第14話 結婚問題?

「父上、お願いしたき儀がございます」


「最近、願い事が多いのぉ……それで、此度はなんじゃ?」


 菊幢丸はまた父、義晴を訪ねていた。

 確かに増えたな、と菊幢丸。これまで特に何かを欲しがることをしてこなかっただけに顕著に見える。


「蔵を一つもらい受けたいのです」


「蔵とな? 何に使うつもりか?」


「これをご覧ください」


 と。懐から懐紙に包んだ銭を10枚取り出して見せた。


「ふむ。永楽銭か……かなりの良銭じゃな」


 何枚かを手に取りマジマジと観察する義晴を菊幢丸は驚かせる。


「その銭はキサラが作りました。彼の魔法使い殿は、作業場と人員を与えてくれるのであれば、月に1000貫文の銭を献上できると申しております」


 思わず、ギョッとして手にしていた銭を取り落とす義晴。


「月、1000貫だと!?」


 余は彼の者に日銭50文しか与えてないぞと言う言葉は何とか飲み込んだ。

代わりに別の言葉を舌にのせる。


「キサラ殿は何が目的でお前に近づいたのだ?」


 鎌首をもたげたのは猜疑心だった。

 要求らしい要求は飯の事くらいである。

 それもこちらで用意出来たのは味噌汁くらいで、コシヒカリのご飯はキサラが持ち込んだ物。むしろ、義晴達が虜になってるほどだ。


「それは僕と言うよりは、幕府を当てにしているのではないでしょうか?」


「何? 幕府だと」


「恐れながら、我らが幕府は落ち目と言えども未だ大きな権威を持っています。もしも、キサラが他所の大名に保護されたとして、その噂が広まった場合、如何なるでしょう?」


「ふむ……儂なら何としてでも手元に置きたくなるであろうな」


「そうです。場合によっては戦にもなりましょう。また、幕府や朝廷が差し出せと申し付ければこれも大問題となるでしょうが、その幕府である我らが保護している以上は、他の大名は口をだせません。朝廷ですら、一歩引くでしょう」


 滔々と述べる菊幢丸に若干険しかった義晴の顔つきも解れてきた。


「つまり、あの者には大きな後ろ盾が必要であったわけか」


 それならば十分に納得出来る。

 幕府に貢献するのも、引いては自分の為になるのであるのだから。

 それが理解できた義晴は口の端を吊り上げると菊幢丸に近くに寄れと扇子で招いた。


「よいか、どのような手を用いてもキサラ殿を手放すでないぞ。正室は無理じゃが、側室くらいになら押し込んでやる。万事うまくやるがよいぞ」


「そ、側室って!? 僕とキサラはその様な関係では!」


 突然の事に演技も忘れてしまう菊幢丸だが、義晴は何も気にせずに。


「そうなるようにしてでも手元に置いておけと言う事じゃ、父も力になろうぞ」


「あ、う~……分かりました。何としても手元に留めましょう」


 そうは言った菊幢丸。

 蔵や使用人の件を纏めてさっさと義晴の元を辞去していく。

 頭の中は先の言葉が渦巻いている。

 側室。

 つまり婚姻。

 キサラをそんな目で見たことはないが、あの容姿で、話してみれば性格も悪くない。好みで言えばシャロンの方が良いと言えば良いのだが、キサラが悪いわけでは決してない。

 むしろシャロンを嫁にするにはキサラを倒さないといけなく、それは菊幢丸があと3回変身を残していても勝ち目はない。

 だが、将を射んとすれば馬からとも言うではないか。

 キサラを落とせば、シャロンとの姉妹丼も……


「って、何考えてるんだ、僕は!」


 キサラはパートナーではないか。

 菊幢丸が生き抜くにはキサラが必要で、キサラが生きていくためには菊幢丸が必要なのではないか。

 と、そこで気づいた菊幢丸だった。


「なんだよ、何もしないでもキサラは僕のところから離れないじゃないか」


 焦って損したと深い息を吐く菊幢丸であった。

 だが、前世は高校までしか生きておらず、今世を生きた分と合わせて結婚適齢期である少年の心にその言葉は確かに小さなしこりを残したのであった。


_____________________________________


「いいか、アンタら、作業は簡単だが、気は抜くな! これは幕府立て直しへの一歩目だぞ!」


 キサラが用意された作業場で声を張る。

 火を扱う以上は厨のような場所が良いだろうと急遽建て増しされた場所だ。

 水も必要だから井戸にも近い。

 キサラ個人としては、自身が使った竈や水になる石を渡すのも吝かではないが、大量に使う上猫糞されてしまう可能性を指摘されてやめることにした。


「キサラ殿! 出来上がりましたぞ! これで問題ござらぬか!?」


 何か所かで水蒸気が上がり、永楽銭が出来たようである。呼ばれて近寄ってみれば鍋に相当な量の永楽銭とそこそこのクズ(土くれ)が出来ていた。


「うむ。全く問題ない。一度火を消し冷めたら取り出せ。出来た枚数を台帳に記して銭箱に詰めておけ」


 一通りチェックを済ましたキサラは満足し、一人の武士の所へ歩みよった。


「ではな、三渕、ここの監督は任せても良いな?」


 声を掛けられたのは、三淵晴員。あの万吉の父親である。

 義晴の御部屋衆で信任が篤い。

 銭の製作など下人等にはやらせられないと武士を集めて行う事になったので責任者に選ばれたのである。


「ははっ! お任せくだされ。しかし、不思議な気持ちでございます。何の力も持たぬ某がこうして銭を増やす事ができる等とは」


 そうなのだ。この錬金術は魔力を使っていない。

 いや、正確には使っているのだが、人は使ってない。

 鍋が使っているのである。

 この鍋にはあらゆる錬金術の魔法式が組み込まれており、鍋自身が魔元素を取り込み魔力に変えて錬金術を可能にしている逸品である。

 元々、正しい錬金術には魔法式によく似た錬金式こそ使うが魔力は必要としないのでどちらがいいのかは、判断が分かれるが、錬金術には複雑な薬品の調合や厳選された材料の用意が必要であるため、キサラの錬金術はその点において圧倒的に優れ、また何でも錬金できるのでアランフォードの錬金術協会からは、あれは「魔法」であって「錬金術」ではないと言われてしまっている。

