第20話 もとに戻った俺は


 俺の意識が途切れる前の、ほんの一瞬――。

 ある声が、頭の中に響いた感じがした。


「やるじゃないか、神尾来翔くん」


 お前は……〈幽冥の聖騎士〉?


「流石だね。それじゃあ称賛の代わりとして良いことを教えてあげよう。……斑鳩久遠は、神尾来翔くんと同じ学校だ」


 は? 久遠が、俺と同じ学校……?


「では、健闘を祈る」


 そこで彼の言葉は終わった。結局〈幽冥の聖騎士〉の正体は分からないまま――なんなんだ、あいつは。


 それに思考を巡らす間もなく、俺の意識はもう一人の俺の意識と混ざり合って……溶けていくような心地になる。


 ――――暗転。

 


 


 *



 朝が来た。


 俺――神尾来翔は、まだ寝ていたいという気持ちを抑え込み、勢いよく上体を起こす。そのまま、ベッドから飛び降りて東向きの窓のカーテンを開け放った。


 途端に顔を直撃する朝日の光線。

 真っ白な眩しさに、思わず目を瞑る。


 “いつも”は、起きてから直ぐに、朝ごはんまで勉強机に向かって勉強を始めていたけれど。


 今日は『違う』。

 『やらなきゃいけない』ことができたから。


 あの世界から戻ってこられたからって、物語が終わるわけじゃない。むしろ、これからが本番――。



 そっと部屋のドアを開け、洗面所に出る。顔を洗い、歯磨きをして、また部屋に戻った。


 そして、クローゼットの奥から取り出したのは、最後にいつ着たのか覚えていない制服。紺色のブレザーには、少しシワが寄っていたが気にしてはいられない。


 ワイシャツ、ズボン、ブレザーに身を包んで、ネクタイも忘れずに結ぶ。ずっとネクタイなんてつけていなかったから心配だったが、案外手が覚えているものだ。数分で着替えが終わり、俺はリビングのある階下へと降りる。


「はよー」


 けだるげにそう言いながら食卓のある部屋のの引き戸をガラリと開ける。


「おはよー」

 母が台所に立って味噌汁を作っていた。

「あれ、来翔、今日早くない?」


 母がそう言ってこちらを向いて――「え?」


 俺を見て驚いたような声を上げる母。


「え、ちょっと来翔、……学校、行ける、の?」


 驚くのも無理はない。高二になって以来、半年くらい不登校だった息子が突然制服姿で朝食を食べに現れたんだから。


「うん、行く。だからもう朝ごはん食べたら出発する」

「……わ、わかったわ……」


 俺の突然の変貌ぶりのせいで、母はその後も味噌汁を盛大にこぼしたり、お茶碗をいくつも運んできてしまったりと、余程慌てているようだった。ぴっくりさせてすまないと思いつつも、俺は食べ終わるなり、歯磨きをして、荷物をまとめて、玄関を飛び出す。


「いってきまーす!」


 


 久しぶりに吸う早朝の空気は、思っていたよりも澄んでいて、心地よかった。確か……学校へは、次の信号を右に曲がって真っ直ぐだったっけ。体力も戻さなきゃな、という考えのもと、小走りで通学路を走る。徒歩圏で行ける学校を選んだ中三の自分に、初めて感謝した。


 懐かしい光景が見えてきた。少し古めかしい感じの校門と、渡り廊下で結ばれた二つの校舎のシルエット。よく部活のときに走り回っていたグラウンド、オンボロの体育館、武道場。俺が高一のときには確かに通っていた、学校の姿だった。


 まだ朝が早いせいか、俺の他に登校してくる生徒は居ないようだ。そのことに少し安心しつつも、俺は門を通って昇降口へと急ぐ。靴を脱いで、持ってきた上履きに履き替えた。


「職員室は――――」


 うろ覚えの校舎内図を頭の中に呼び出して、廊下に駆け出す。あった、職員室。担任は来ているだろうか……たぶん、半年も来なかった俺が急に「おはようございます」とか言って登場したら驚くだろうな。そんな想像をしながら、そろりと職員室のドアを開ける。


「失礼しま……」

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