つらい試練

 美の神として最初に行う仕事は、召喚使役する精霊の選定でした。

 この星は様々な精霊エネルギーを日夜生み出しています。

 その多くは形を結ぶ前に霧散する力の塊のようなものですが、稀に生命のように形を成し、生命を真似て活動するものが現れます。

 これが、精霊。

 精霊は滅多に人の前に姿を見せませんが、その名を知っていれば、この星のどこからでもその力を借りることができます。

 それであれば、なるべく多く精霊の名を知っておけばいい……と、言いたいところなのですが。

 大精霊の名を知るには交換材料として力のある名が必要になり、そのために私達の神名が用いられます。

 神名が力を持つためには、これを知る者が少なく限定されなくてはなりません。

 そのため、無闇に大精霊と名を交わすわけにはいかないのです。

 極北では……と、大人ぶった言い方をしてみましたが。

 要は私達、神々の間では、なるべく多様な大精霊を使役できるようにするため、召喚する大精霊が被ってしまわないよう調整されているのでした。

 従って、先輩がたに大精霊の名を教えてもらうことはできません。

 それぞれの大精霊の棲息する地域と、名を交換済の大精霊のリストを渡され、空いている大精霊を選ぶように言われました。




「主神様は、どのように大精霊を選定したのですか?」


 旅立ちの前に、私は思い切って主神様に謁見をお願いし、主神様の精霊について尋ねてみることにしました。

 主神様とは私が神になる前から時々精霊魔法の生徒としてお会いしておりましたが、

 楽しく歓談するような関係ではありませんでしたので、これはなかなか勇気の要る決断でした。


「……私の精霊はここにいた。一族が逃げ落ちる先を探していた時に、ここで契約を果たした。」


「契約、ですか?」


「ああ、そういえば言ってなかったね。

 私の大精霊はいちいち使役召喚していない。私の神名を与えて契約している。

 死が私と彼女を分かつまで。

 ふ、死ななくなった今では、永遠の契約となってしまったがね。」


「契約は、他の神々はしていないのですか?」


「彼らは、できないんじゃないかな。

 この才を持っていたのは私だけだった。

 だから……。」


 主神様はそこで黙ってしまいました。

 主神様は昔話をしたがりません。

 それでも今のように言及してしまうことがあり、その度に複雑な顔をして口を閉ざしてしまいます。

 昔の話を、私の知らない主神様の話をもっと聞きたいのは山々ですが、今はせがむ場面ではありません。


「では、私も契約はできないのでしょうか。」


「さてね。試してみるといい。

 もしかしたら気に入ってもらえるかもね。」


「気に入るかどうかなんですか!?」


「いや、正直俺もどうして契約できたのかは分からないんだ。

 ただ使役召喚よりも柔軟に力を借りることができるから……」


 主神様の説明は続いていましたが、私は彼がご自身を「俺」と呼んだことに気が逸れました。

 優しく丁寧で穏やかな方だと思っていましたが、本来の主神様はもっと活発な方だったのかもしれません。

 もっと、あなたのことを教えてほしい。

 そしてあわよくば、私の前では素のあなたを出してほしい。

 そんな思いを抱えながら、私は精霊を探す旅に出ることになりました。




 旅といっても長命種である私は神聖魔法が使えます。

 ですので、転移や回復が可能であり、それほど困難な課題ではない……

 と、そう思っていたのですが。


「ここにも居ない……」


 もう三箇所目、八日目の朝を、私は西の霊峰メティエ山の頂で迎えました。

 メティエ山は果ての地に繋がる北の断海や、短命種達が群れる南のダタル内海とネプル島、東はミラン高原、西はワン大平原を見渡せる西の最高峰です。

 今はまた地名が色々と変わっているかもしれませんが、そう教わりました。

 短命種達がすぐ名前を変えるので、極北の知識は中々追いつきません。

 しかし、メティエ山だけは特別なのか、ここの名前は今まで変わったことがないと主神様がおっしゃっていました。


 ……主神様のことを思うと、極北が恋しくなります。

 低級精霊魔法で暖を採ってはいますが、生まれて初めての野宿が続き、誰にも頼れない状況というのは、思ったより過酷でした。

 長命種は食事をとる必要がありません。

 ですが、気分転換に散歩したり、沢の水でも飲まないと、ただじっと大精霊が現れるのを待つという仕事は気持ちが保ちません。

 こんなに成功しないものなのでしょうか。

 泣きたくなってしまいます。


「お困り?」


 ふわり、と赤髪の精霊が現れました。衣は短い灰色で、手首に金色の花飾りをつけて、茶色い革の編み上げサンダルを履いています。目は大精霊らしい強い魔力をたたえて銀色に輝いていました。

 けれどその特徴を見て、私は肩を落としました。

 気さくそうな青年の姿を取る精霊は、音楽の大精霊。人なつこくて比較的姿を現しやすい、人が発生してから生じた若い精霊です。


「困っては、いるんだけど。

 君では力になってもらえそうにないよ。」


「え、そうなの?」


「だって君は音楽の精霊。

 地神様と名を交換した大精霊のひとりだろう?」


「そうだね、僕は君達の仲間さ!」


「だから、私の名前を分けることは出来ない。」


「出来ないわけじゃないだろー!」


「私はまだ誰とも名を交換していない大精霊を探さないといけないんだ。君では駄目なの。」


「ふうん?

