第3話 ヴォーヨンの森1

「いやー、いよいよだね。楽しみー!」

「確かに楽しみですが、あんまりはしゃぎすぎると足元を救われるかもしれませんから、気を付けましょうね」


 カバのような生きものに引かれる幌付きの荷台、さしずめカバ車の中でパーティメンバーであるユイがはしゃぎ、リョウがたしなめる。よくある光景だ。


 長く過ごしたコーメンツの町と、その外に広がる草原を抜け森に入ったところだったので、今ははしゃぐのも止む無しだろう。

 車の主の荷物が満載され狭苦しいのに元気なものだとも思うが、むしろこういう状況の方が楽しいということもある。


 カバ車の速さはかなりのもので、俺たちが全速力で走ったところで追い付けない速度をコンスタントに出している。


「あ!ねぇねぇ、スガさん見てください、あの木人もくじん可愛くありません?」


 はしゃぐユイが俺の腕を引っ張り格子の外を指さす。外を見やると、発言通りにウッディアン、木人の姿があった。


 基本的な単体での強さはその大きさと硬さもあり豚より強いとされているモンスターだが、群れることも多い豚の方がよっぽど質が悪い。

 最大高さ二メートル、直径は三十センチほどになる葉のない木の姿をした化け物であるが、ユイが指したものは一メートルほど。


 車高もあり完全に見下ろす形であり、動かずこちらを見送る姿は確かに愛嬌があるかもしれない。


 顔もなく正面がどっちかさえも分からないが、左右に一本ずつ生えている腕のような枝が力なく下がっていることもあり、しょんぼり俯いているようにも見える。

 軽く同意すると嬉しそうにするが、すぐに通り過ぎてしまったので「もうちょっと見たかったのに」と愚痴をこぼす。


 どうせヴォーヨンに着いてから木人は狩る予定なのに、よくここまで一喜一憂出来るなと感じる。


 それからも何かを見つける度にユイははしゃいだり愚痴ったりする。最初のころは俺としても新鮮な気持ちもあったが、そのうち面倒になって相槌を適当に打つだけとなった。


 しばらくそれが続くと流石にユイもこちらの心情を察し、幾分か大人しくなったが分かりやすく拗ねている。

 和を保とうとリョウがフォローしているが、あまり効果はない。我関せずで一言も発しないミリリが少し羨ましかった。


 この四人が現在のパーティである。



 道中は出てくるモンスターよりも格上である、荷台を引くカバのお陰で安全ではある。


 ただし、車はかなり揺れる。

 原始的な見た目だがサスペンションが付いているようで速度のわりには揺れないが、あくまで速度のわりにという話。コンクリートで舗装されたわけでもない道の上を硬い車輪で走っている以上、お世辞にも乗り心地が良いなんて言えないわけで。


 朝から夕方まで走り続けたカバ車から出た俺たちは、すっかりくたびれていた。

 終盤は、元気いっぱいだったはずのユイの発言も「辛い」「気持ち悪い」といったような呪詛だけになっていて、それを聞き続け余計に気が滅入った。


「とりあえず、今日はすぐ寝よう」


 満場一致で可決され、予め調べてあった安宿に向かう。

 普段であればユイが汚いだのなんだの文句を言いそうな宿であったが、今はその体力もないようで大人しく敷居をまたぎ部屋をとった。



 ◇



 翌朝、宿の一階にある談話兼食事スペースに集合する。前日の疲れを考慮し冒険者の朝としては少し遅い時間だ。


 ガタがきているのか元から不揃いなのか、四本足の椅子は三本の足で支えられており、重心が変わると音を立てて対角にある足に役割を渡す。どの椅子も同じように不揃いのようで、ミリリは無表情のままカタンカタンと重心を入れ替え遊んでいる。


 一足遅く着いたユイが「おはよ―」と声を掛けて来ながら、四つ目の席に着いた。


「今日は予定通り、午前は俺とユイで簡易魔法屋、リョウとミリリが周辺施設と狩り場の下見ね。正午に一度ここに戻ってきて飯を食って、午後は狩り。オッケー?」

「了解、問題ないよ」

「デート楽しもうね!」


 ミリリは軽く頷くだけ。予め決めてあったこともあり各々特に問題はなさそうなので、あとは雑談に興じながら朝食を待ち、食べ終わり次第行動に移るだけだ。


 案の定ユイがこの宿に対する不平不満を漏らし始めたが、対して広いわけでもないこの空間内では料理を作ってくれている店員に聞こえるかもしれないので、俺とリョウの二人で諫める。

