘なのか分からない。


「宗滴翁に与えたのは、単なる病気の治療薬なのだ。ただ、その結果が不老長寿をもたらしただけでなぁ」


「病気を治すので不老長寿になれる訳が分からないんだけど?」


 頭の上で?が踊りまくる菊幢丸にキサラはそうだな、と一拍おいて頷く。


「今後も使うこともあるだろうから、話しておこうか」


「是非」


「元来、人間とは不完全な生物だ。それは何故か、肉体が持つ波長と魂魄が持つ波長が常に一定していなくてちぐはぐしているからでな」


「ふむふむ、波長がうまく合わないって事か」


「そうだな。基本的に肉体の情報は魂魄から提供されるものだ。魂魄の設計図に従って肉体は構成、つまり成長をしていくわけだが」


「そうなんだ」


 キサラの説明に合の手を入れるぐらいにしか菊幢丸に出来ることはない。

 それぐらいに魔法的で少年の手に負える内容ではなかった。


「肉体と魂魄には別々に波長がそんざいしていてな、これが不一致を起こすと異常を起こす。その最たる例が寿命や老化だ。また、外部からの影響も受けやすくなって病気なども招くことになる」


「なんか見えてきた気がする」


「アタシが見たところ、この世界の人類の平均寿命は300年前後だろう」


「途端に理解が旅立った」


「思った事はないか? こいつは年齢の割に若いとか老けているとか?」


「あるね。特に前世では、嘘だと思えるほどの事も」


「若く見えるのは両方の波長が一致してる正しい状態だな。逆に老けているのは波長が乖離していると見ていい」


「え? じゃあ、どちらでもない平均な人は?」


「その時代の平均なだけで異常な状態だろう。前にアンタは400年後で寿命は80~100年、この時代だと50年で平均くらいだとな。だが、魂魄が定めた人類の寿命は300年だ。もう、わかるな?」


 キサラの目には菊幢丸への期待が込められている。

 これで分かってくれないと生徒としては恥ずかしいところか。


「つまり、この時代も、400年後の世界もまだまだ波長のズレは大きいと、人類は寿命を全うするには未熟であるって事かな」


「うむ。まあ、及第点だ。今の時代と400年後の違いで寿命が延びた理由はなんだ?」


「えーと、医学の進歩、衛生管理とかの徹底?」


「それは確かに寿命を結果として伸ばしているが、外的死因を排除しているだけで、魂魄面へのアプローチ、魂魄と肉体間の波長問題とはあまり関係してないな」


「そうか……魔法的見地からして科学的見地は大して意味がないのか」


「この時代でも未来でも人類に共通する物がある。それが食事事情だ。波長の同期を促すにはこれが自然界において一番重要だな。要らない物を摂取すれば波長はズレ、必要な物を摂取すれば同調する。また必要な物でも過剰に摂取すると波長が乱れもする」


 説明されれば、納得いくものだ。

 戦国時代は一日2食に、食材も豊富じゃないし、そのうえで肉食を避けたりと実によろしくない。

 翻って現代、日に3食は当たり前に間食に、好き嫌いの多さ、偏った食事等、色々と考えさせられることがある。


「まあ、それでも完全に波長を一致させるのは先ず無理で、それを補うというか治療する薬が開発されてきたのが霊波調整薬だ。作り手によってピンキリだが、アタシのは最上級を超えた伝説級の物、魂魄の設計図を完璧に模倣する肉体の維持が可能な神秘の霊薬になる」


 これが不老長寿の妙薬の正体だと溜息をつく。

 実際に寿命を延ばすのなら、魂魄の設計図を書き換えないといけない。これは、魔法薬と魔法を併用する上に極度に難しい。とてもこの世界で使えるものではないとのことだった。

 だからキサラに元気がないのだ。

 しかし、菊幢丸は思う。


「キサラさぁ、確かに理屈はそうかもしれない。だけど、宗滴さんの死期を伸ばしたのは事実だし、大事なのは、正論より、宗滴さんに希望を与えた事なんじゃないかな? 短命の筈の寿命が延びた。老いの辛さから解放された、それが人類の夢なんだから」


 菊幢丸の考えは理屈詰めの完璧主義者たるキサラには本来受け入れられない話であったが、この時の彼の言葉は彼女の心の奥底に淀んでいた何かを少し清らかにしたのであった。

 




 

  

 

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