第28話 それでも……いいかも

 ガツガツとする未亜みあの食べっぷりだ。肉、肉、と騒いだだけはある。


「すっかり回復したみたいですね」


 食事時はメガネを外す菜々ななが安堵より気圧されている様子だ。


「未亜って見た感じはこうだけど、肉食系なんだよ。そんで……」


 箸を持ったまま凪海なみが視線の向きを変えて続ける。


「まったくヤスオよー、草食系すぎるだろ。おまえ、それでもおち……」

「ややややめてください、せめて食事時は」


 ここまで散々なじられてきたヤスオだ。なにを言い出そうとしているか、いい加減に察知できる。四人で炬燵テーブルを囲む食事のひと時は、さすがにご遠慮願いたい。


「お、そうだな。わりぃ、わりぃー」


 素直に非を認める凪海だったから助かった。


「やっちゃんは、やっちゃんだよ。しゃきしゃき行動力あったら、やっちゃんじゃないから、仕方がないんだよ」


 箸の手を止めてまで援護してくれる未亜の声もある。なんだか全面的な感じではない気もするが、味方へ回ってくれている。それだけで良しと考えよう。

 けれども一安心とはいかない。


「でも意外でしたね。まだお付き合いしていなかったなんて」


 さらっと菜々が爆弾発言を投げつけてくる。


「いいい意外もなにも、こんなおっさんとなんてあっていいわけがないじゃないですか。未亜さんだけじゃない。みなさん、お若くて人生これからですよ」


 見境なく焦る特質を全開のヤスオだ。変なポイントへ陥っている。


「なんだよ、それ」と凪海が笑っている。

「若いって言われても……」と菜々など嘆息を吐く有り様だ。


 未亜だけは派手なリアクションを起こした。はーい、とお行儀悪く箸を持った手を上げる。


「わたし、三十でーす。アラサーでーす。若くないでーす」

「なにを言い出すんですか、まだ三十になっていないでしょう。第一、ぜんぜん若く見えるじゃありませんか」


 単純に擁護するだけのつもりが、つい力説してしまうヤスオだ。

 あはは、と笑って未亜は凪海と菜々へ向かって言う。


「ね、やっちゃんって、良い人でしょう」


 まるで自慢をしているかのようだ。

 我が事かのように。


  ◇ ◇ ◇ ◇ ◇


 ヤスオの家を辞去して、ちょっともしないうちに菜々が切り出した。


「なんだか、今日は安田さんに未亜さん、なんか違いましたね。テンションが高いというか」


 夜道で二人きりになれば、凪海のほうも聞いてもらいたかったみたいだ。


「さすが、菜々さん。わかります」

 と、口も滑らかに説明しだす。

 今回の未亜が倒れた原因は明らかに過労だ。やはり昼間だけでなく、深更を回る接客業までこなす、しゃかりきな働き詰めは考え直したほうがいい。借金返済なら、夜のバイトをなくても可能とする方法がある。


「ヤスオに食わせてもらう関係にすれば、昼の仕事だけで返せるだろうって言ったんですよ」

「安田さんだから、真っ赤になって慌てたでしょうね」

「それがあいつ、初めは言っている意味を理解してなくて。『あ、いいですよ。未亜さんのためなら』なんてほざいていたんですけどね。わかった時はもう……」

「想像つきます。はっきり目に浮かぶようです」


 菜々の静かな口調ゆえに確信度の強さが伝わってくる。


 ですよね、と我が意を得た凪海だ。


 ふぅー、と息を吐いた菜々は夜空を見上げて口を開く。


「でも、このタイミングで仲が進まないと、今後、難しくなるかもしれませんね」

「え、そうなんですか?」


 凪海がヤスオの前では見せない慌て方をしている。


「これだけ仲が盛り上がっていながら前進しないと、次にどれほどの機会が待たなければならなくなるか。男女の仲はタイミングが大事ですから」


 言ってから菜々は気づく。

 ふーん、と肩を並べて歩く者が興味深そうな目つきを送ってきている。

 あたふた菜々は言い訳するようにである。


「あ、あくまでも個人的な見解ですけどね。ちょっとした老婆心だと思ってください」

「個人的な経験、ではないんですか」


 憎めそうもない意地悪な笑みが、凪海の口許をかたどっている。

 なるほど、と菜々は内心で納得した。

 安田ヤスオが杉谷凪海に敵うはずはない。


「あまり変なことを言うと、チーム加入の件、考えさせてもらいますよ」


 反撃の手札は持っている菜々である。効果はてきめんだった。

 それできますかー、と凪海は弱っている。やっぱり新大陸は三人だときつい、と訴えてくる。


 表情を緩めた菜々は、今度の日曜こそ一緒に、とする約束を上げた。

 助かりまーす、と凪海も調子いいとする明るい返事だ。


 だから直後にもらされた新事実に、菜々は驚き戸惑う。


「未亜、婚約解消されたりで少し弱気っぽいしな。相手が奥手すぎると、やっぱ進めず終わったりするかもな」


 外からでは心情が計れない表情で凪海が夜空を仰いだ。


 菜々のほうは声にせず呟いていた。

 ……私はそれでもいいんだけど、と。

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