 調理の音がこちらに聞こえているのだから、こちらの声が向こうに聞こえてもおかしくない。不興を買いサービスがさらに悪化したら目も当てられないのだから、勘弁して欲しい。


 出てきた朝食は、良くも悪くも予想通りのものだった。簡素な肉野菜炒めのみである。

 割合として肉は多いが、残念ながら慣れ親しんだ緑豚。原価で言えば野菜の方がよっぽど高い。コーメンツにいたときとなんら変わりのない食事といえる。もう少しマシなものを食べられるようになりたいものだ。




「ふんふふーん♪」


 機嫌が良さそうに前を歩くユイ。まあ今は機嫌が良くなってしかるべきとも思える。今から行く所は、こいつが強くなるために行くのだから。


 目的の店は町の中心地。



 ここヴォーヨンは東西に伸びる歪んだ楕円形をした巨大な都市で、多くの施設がある。地域性のないものに関してはなんでもあるといっても過言ではない。


 町の中心には塔がある。およそ十階程度のものと、その半分くらいの高さのもの。

 これは異界やダンジョンと呼ばれるものの入口であり、入口自体はゲートや門とも呼ばれる。一つは上層に行くほど難易度が上がっていく分かりやすいダンジョンであり、ここから食料を始めとした様々な資源が取れる。冒険者にとっても非常に都合が良い。


 この塔を囲うように冒険者向けの施設が多く集まっているのが中心部。東西は主に歓楽街や居住地で、北側には公的施設があったり富裕層が住んでいたりする。北東にはこの町の支配者の城もあるようだ。


 因みに俺たちの現在の宿は、貧困層が多い南の端側にある。


 詳しくいうと南側には小さな出っ張りがありその根本部分、町に入って少しのところに俺たちの宿は位置している。

 この出っ張りは南端区や貧民街とも呼ばれる場所で、外壁の門の外に作られている。


 貧民街は主に転生者達で形成されており、転生者に寛容なコーメンツをスルーしてしまった者たちが行き着く場所でもある。

 

 なんせそういった者たちができることというと、生息域である森から出て来てしまったモンスターをちまちま狩るくらい。金が貯まるはずもない。欲を出して森へ入ると死ぬだけ。

 働き口もない。この世界への理解がまるで足りてない上に信用度の低い転生者に任せる仕事などない。


 正直コーメンツに戻った方がマシなのだが、片道切符で来てしまったためにカバ車に乗せてもらうための資金や徒歩で行くための食料を用意できない。仮に持っていたとしても、プライドが邪魔してとんぼ返りを躊躇っているとあっという間に底が付いてしまうという話だ。


 ある程度ヴォーヨンでの身の振り方を考えておかないと、このアリ地獄に捕まってしまうため気を付けなければならない。



 中心部へ近付くにつれ家の作りが良くなっていき、道行く人の身なりもマシになる。

 身なりといっても、服装ではなく防具や装備という表現が似合う格好の者が多いので、この人たちもまた冒険者なのだろう。


 中には種族が違う者もいる。耳や尻尾が付いていたり体毛に覆われている者。石にしか見えない皮膚を持つ者。そもそも人型ではなくモンスターとそれほど変わらない者もいる。

 いかにもファンタジーという光景だ。コーメンツにも獣人はいたのだが、ほんの数人しかいないのではないかというくらい極少数だった。


 目的地付近まで来ると、そこら中気になる店でいっぱいだ。コーメンツにはいかにもな安物である武器や防具しか無かったが、ここには見るからにしっかりとした鉄製の武器や鎧が飾ってある。

 一応今持っている剣も金属製っぽいのだが、簡単な杭で止められた刃は持ち手との接合がすぐに緩み、それを見越してか掛けられた麻紐でなんとか衝撃に耐えられるようになっているありさまだ。一日どころか数回の戦闘毎に、軽くだが手入れする必要がある。


 しかしそれらを買い替える余裕はない。目を引く品物を意識的に無視して、立ち止まりそうになるユイの手を引き目当ての簡易魔法屋へ向かう。正式名称は魔法共天授局だかなんだか。


 ともかく、そこでユイに簡易魔法を覚えてもらう。

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