第二十四話 英雄VS黒鎧の魔人

 おぞましい空気が立ち込める。

 地下何十メートルという空間のにあって、突風が吹き荒れた。肌に触れただけで生気を奪われそうな感覚。闇の精霊がいているようだった。


(ザルツが発しているのか……!? だが、こいつはもっと異質……!!)


 視界を取り戻した織笠が目にしたのは、ザルツが構築した闇の精霊の結界だった。龍でも飛び交っているかのように、ザルツの周囲が得体の知らない力で守られている。

 ザルツが行っているのは吸収と変換。子どもたちからマナを搾り取り、自身の闇のマナの補填にしている。現代の科学力ならば可能な術ではあるが、素の能力でこんなことを行えるなんて聞いたこともない。

 ザルツの闇の波動が荒々しくなっているのに対し、流れ込む子供たちの精霊が徐々に微弱になってきた。

 これでは子供たちの命まで危うい。このままでは間違いなく死ぬ。


「止めろ、ザルツ!!」


 ザルツの暴挙を止めようと、織笠は純白の剣を大きく振りかぶる。闇を相殺するには陽しかない。ありったけの力を精霊に込め、刀身をザルツにぶつけた。

 衝突と同時、雷撃でもほとばしったかのような光が撒き散り、暴れ狂った精霊が壁や床を破壊する。


「……ッ!?」


 ザルツが纏う黒い光は、幾層に重ねた精霊の壁と化していた。どれだけ織笠が斬り裂こうとも、びくともしない。それどころか反対に押し戻されてしまう。


「ふぅぅううううう……、ぬぁあああああああああああ!!」


 闇の精霊が急激に膨らむ。押し負けた織笠が耐えきれず吹き飛ばされ、床を転がる。

 吸収を終えた、最早吸い尽くしたザルツがその禍々しい力を解放した。

 生きとし生けるもの、全てを腐食してしまいそうな闇の嵐が巻き起こる。


「な……!?」


 ザルツの姿に、織笠は目を疑った。

 全身を黒色の鎧でも纏っているかのようだが、その実、容量を超え溢れ出した闇の精霊がまとわりついている。炎の如くゆらめき、異形へと変貌した精霊の黒衣。

 細身だったザルツの身体は、怪物と化していた。


「素晴らしい……。これが次世代を担う者たちの力か……」


 喜びに打ち震えるザルツに、織笠が迫る。一気に至近距離まで詰め、セクメトを薙ぐ。腰元に刃が届く――その瞬間でさえ、ザルツは己の変化にまだ酔いしれているようだった。

 しかし、次に織笠の視界が捉えたのは大きな空洞のような天井。

 理解が追い付かない。

 分かるのは唇から噴き出す霧状の血液。顎にかかった衝撃。


「失礼。腕が勝手に動いたようだ」


 右腕を振り上げてザルツが言った。

 殴られた実感もなく、織笠は宙を舞う。


「が、ぁぁああああああああ!!」


 獣の如き咆哮を上げながら織笠はタナトスの銃口をザルツに向ける。

 だが、そこにザルツの姿は既にない。


「ふむ。脚力も想像以上」


 まるで確かめるような口調が、織笠の背後から聞こえてきた。背中に触れたザルツの手のひらから闇の光弾が発射される。

 刹那だった。ジャケットが焼かれたところで翻した織笠は、間一髪で光弾を避けた。直撃すれば、間違いなく床のシミと化していたところだろう。


「“白雷”!!」


 全身を回転する勢いを利用し、織笠は白銀の剣を振るう。刀身に稲妻が走り、縦の軌道から放たれる落雷が激突した。耳を破壊するばかりの轟音、爆発が地下を揺るがす。

 自身に流れる陽のマナ、その最大火力をぶつける一撃必殺の斬撃。E.A.Wのため殺傷能力こそ低いが、人の肉体を貫いて骨ぐらいなら簡単に破壊する威力を持つ。

 だが、爆煙を高速で突き抜けて地面に叩きつけられたのは織笠だった。背中に受ける衝撃に耐えながら反転し、体勢を立て直す。


「くそッ!」


 吐き捨てる。信じられないといった表情で薄くなりつつある煙を睨みつける。

 白雷は確かに決まった。が、ザルツはまさかの素手で受け止めたのだ。精霊という、爆撃に匹敵するエネルギーの塊を。その上でザルツは反撃に出たのだった。


「――くッ!」


 ザルツが織笠に迫る。空中にいたにも拘らず、弾丸のような速度で落下。蹴りを放つ。かろうじて回避しながら織笠が近接戦を仕掛ける。剣と銃。本来ならば噛み合わない二つを駆使し、攻めたてた。

 そのことごとくがかわされ、ザルツも応戦する。武術などではない、単純な拳と蹴りのコンビネーション。それでも徐々に、強化された肉体の差なのか、織笠が押し負けていく。


「ぐぁッ!」


 腹部にめり込む拳。そこから均衡が崩れ、一方的に織笠が殴られ続ける。一撃ごとに漆黒の光が弾け、織笠の肉体を蝕み壊す。顔面を捉えた拳が頬に突き刺さり、壁へ激突する。どんな水圧にも耐えるよう頑丈に造られた壁に、巨大なクレーターが生まれる。


「呪われし英雄よ、これが特別な次元に到達した者にしか分からない力なのか! 実に素晴らしいな!」


 体感したことのない超常的な能力を実感し、ザルツが両手を広げ歓喜する。とめどなく溢れる力を持て余して興奮しているのか、それとも禁術の副作用なのか――肉食獣の如き表情だった。


「だからこその不平等! 精霊使いの世界はやはりこうでなくてはな!」


 めり込んだ壁に埋まった織笠が力なく落下する。人形のように地面に崩れ、そのまま動かなくなった。

 意識がないと知りながら、ザルツは語る。


「感謝しよう。貴様という最上の存在がいたことで我は高みへと上り詰めた。この島はまもなく機能を停止する。だが、主の意志は我が受け継がねばならまい。この力を以て日本を乗っ取るために!」


 ザルツの指先から小さな黒い光が生まれる。それを胸の前に掲げると、塵や瓦礫を呑み込んで圧縮する。渦を巻きながら、人間など簡単に消滅してしまうほどに巨大化していく。


「極暗掌、最大出力。心配せずともすぐに仲間も一緒の場所に送ろう。先に冥府で待つといい」


 放たれた巨大な精霊の塊は、周囲の空間すら消滅し尽くす勢いでまっすぐ織笠に向かう。

 織笠の意識はまだ戻らない。どれだけ高位の精霊使いであろうとも防ぐことが皆無なほど凶悪な威力を持つ光弾が、獲物を喰らわんと近づいていく。

 小さな影が横切った。

 それは織笠と黒い光弾の間に割って入り、小さな両手を必死に伸ばした。


 マイアだ。

 

 銀色の髪が風にあおられ、恐怖に耐えるように食いしばって織笠を守ろうと立ちはだかった。


「――ぬッ!?」


 保護すべき対象が火中に飛び込む意外な行動に、面食らうザルツ。死なすわけにはいかないが、制御は出来ない。出来たとしても既に遅い。


「だめぇぇぇえええええええええええ!!」


 世界から音が消えたのも一瞬。

 天にまで届く爆発が地下施設を包んだ。





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