第7話 契約
キサラの提案に本日何度目になるかも分からなくなった驚愕を顕わにする菊幢丸。冗談だろうという表情だ。
「契約するだけで魔法使いになれるとか、小説やアニメじゃあるまいし!?」
「成れる。普通は無理だが、菊幢丸、アンタだったら可能だ」
揶揄ってる訳じゃないと真剣な表情で対するキサラに思い直した菊幢丸が居住まいを正し話を聞く態勢をとる。
「さっき話したが、アンタの魂壁は一個人としては大分大きい。二人分の魂を内包してまだ余裕があるくらいだ。そこに、アタシの魂を契約という魔法式で住みつかせるのさ。もっとも、アタシの魂はデカすぎるからほんの一部分だけだがな」
魂に大小があるなら、神や大魔王と喧嘩できる人物なら、それはそれは山よりも大きいのだろう。
閑話休題。
「でもさ、僕が魔法使いになることと、あんたが助かることはどう繋がるんだ?」
魂を丸ごと菊幢丸の魂壁内に入れられるというならまだわかるが、ほんの一部いれるだけで大丈夫なのかと聞く菊幢丸。
「その点だけど、アンタの魂魄にアタシの魂を紐づけることで、エナジーリングに攫われるのに抵抗出来るようになるんだよ。大きな川の流れを分かつ岩に命綱を括り付ける感じにね」
これにより、菊幢丸が存命の内はキサラも身体を失っても問題はないらしい。
あとは、この世界に適合した身体を作り出してそこの残りの魂を移せばいい。
菊幢丸に宿らせた魂の一部は彼の死後に回収するのだとか。
「どうだい? アンタは魔法というこの世界で無二に等しい力で身を守り、アタシは魔力の欠乏に悩む必要がない。いい提案だと思わないか?」
勿論、菊幢丸に死なれたらアタシも困るから精一杯サポートすると約束する。
そう説得されて悪手ではないなと思う菊幢丸。何よりキサラが生き延びるのにその手しかないなら悩む必要もない。
「いいけど、契約って何をすればいいんだ?
「ん。ちょっと待ってな……」
そう言っておもむろにタンクトップの隙間に手を突っ込んで紙とペンを取り出すキサラ。
菊幢丸は吃驚だ。
その紙にサラサラと何やら複雑な幾何学模様と抽象的な絵を書き込み、見たこともない文字で細部を装飾していく。
「よし、できた。あとはこの空白にアンタの名前を書けば契約は成立だ」
あ、文字は日本語でいいぞとキサラ。
何でも自分を表す物でないといけないらしく、契約者として相応しい文字でならないといけないとか。
言われるがまま、名前を書く菊幢丸。心なしか渡されたペンにいい匂いを感じたけど努めて顔には出さないように成功した。
「と、書いたけど特に変わった印象はない……ん?何か心なしか空気に違和感があるような」
言葉にし難いが感覚がこれまでにない何かに触れてる気がした。
「それが魔元素だ。先ずは、それを体内に取り込んで魔力に変えることが魔法使いの修行の第一歩だが、アンタの場合はアタシがサポートするから直ぐにでも魔法が使えるぞ?」
ゆくゆくは自力でやって欲しいとは付け加えるのは忘れない。
「え! どんな魔法が使えるんだ!?」
「アタシは親切なんでな、初心者が簡単に魔法が使えるようにしておいてやったぞ。使いたいと思った魔法を思い浮かべてみろ。想像通りかそれに近い魔法が使えるならイメージに浮かび上がってくるはずだ」
「へぇ~どれどれ……」
言われて試してみれば、ファンタジーRPG等でお馴染みの魔法なんかがずらずら出てくる。
ずらずらでてくる……
「あ、あの、初心者には多すぎないですか?」
数えるのも面倒になるぐらいの魔法の数に眩暈がしそうだ。
大体、魔法覚えたての自分がレベル1だとすれば、何故にゲームで最上級の威力の攻撃魔法が使えるのだろうか。
その点を指摘すると、涼しい顔でキサラは応じた。
「大丈夫だ。今使える魔法では大陸を消し飛ばすどころか、山の一つも吹き飛ばせないからな」
大丈夫の基準が分からなくなった菊幢丸であった。もし使うことがあるなら慎重にならざるを得ないだろう。
それはともかく、今は何か魔法を使ってみたい。
部屋の中で使えて安全な物は何があるだろうか?
