第11話 【暁の層楼】は



 次の日の朝――いつになく寝坊した俺は、大急ぎで支度をして家を出る。


「……やばいやばいやばい、待ち合わせに遅れるっ」


 変だな、いつもはこんな朝が遅くなったことないのに。そう思いながら、俺は食卓に用意されていた食パンをひっつかみ、昨日の内に用意しておいたナップザックをからって家を出る。


「いってきまーす」


 何故か、家に誰も居ない筈なのに挨拶をしてしまう。誰も答える人なんか、居ないのに……。そう自分で呆れた瞬間、俺は「懐かしい」という感情を覚えた。


 なんだろう、この感じ。


 誰かと待ち合わせるというワクワク感。

 逸る気持ちを抑えつつ、元気よく家を飛び出す爽快感。


 最近の俺は、どうにもこの感覚を忘れていたらしい。


 どことなく新鮮で、久しぶりな今の状況を楽しみながら、俺はアスファルトを蹴って走り出した。



 *



「久遠ーーーーー!」


 俺は、広場に眼鏡姿のあいつを見つけて、大声で名前を呼ぶ。すると久遠だけじゃなくて、往来の人々も一斉に俺の方を振り向いた。注目されている――前までの俺はそう感じただけで、何処かに隠れ去っていた筈だ。なのに今は、そんなの気にならない。


 ただ、斑鳩久遠という友人が俺を待っていてくれて、彼に会いに行くんだという気持ちだけが俺のなかでふわふわと浮いていた。


「おはよ! ごめん待ったよな」


 走ったせいか、息も切れ切れだ。俺が呼吸を整えながら久遠の方を向くと、友人は笑いながら此方を見てきていた。


「来翔……おまえ、運動できそうな見た目してるのに、そんなんで息切れるのかよ」

「……え、俺、サッカー部だぜ」

「そーなのか」

「ん。前の世界で、の話だけど」

「その体力でサッカー……きついと思うけどね」


 久遠は微妙な表情でまた笑った。俺もつられて吹き出す。


「そーゆー久遠は何部だったんだよ!」

「僕? 科学研究部だよ」

「なんだそれ!」

「週一しかない、誰にでもできる、簡単な部活です」

「誰にでもできる簡単なお仕事ですみたいに言うな!」


 俺のツッコミが炸裂し、また二人で笑い合う。出会ってまだ一日しか経っていないなんて考えられないほど、俺たちは仲良くなっていた。


「コホン」


 気を取り直して、久遠が咳払いをした。メガネのフレームを片手で押上げ、その切れ長の目を俺に向けてくる。


「さて――【暁の層楼】を調査しに行くわけだが」


 久遠は俺から目をそらして背後をふりむいた。つられて俺も彼の視線を追う――そこには。


「なんだ、この高層ビル……」


 高い建物の少ないこの世界には不相応な、高層ビルが立っていた。それも新しい感じの、高くて細い構造だ。建物の大きな窓ガラスが日差しにきらめく。今俺たちがいる広場の、すぐ隣にそびえるそれは、まるで何かを阻む壁のように思えた。


「これが【暁の層楼】だよ」


 久遠が静かに言った。


「来翔も気づいていると思うけど、僕たちの生活圏は田舎でも都会でもない、本当に平凡な町並みだ。その中でクイズも開かれ、勉強し、日々の生活を営んでいるわけだが……」


 友人は、怪しい目つきでニヤリと笑う。


「そんな中に一つだけ……ここだけが、こんな超都会的なビルディングなんだよ。変だと思わない?」

「うん、変だと思う」


 俺は素直に頷いた。すると久遠も「だよな」と言うふうに深く頷く。


「僕はこの世界に来てから……たぶん一年くらい。でもこの【暁の層楼】の存在に気づいたのはね、本当につい最近なんだ。ふとね、もしこの世界に関するクイズが出されたら答えられないんじゃないかっていう不安を抱いて、勉強を兼ねて探検をしてみようって思って歩いていたときに見つけたんだ」


 世界の片隅に建つ、アンマッチな雰囲気のビル。

 本当だったら目立つはずなのに、何故か多くの人がその存在に気づいていない……。


「確かに……」

 俺も呟く。

「今までのクイズは、ここみたいな広場で行われることが多かったけど、確かこの広場では一回も開催されていない」


「問題はそこだ」


 久遠が低い声で言った。


「やっぱり、この世界の支配者側が敢えてこのビル周辺を探られること、人が集まることを避けているようにしか思えないんだ――」


 だからこそ、俺たち二人で此処を調べるのだ。


 この世界の謎を、解くために。


 そしてこの意味不な世界をぶっ壊すために。


「じゃあ、行くか久遠」


 俺はナップザックを背負い直して、ビルを見上げた。すべて、昨日の打ち合わせ通りに動けば――それでいい。


「ああ、来翔。行くぞ」


 世界の郊外に建つ謎の高層ビル【暁の層楼】への潜入作戦。いざ、開始――!

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