第7話 ヴォーヨンの森5

「リョウ!そっち行った!」

「はい!」


 素早く動く小さい影が俺の剣を避け、目標を変えた。


「くそ、動き回るな!この、ミリリさん!」


 盾によるシールドバッシュが最も捕らえやすいと思われたが、ぐるりとリョウの周りを一周し振り回され、攻撃のタイミングが分からずうまく決まらなかったようだ。


 影は続いてミリリに襲い掛かるが、お互いに攻撃は外れる。小さい敵に対し、点で捉えなければならない手斧は相性が悪い。


 影の正体は、一本の角の生えた兎。見た目通り角兎と呼ばれ、体重が軽いうえ脚力が強く、簡単に一メートルは飛びあがる。

 その跳躍力を生かして角で攻撃してくるモンスターで、この森の表層では一番の難敵。


 犬くらいのサイズで兎としては大きめではあるが、今までで一番小さな標的で素早さもあり攻撃が当たらない。

 緑豚のときも突進をいなしてすぐ攻撃という動きが上手くできず当たらないことはあったが、こいつは意図的に避けてくる。


 当たりそうで当たらない、厄介なやつだ。


 体毛のせいで本来の体より大きく見えているのが一つの要因でもある。

 出会い頭の最初の一撃は確かに捉えることができたと思ったのだが、毛を撫でただけで終わってしまった。せめて切れ味の良い剣だったら、その毛を刈ることができ少しは好転したかもしれないのに。


「あー、行っちゃった」 


 次は誰が狙われるかと身構えていると、角兎はぴょんぴょんと背中を向けてどこかへ行ってしまった。

 これがまた煽るように見えて腹立たしい。


 角兎も雑食であり人を食べることもあるのだが、主食は木人らしく人を襲う事にはそれほど積極的ではない。

 出会いがしらは向こうも興奮して戦闘状態になるのだが、しばらくして冷静になられてしまうと、戦う理由があまりないことに気付き今のように逃げてしまう。


 


 昨日、転生者に襲われそれを排除したことで雰囲気が悪くなったが、今日は予定通り朝から狩りに出ている。


 これがもし転生前だったなら、一週間ほど思い悩んだりも許されただろう。しかし、そんなことをしている余裕は俺たちにはない。

 まあ転生前なら余裕うんぬんの前に、こうも簡単に命のやり取りが行われはしないのだが。


 狩りを中断したこと自体結構な損失なのだ。宿代飯代に追われている現状、のんびりしている暇は無い。数日間収入がなければ蓄えが底をつき路上で寝ることになる。

 それを理解しているからこそ、リョウはなんてことない体を装い狩りに参加してくれている。


 そしてユイも。


 一言も発していなかったが、一番ショックを受けていたのはユイだった。俺がリョウと話していた時も黙って何かを考えており、時折震えていた。二人同時に心のケアなんて器用な真似できない俺は、ひとまずリョウに専念していたというわけだ。


