幼馴染な私たち

雨足怜

1 告白

 揺れるカーテン、隙間から差し込む夕日。

 光に照らされたほこりが、まるで星屑のように光り輝く。

 茜色に染まった教室には、二人きり。いつも使っている教室なのに、まるでここが別世界のように思えた。

 しんと静まる空間に、私と、坂東玲音。

 玲音の頬は夕日色の中でもはっきりわかるほど朱に染まっていた。視線は落ち着かなさげに上へ下へと動いていて。

 ああ、告白かな、絶対告白だ、と私は思った。

 だってそうでしょ。こんなシチュエーションで、教室に二人きりで、恥ずかしそうにもったいぶる玲音を、私はこれまで見たことがなくて。少女漫画の一ページのような心躍る展開に、あるいは玲音の空気に飲まれて、私もドキドキしてきた。

 しばらく口を開いて何かを言おうとして、口ごもることを繰り返す玲音。やがて覚悟を決めたのか、彼の眼は私をまっすぐ見据えた。

 わずかに茶色がかった黒い瞳が、真剣な光を宿して私を射抜く。心臓が口から飛び出すかと思った。

 がんばれ、って応援したくて。あと少しだから、って言いたくて。けれど、私は静かに黙って彼の言葉を待った。

 だって、少しでも口を開けば、震えたおかしな声が出てしまいそうだったから。

 きっと私の顔は、玲音と同じかそれ以上に赤くなっている。夕日のせいだ。うん、だって、私は教室に光が降り注ぐ窓に向かって立っているのだから。

 ふと一瞬、風が強く教室を吹き抜けた。

 カーテンが大きく揺れ、その向こうから光の奔流が私を襲った。

 逆光の中、玲音がゆっくりと口を開く。

 私は、ごくりと喉を鳴らして――


「好きなんだ……俺は、悠里が、好きなんだ」





 そうして私、天野花蓮は失恋した。

 私が好きだった幼馴染は、ひどく紛らわしい形で私の初恋を粉々に打ち砕いた。

 ……うすうす、わかっていたのだ。だって、もう玲音は三年以上口をきいていなかったから。中学一年生の時に、私と彼との間には溝が生まれて。それ以来、私たちはただの古い知り合いになった。

 だから、高校一年生の今、彼が私に今更告白してくるなんて、そんな夢みたいな出来事があるわけがなかったのだ。

 でも、そう、けれど、一つだけ言わせてほしいんだ。


 私は、初恋相手の幼馴染に、男が好きだと告白されて、一体どうすればいいのだろう?





 しばらく呆然と――多分恥ずかしいことに口を大きく開いて固まっていた私は、玲音がごほんと喉を鳴らしたことで我に返った。


「え?なんて?」


 私はやっぱりまだ思考が現実に戻ってきていなくて、そんな風に玲音に聞き返した。


「だから……悠里が好きなんだ」


「悠里って、あの悠里よね?」


「あの悠里以外、俺とお前の共通の知り合いに、悠里なんていないだろうが」


 久世悠里。私と玲音の、もう一人の幼馴染。保育園が一緒だった私たちは、そこで意気投合、それから男女の垣根なく一緒に遊んできた。

 それも、小学校までのこと。

 中学校に上がってから、私と玲音の関係がこじれ、そして悠里も忙しくなり、私たち仲良し三人組は空中分解した――と、思っていた。まあ、同じ高校に通うくらい腐れ縁ではあるのだけれど。


「頼む、悠里と付き合いたいんだ。だから、協力してくれ」


「……協力って、何を?」


 私はたぶん、ひどく冷たい声をしていたと思う。合掌して深く頭を下げる玲音を見ながら、私は体の芯から冷えていくような感覚に襲われていた。

 玲音は、悠里のことが好きで。玲音のことが好きな私に、協力を求める――

 確かに、悠里はすごく格好いいと思う。勉強も運動もできて、今では生徒会書記として活動していて、次期会長最有力候補なんて言われている。

 そんな悠里と、玲音はどうしたいのだろうか。付き合いたい?それとも、自分の思いを受け取ってほしい?あるいは、どちらでもいいから思いを告げたくて、その勇気が、その機会が欲しいとでも?

 それを、私に求めるの?あなたのことが好きな、私に――


「頼む、こんなお願いができるのはお前しかいないんだ」


 「お前」なんて呼び方をしているのに、こんな時ばっかり都合のいい。そんな毒を吐いてしまいたかったけれど、私はこぶしをきゅっと握って、言葉を飲み込む。

 玲音は、勇気をもって私に悠里が好きだと告白した。なら、私は彼の勇気に、答えなければならない。

 たとえ、心臓が張り裂けそうなほど痛くて。今にも泣いてしまいそうなほどに心が苦しくても。私は、不器用でも真っすぐな、玲音のことが好きだから、そんな玲音の、役に立ちたいだなんて思ってしまうから。


「……わかった」


 私の声は、ひどく震えていて。

 けれど私は、確かにそう、返事をしてしまった。


 顔を上げた玲音の、輝いた瞳が瞼の裏に焼き付いた。嬉しそうに、泣きそうに、彼は笑っていた。私には、見せたこともない顔だった。

 玲音が、遠い。

 気が付けば大きく背が伸びた玲音と、私はすでに頭二つ分くらいの身長差があった。


 くしゃりと笑った玲音は、もう一度「頼む」と私に告げて、足早に教室を出て行った。




 私はただ、一人教室に残って立ち尽くした。


「私は……私は、あなたが好きだよ。玲音――」


 私の告白は、もうきっと彼には届かない。

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