 残念だけど、メティエ山の精霊はもういないよ!」


「え……、どうして……」


「僕が食べちゃったから!」


「そんな、ことが……」


 精霊が他の精霊を食べる。

 確かに、精霊達が生物の真似をするなら、あり得ないことではないのでしょう。


「それなら、どうして地神様は教えてくれなかったんだ……」


 私は思わず眉を寄せてしまいました。

 メティエ山の精霊が自分の精霊に食われたのなら、リストを更新しておいてくれれば良かったのに。


「えー?

 そんなの知りっこないでしょ。僕が食事の度に報告することなんてないしねぇ!

 そもそも、僕らは君達の味方ではあるけど、家畜じゃないからね。

 そこまで君達にベッタリなのは、契約したアイツくらいのものだよ!」


「契約……主神様の大精霊のこと?

 何か知ってるの?」


「僕に名前をくれるなら教えてあげてもいいよー!」


 意地悪な音楽の精霊はクスクスと笑いながら私に近づいてきました。

 神名を得た大精霊は力を増し、他の精霊を凌駕しやすくなります。

 私の名まで与えてしまうと、均衡を崩しかねません。


「いや、いい。私は君とは関わらない。

 ここにいるのが無駄なら、別の場所で探すよ。

 それじゃあね。」


 私はそう言うなり、転移魔法を発動させメティエ山を後にしました。




 転移した先は、メティエ山の麓にあるロアナ湖。

 ここに居るのは処女を好むという月光の精霊です。

 処女、というのは若い女性のことなのだそうですが、

 私だって処女に見えなくもないのではないでしょうか。


 ……ちょっとなりふり構っていない自覚はあります。


「呼応。其は清らかな月光の精霊。締結。美の神の名にとこしえの祈り。」


「ずいぶん陳腐な詠唱だねぇ!」


 私の詠唱に重ねて、先ほどまで聞いていた声がしました。


「……どうしてついてきたの、音楽の精霊。」


「え? そりゃ、面白そうだからだよ〜!」


「君には名を教えたくない。他の精霊だってそうでしょ。君がここにいると、月光の精霊は応えない。」


「ふふ、僕がついて回ればずっと君を振り回せるってわけね!」


「……戦いを望むの?

 私は確かに大精霊を使役することはまだできないけれど、剣の腕には自信があるんだよ。」


 そう、私はこれでも武神の息子です。

 自分の魔力で編んだ銀色の長剣を右手に握り音楽の精霊を睨むと、彼はワオ!と愉しげな声をあげて飛びすさりました。


「こりゃ驚いた、極北の新しい神様は随分好戦的なようだ!

 面白い、ますます離れるのが惜しくなった!」


「ホントに、やめて……。私の仕事を邪魔しないで……」


 思わず肩を落とした私の前に、音楽の精霊がふよふよと宙に浮きながら満面の笑みで近づいてきました。


「ねー、特別に神名じゃなくてもいいよ?

 僕と名前を交換しない?

 君の名前を呼びたくなったな!」


「何それ。意味があるの?」


「君にもあるんだろう、生まれた時の名前。あれでいいよ!

 神名と同じ役割を果たしてくれる。勿論、神名の力は奪わない!」


「神の力を使わずに、君を使役召喚できるということ……?」


「そういうことー!」


 それは、確かに便利そうではありますが、そんな話聞いたこともありません。

 私がためらっていると、


「受けてくれないと、君が音を上げるまでつきまとうからね!」


 嫌な宣言をされてしまいました。

 埒が明かない気がして、自然と大きな溜息が出てしまいます。


「……仕方ないな。呼応。其は軽々けいけいたる音楽の精霊。」


「わはは、失敬な!」


「締結。いみなもて神名のしろとし、とこしえに祈らん。」


「……呼応するよ。僕の名前はミリヤラ。」


「私の諱はアウヅ。」


「うふふ……アウヅ!」


 音楽の精霊に諱を呼ばれた途端、どくんと心臓が強く脈打つのが分かりました。

 さあっと血の気が引いていく音が聞こえます。


「馬鹿な子だね、アウヅ。精霊に諱を渡してしまうなんて……」


 音楽の精霊は口が裂けたようにニタニタと笑っています。

 私は何か、失敗したのでしょうか。

 気分が悪くて、立っていられません。

 神名のかわりの諱とは。

 神名よりももっと、私を定義づける何か、だったのでしょうか。

 焦ったせいで、侮ったせいで、騙されたのでしょうか。

 こんな、筈では。



「しゅ、しん、さま……助けて……」



 かろうじて声を振り絞り、私は主神様に助けを求め、

 そのまま意識を手放しました。

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