転生者が溢れた世界で

@nanotta

第1話 異世界は

 

 この世界は地獄だ。



 そう思ったのはこれで二回目。いや、二週目と言った方が分かりやすいだろうか。


 一週目は、何の目的もなく生きるだけ、苦しむだけの地獄。今死ぬことと数十年後に死ぬことによる差を見いだせない日々。

 必至に娯楽を見つけそのために頑張ろうと自身を奮い立たせようとしても、虚しさが増すばかりだった。



 そして二週目。


「新しい世界で自分だけの物語を始めよう!」

「理不尽だらけの世界から抜け出して、第二の人生を楽しもう!」


 そんな謳い文句で転生というシステムをアピールする集団が現れたのはいつだったか。


 蔓延るモンスターに、それを倒す冒険者。


 多くの人が夢見た世界に行けると言い、それを証明するように不思議な力を使う集団。元の世界には戻れないという話だったが、それでも止まらない者で社会は溢れていた。


 怪しさもありすぐにとはいかなかったが、自分もまたその一人だった。

 記憶や魂みたいなもの以外の全てを失うなどと言われても、迷いなく自身の人生を捨てられる程度には思い入れがなかった。


 そうして転生した。


――ここ、新世界『エベナ』に。


 ここには自由があると思った。力を付ければどこに行っても生きていけるし、何でもできる。

 正当な評価を受けられず、コネがあったりご機嫌取りだけ上手いやつが昇進して行くこともないし、理不尽に残業を押し付けられ娯楽の時間が蝕まれ死にたくなることもない。常識だマナーだといつから始まったかも分からない意味のないことに手間を取られることもない。