 それに対してキサラは、あまり興味がないようだが、一応、錬金術に必要な錬金釜も特殊な魔法鉱石の合金で出来ていて自然に魔力を発生させていると言っているが、

それは人が意識して魔力を発生させるような機構を組み込んでいないので問題ではないと突っぱねているというのが現状である。

 言っておくが、キサラは特殊な錬金もできるだけで普通の錬金術も使える。でないと全錬金式を内包した魔法式なんて作れやしないのだ。

 ただ、協会とは仲が悪く、協会は自分たちの錬金釜を正道としてキサラの釜を邪道として釜として認めず、鍋と呼んでいる。

 なお、この錬金鍋、とある国で多くの失業者が出た際に雇用問題を解決することに大きく貢献している。職歴、学歴不問で無双した。今ではその国の通貨に鍋が刻印されている。


「魔法が使えない連中はみんな、言うことが一緒だな」


 当時を思い出して少し感慨にふけるキサラ。

 そこへ万吉が駆け寄ってきた。


「キサラ殿! 菊幢丸様がお呼びです!」


「おお、万吉。勤めご苦労だな」


「これは父上、父上もお疲れ様です」


 いい笑顔で返事をする万吉に優し気に微笑む父親という構図になった。


「稽古は励んでいるか?」


「はい! キサラ殿が教練に参加成されるようになって、日ごとに力がついていくのが分かります!」


「そうか、そうか。儂も久方ぶりにやりがいのある任務を任されてな。これもキサラ殿のおかげじゃ」


 万吉のキサラへの風当たりが柔らかいのには訳がある。

 先の木曽馬騒動の折、菊幢丸が貰った馬(雄)、キサラが召喚した馬(雄)、菊幢丸が召喚した馬100(雄50,雌50)。

 それぞれ目合わせて発情期等も魔法でどうにでもして皆を受精にまで持ち込ませたのだが、2頭は余った。思えば牡馬の方は少なくても良かったのではないかと後で気づいたが、まあ、其処らへんはキサラのご愛敬といったところだ。

 それで、余った馬のうち、キサラが召喚した馬を偶々、菊幢丸に用があってやってきた万吉に上げたのである。

 武士の子として、これほど立派な馬が貰えて嬉しくないはずがなかった。

 万吉の心の天秤は好感度に大きく傾いたのだ。

 それに加えて、キサラは剣術の訓練にも手を出した。

 菊幢丸だけ強くしても強い軍隊は作れないだけだからなのだが、キサラは近習連中に重力1.2倍の負荷を掛けて稽古させ、疲れ切った身体に癒しの魔法をかけて回復させるというトレーニングをやり始めたのだ。

 その効果はてき面で菊幢丸の近習らの身体能力は大人にも負けないようになっていた。


「確か万吉は細川に養子に出てたのだったな。偶には実の親子同士で語らうのも良いだろう」


 と、キサラは先に行ってるぞと声を掛けて、始終楽しそうな親子を残して作業場を立ち去った。


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そのころ、キサラを呼びに行かせた菊幢丸は所在無さげに奥の間で円運動を繰り返して煩悶していた。

 父親、義晴の婚姻の2文字があれから寝ても覚めても付きまとうのだ。

 この時代の上級武士の婚姻と言えば家と家を結ぶ政略結婚が王道だ。

 そこに当事者の意思が介入することは、ほとんどない。


「それで、何の用だ?」


「うわ!? いつの間に!」


「アンタが回転運動に夢中になってる間にだが?」


 これでも稽古で気配とかには敏感になってきているのだが、キサラ相手ではまだまだという事らしい。


「それで、何の用なんだ」


「あ、ああ……顔も性格も知らない相手と結婚なんて出来るのかなぁと……」


「できるさ。ただ、その後の生活が楽しいか苦難になるかはわからんがな」


 キサラは答えてくれたが、それは菊幢丸が望んでいた答えじゃない。


「ふむ。気に入らない相手なら躾けてしまえばいいだろう、自分好みにな」


「え!? 調教するっての! マジで!?」


「……お前の本性が畜生であることはわかった。だがまあ、経験不足故に貧相な発想しかできないのかもな」


 子供を躾けるのに子供を調教するとは普通言わない。菊幢丸は前世でそういう道に踏み込んだか興味があったのだろうと推測する。

 とんでもない勘違いにキサラに誤解を与えた菊幢丸は焦って、またミスをした。


「ああ、そうだ! 父上がキサラを僕の側室にしようと画策するかもしれないけど気にしないで! 僕にその気はないしね!」


「そうか。アタシは別に構わないが、菊幢丸が嫌なら仕方ないな。気が変わったらいつでも言え、結婚してやるぞ」


 予想外の返答に目が点になる菊幢丸。

 キサラの様子を窺えば、いつもの平常運転だ。

 結婚という人生の大事でもキサラにとっては日常の一コマとでも言うのだろうか?

 それはそれで何だか腹が立つ菊幢丸であった。

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