 不満がるミリリを説得し狩りがお開きになった後は、ずっとユイに付きっ切りだった。

 珍しく静かだな、なんて失礼なことを思いながらも、どうやって話を切り出そうかと思っていると突然堰を切ったように喚きだした。


 あの手この手で落ち着かせ、機嫌をとり、これからのことを語り、ここに至る。


 内容を思い出そうにも、結局のところ中身なんてない気がするからかいまいち思い出せない。とにかく疲れた。


 ともあれ、そのお陰で今こうして狩りに出ていられる。


臼胡桃うすぐるみ

「リョウ、胡桃くるみだって」


 呟くようなミリリの声を、前に出て聞こえないリョウに伝える。

 樹上で獲物が来るのを待つ、先制攻撃に全てを掛けている天然の罠みたいなモンスター。先に見つけてしまえばなんてことはない。


 重く硬い殻があるうえに勢いを付けて振ってくるので、知らずに下を歩いてしまうと危険だが、最初から気を払っているため問題はない。


「ユイ、頼んだ」

「オッケー」


 倒す方法は色々あるが、遠距離魔法があるならそれが一番だ。

 魔法で弾かれ、落下する。ドスンといかにも重そうな音がなる。重力を利用できなければゆっくりとしか動けないため、一度落としてしまえばどうとでもなる。


 ミリリの斧で倒すついでに殻を割り、中身を取り出し背嚢にしまう。これだけで木人と同じ稼ぎだというのだから、良い収入だ。こいつばかり出てくれれば嬉しいのだが。




 次に出くわしたのは木人。まあ、ここのモンスターは六割以上こいつなので仕方ない。

 二メートルある成長しきった個体だったが、やはりユイの魔法は有効なようで昨日と似たような方法であっさり倒せた。


 胡桃の後なのでげんなりしてしまうが、やはり持ち帰って売ることにする。選り好みしていると、運が悪ければ時間を無駄にするだけになってしまう。

 ミリリと二人で丸太を担ぎ、買取所へ向かう。


 昨日のことがあり、やけに緊張し警戒しながらの運搬になった。

 脅威には成りえないがメンタル的に勘弁して欲しいところだ。幸い何事もなく、すんなり買取所に着き換金が終わる。


「走っていこうか」


 貧乏暇なし。

 のんびり森へ戻っていると移動時間ばかり増えてしまう。詰められるとこは詰めていきたい。


 もちろん森に着くと走るのはやめて最大限警戒をした状態で進む。

 接敵に気付くことができなければ、それだけでほとんどの場合死ぬ。別に直接命を奪われなくとも、治癒魔法どころか医療用具すらないのだから再起不能まで一直線だ。


 町には治癒魔法を施してもらえる店もあるが、当然金が掛かる。大きな怪我を治すには上級冒険者の力が必要であり、桁外れの稼ぎをする彼等の力を借りるということは相応の値段が掛かる。簡単に払える額じゃない。


 森に入るとすぐに木人に出くわす。運が良い。運搬の手間を考えると町から近い位置で戦うに越したことはない。


 これも問題なく倒し、換金し戻ってくる。


「ハァ、ハァ、あの、疲れたんだけど」


 森の外ではずっと走っていたこともあり体力のないユイが根を上げる。


 どうせここからの歩みは遅いのだから問題ないかと思ったが、駄々をこね始めたのでおぶっていくことにする。真ん中にいる俺は戦闘が始まってから下ろす余裕はあるだろう。

 ユイは嬉しそうにしているが、こちらの気持ちも考えて欲しい。どう考えても一番体力を使っているのは丸太を運ぶミリリと俺だ。



 ◇



「魔力は大丈夫?」


 本日三体目の木人を倒したところで、気になってユイに聞く。臼胡桃に対して使った分も含めると、四発は撃っている。


「多分大丈夫。あと二発は撃てるかなー」


 つまり一日六発だろうか。効果を考えれば十分なのかもしれないが、少ないな。

 一発で一体倒せるとしても、収支的には一日に倒す必要のある数の最低ラインだ。予期していたことだが、魔法を使わずに倒すことも考えておこう。


 とはいえ使い続けていれば撃てる数も増えるだろう。魔力は魔法を使っていれば少しずつ増えるみたいだし。

 

「あ」


 丸太を運ぶため持ち上げたところ、傷がついている。恐らく正面から見えなかった背中側に付いていたのだろう。わりと大きな傷であり、確実に値段に響く。完品の半額以下になりそうだ。思わずため息が出る。