そこで目についたのが、ペンであった。
念動力という魔法があった。
大体、菊幢丸が思う通りの魔法の様だ。
これにするか、とそう思ってペンを見つめる。
ああ、でも契約書に落書きは出来ないよな……
「ねえ、まだ紙はある?」
「ん。あるぞ」
言えば、またまた服の下から紙を取り出すキサラ。
いや、あれってどうなってるんだ?
そう思えば。
「あっ……!?」
風も何もない部屋でおもむろにキサラのタンクトップが捲れ上がった。
見た目からブラジャーの類は身に着けていないと分かっていたが、まろび出る均整の取れた二つの山と桜色で主張する頂に菊幢丸の視線はくぎ付けだ。
「で、どう思った?」
ハプニングにも平静な声色で問いかけるキサラに、菊幢丸も本来慌てる所なれど冷静に返す。
「眼福です」
「いや、それは当たり前だろう。アタシの身体にはそれだけの魅力がある。老若男女、種族すら問わずに魅了するからな。アタシの裸婦像何かは故郷の美術館や大都市の広場何かに普通に飾れているんだ」
堂々宣言するキサラ。裸を見られた事に羞恥の欠片も見せないのは凄かった。
マセガキやら、欲求不満だとか悪戯だとかで折檻されないのは僥倖だ。
何とも浮世離れしていて助かった菊幢丸であった。
「だから、アタシが求める感想は初めて魔法を使ったものに対してだよ」
「ああ……それなんだけどさ、本当はペンを動かして何か書くつもりだったんだ。だけど、アンタが服の下から紙を出すのを見てどうなってるんだろうと思ったら……」
「ふむ。アタシの服を捲り上げてたというわけか。まあ。念動力のような簡単な魔法は詠唱も特に必要としないが……意思が好奇心に負けてるようじゃあなぁ……三流以下だぞ」
「うぐぅ……三流以下って言っても、初めての魔法で詳しい説明も練習も無しでやったんだから仕方ないと思う」
「魔法文化のない異世界らしいから少し甘やかしすぎたか。これは最初の修練は精神訓練からだな」
菊幢丸の言い分にキサラは努めて冷静に理論を解く。
曰く、今の菊幢丸が軽々しく魔法が使えるのはキサラの経験則を僅かながらにも与えているからだと。いざと言うときにパニックになって魔法が使えずに死んでもらっては困るのだ。
「訓練って何をやるんだ? 僕はまだ子供だよ。無理はできないよ?」
「何、簡単さ。心をただ無にして何事にも動じないように意識を集中させるだけだ」
「何も考えないのに、意識を集中? 何か矛盾してないか?」
「心が無であれば何が起きても動揺しないし、意識が集中していれば即座に対応できるだろ?」
「それはそうかもしれないけどさ、具体的には何をするんだ?」
「そうだな、簡単な所で火山の火口の中で火傷や脱水症なんかの致命的な被害を抑える魔法をかけて潜る。で、そこで火山にすむ動物などの気配を把握するように気を張り巡らせるとかだな」
「無理」
「だよなー、この世界じゃ火山に潜る魔法を掛けても1分ももたないだろう」
「いや、そうじゃない」
冗談を言ってる顔ではないので、どうやら決定的なまでに思考にズレがあると認識する菊幢丸。
火傷や脱水症を抑えても熱をどうにかするわけではないらしい。
心頭滅却すれば火もまた涼し。
どころじゃない。
マグマの温度なんて人類が我慢できる限界を超えてると思うのだ。
「ふむ……ま、この世界での修練の方法は追々詰めていくとしてだ。契約書は書いたし、魔法は意図した結果とは違ったが使えることは証明された」
そこでキサラは今まで剝き出しにしていた双丘をタンクトップを下して隠し、真顔で告げた。
「なれば、契約は成立した。我が名は、レイチェル。魔法号はキサラ。全知全能の称号を持つ魔法使いである。我が命は汝が命と供にあり、故に我が身、我が魂に賭けて汝を守り抜くと誓おう」
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