「どうします?」

「うーん……まあ、運ぼうか」


 魔法の回数制限も考慮すると、なんだかんだで全部買取所に持ち込んだ方が効率的な気がする。折角素早く倒したのに、何も得られないというのは悲しい。

 簡易魔法購入の初期投資はいつになったら回収できるのだろうか。


「兎です!」


 思考を即座に中断し、リョウの声に応じる。

 自分では目視出来ないが、丸太を放り投げリョウの向く方向とユイの間へ入る。


 初撃は一番近いリョウに行くと思いきや、ミリリの方へ行ったらしい。ミリリの軽いうめき声が聞こえヒヤッとしたが、角を避けた後に体同士が掠めただけみたいだ。


 後退したミリリに対し、木人を守るような形で威嚇する角兎。

 考えるに、この木人はもともとこいつの獲物で、それを奪うような形だったのかもしれない。木人の傷もこいつが付けたものか。


 リョウが盾を構えながら近付き、角兎が動き出す。


 角兎は助走をつけるように走り出しそのまま直進するかと思いきや、右手に小さく跳ねて横からの攻撃を狙ってきた。盾を避けるように反対側から攻める形だ。


 確かに盾を間に合わせることは難しかったが、リョウは反対の手に片手剣を持っている。欲張って迎撃しようとせず、体を隠すように剣を縦にして構え守りに徹する。


 角兎はこれを嫌がり、急制動し体当たりを止める。

 そこにすかさずミリリが襲い掛かる。躊躇なく振り下ろされる手斧のタイミングは完璧。

しかしそれでも、兎は反応し咄嗟に飛び跳ねる。


 が、あまりに慌てて跳んだせいかバランスを崩している。さらに、その方向には俺がいた。またとないチャンス。距離を詰め素早く剣を振る。


 メキッという骨を折る手ごたえ。

 真っすぐに跳ぶことのできなかった角兎の背中に剣を叩きつけた。


「ギニ˝ァ」


 呻き声、いや断末魔を発し、地面に叩きつけられる。

 不自然なポーズで目を大きく開き、痙攣する。やったか。


「ナイスです!」

「美味しいとこだけ頂いちゃったね」


 朝一番ではかなり手こずったうえに取り逃がしたというのに、あっさりと倒すことが出来た。


 運も良かったと思うが、何より状況の違いがありそうだ。

 今回の角兎には、自身の獲物を確保し守るという明確な目的があった。

 がむしゃらに動き回りながらの攻撃ではなく、意志を持った攻撃。極力獲物に近付かせたくなかったのか、フェイントも少なく早いタイミングで攻撃を仕掛けてきた。


 散々振り回された朝に比べれば、格段にやりやすかった。もし早期決着が出来ずとも、この感じならそれほど苦労しなかったかもしれない。


 この状況を再現出来れば角兎も労せず倒せる……と思うのだが、肝心の再現方法がない。

 仮に木人の死体を持ち歩き角兎に渡せば再現出来るとしても、ずっと丸太を持ち運ぶのは流石に辛い。それに、そんな方法ができるなら情報屋で教えてくれていたはずだとも思う。


 実際の狩りに際する情報は他と比べて高価であり、その対価を支払わせておいて「実はもっと良い方法があります」というのはナンセンスだろう。


 現在のパーティでの対処が最も難しい相手なので、何かないかと考えてしまうが無駄だったか。素直に対応できるほどの力を得られるように鍛錬を重ねよう。


「高く売れるんだっけ!」


 喜色を浮かべたユイがはしゃいでいるが、残念ながらそうではない。


「完品ならね。ああ、出来るなら捕獲した場合の方が良いのか。どちらにせよ俺たちではどうせ無理だから、大きな稼ぎになると思わない方が良いよ」

「ちぇー。なにそれ、つまんないね」


 これだけ小さいモンスターを、商品価値を下げずに倒すというのは無理な話だ。それを可能にする剣技を持っているなら、素直に他の狩場に行った方が良い。罠で捕らえるという方法もあるだろうが、なにも兎狩りを生業にしたいわけではないのだ。

 冒険者らしい方法では壁生成の魔法を使う方法が簡単らしいが、使えないし買えないし勿体ない。


 一応傷ついた角兎も売りはするので、血抜きをする。ミリリから手斧を借り首を切り落とす。見ていたユイが小さく悲鳴をあげるが気にしない。続けて足を麻紐で縛り逆さに持つ。ある程度血が抜けたら、紐を腰に縛り吊るす。


 垂れた血液がズボンや靴を汚しそうだ。もともと綺麗なものではないからいいかと思ったが、気になる。気になるがしょうがないので、割り切って無視することにする。


 角も売れるので、頭部を砕き容量を減らす。綺麗には取れないが軟部が残らなければいい。血で濡れているのが気になるので地面に擦り付け砂を付着させて、収納する袋が濡れないようにする。


「じゃあ戻ろうか」


 手斧をミリリに返し丸太を持ち、帰路へ。

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