 だが自由というものは、全てが自己責任ということでもある。

 前の世界では仕事中の負傷ならば最低限は職場が守ってくれるし、保険もある。そうでなくとも家族や地域、果ては国が人権などと言って守ってくれる。


 そういったものは何もない。



 つまり、目の前でモンスターに襲われている冒険者を助ける義理なんて、横にいる衛兵にはないし俺自身にもないということなのだろう。


「助けないんですか?」


 試しに衛兵に聞いてみる。


「どっちを?」


 腕と足を一本ずつを食いちぎられ骨であろうものが見えている血まみれの人間と、噛みちぎった肉を咀嚼しているモンスター。


 当然人間の方を助けないのかと聞いたつもりだが、どうやらここでは当たり前のことではないらしい。


「あっちの……なんでもありません」


 言いかけた途中で、首を噛まれた人物が動かなくなった。絶命したのだろう、もはや助けるべき対象はいない。


 転生初日、そして始まりの町「コーメンツ」に来た直後の出来事だった。



 ◇



 この町には、大きく分けて二種類の人間がいる。転生者と、住民だ。


「町にやって来ては利益どころか損失を生み出す転生者など、死んだ方がマシ」


 勝手に壺を割ったりタンスを漁ったりする異常者も珍しくないらしいのだから、自然な考えともいえる。


 とはいえ転生者の全部が全部悪者ではないのだから、問答無用で締め出すのはおかしい。そうした考えで転生者を受け入れているこの町は、むしろ寛容な方なのかもしれない。


 しかし町の住民の好意を理解しない転生者は、好き勝手して衛兵に捕まることも多い。

 時間的にも資金的にも、更生させる余裕なんて持ち合わせていない町が行う犯罪者の対処方法。そんなものは限られており、想像に難くない。


 では暴走しない転生者はどうかというと、これもほとんどは悲惨な運命を辿る。


 早速冒険の一歩を踏み出そうと町の外に出ると、すぐにモンスターに出会うことになる。

 硬化した大きな鼻を武器に体当たりを繰り出し、痛めつけた相手を控え目な牙で食いちぎる雑食の緑色をした豚。正式名称「グリンピッグ」通称「緑豚みどぶた」。


 始まりの町に相応しい最弱クラスのモンスターであるこの緑豚に、転生者はまず勝てない。


 転生時からほぼ成熟した体を与えられているため勘違いしがちだが、正真正銘産まれたばかりの肉体に宿る身体能力は子供同然。さらに手持ちの武器は石のナイフだけ。


 ただの子供が突進してくる野生の猪に接近戦で勝てるのかという話だ。


 そして一度倒されてしまえばそのまま緑豚の食事となり、この世からおさらば。短い第二の人生お疲れさま。第三の人生は無い。


 つまるところ転生者とは、その多くがただただ死んでいくだけの存在。情けを掛ける対象には成りえない。

 転生者最初の試練は、死なないこと。ただそれだけだった。



 とはいえ、町から出ずにいて余計なことをしなければ安全そのものである。

 身体能力も急速に見た目に追いつく。本当に、ただ死ななければいいだけのこと。


 コーメンツでの生活に慣れ始めるとちょっとした拍子抜け感がありながらも、やっぱりある種の地獄だなと思えてくる。


 この町は、特産品である緑豚で成り立っている。


 緑豚はその皮膚に食物から得た毒を凝縮しているが、綺麗に解体し洗浄すれば問題なく食せる。肉は不味くもないが美味しくもない。 

 毒のある皮膚は腐敗が早く利用方法はなく、猪の様に大きな牙があるわけでもないので肉以外に価値はない。ただ食肉として使用されるだけ。

 しかし安定供給できる肉があれば食事には困らないし、他の町に売ればある程度の金にはなるらしい。

 

 さて、ここで問題。

 この緑豚が食べている餌はなんでしょう。


 答えは既に出ている。人肉だ。


 もちろん草も食べている。ただしコーメンツの外に広がる草原を成している雑草は、「廃草」と呼ばれるほど非常に栄養価が低く、弱いが毒性もある。緑豚はこの毒が効かず再利用できるが、そうしたことにも体力を使う。これだけを食べて育つことは難しい。



 この町は「緑豚が転生者を食べ、その緑豚を住民が食べる」というサイクルで成り立っている。間接的カニバリズムといったところだろうか。

 間接的ならば気にすることではないのかもしれないが、いかんせんそのサイクルが近すぎる。なんせ町を出て少し歩くだけで、その光景が視界に入る。吐き気を催しても不思議はない。

 

 その事実に気付いたときは俺も胃の内容物を戻しそうになったが、既に散々緑豚を食べていた後だったので、今更だと思い酸っぱいそれを呑み込んだ。

 既に町の各所でバイトに励み「住んでいる」と表現しても差し支えない状態だったが、このとき初めてこの町の、この世界の仲間入りをした気がした。


 買取所でも丸ごと持ち込まれた獲物を解体するバイトをしたのだが、緑豚から未消化の肉や毛髪が出てくるなんてざらだった。



 コーメンツで生活をしていると、色々なことに気付き知ることになる。緑豚の食性もそうだが、町の仕組みや成り立ち、この世界の常識なんてものもある。


 衛兵が、処した犯罪者を緑豚に与えているのを見たときは嫌悪感の後に合理的だとも思った。

 想像していた冒険者ギルドどころか酒場すらないことに落胆した。それに伴うクエストという存在もなかった。

 転生者の量と、その厄介さを身をもって知ることも多々あった。転生者はまさに湧いて出てくるといった具合だ。

 

 そして、ただ生活をして気付くだけではなく、積極的に調べる必要もある。異世界じゃなくとも、生活を送るなら現地のルールを知っておくことは大切だ。思わぬうちに自分が犯罪者になっている可能性すらある。

 ルール以外にも知りたいこと、知っておかなければならないと思うものはいくらでもあった。



 そのために、情報屋というものが存在している。


 路地裏の薄暗い場所でこっそりと取引をする……わけではなく、堂々と大通りに看板を構える店だ。

 ニコニコと出迎える女性店員は俺にとって胡散臭いとしか映らなかったが、流れるように繰り出される言葉、遠まわしな質問の意図をすぐに察する頭の回転の速さに驚いた。

 もっとも、転生者の疑問なんて分かり切っていて何も考える必要がないのかもしれないが。


「豚肉の話ですよね?植物を食すのとあまり変わらないと思いますよ。土ってかつて死体だったものの山じゃないですか。養分を吸収する器官が根っこか胃なのかという差くらいかと。そもそも栄養に分解された時点で元の形なんてなんの関係も無いですし。

 だいたい、雑食性の生き物が人間を食べない理由がありますか?因みにこの世界の生き物はほとんどが雑食性ですよ。家畜と呼べる生き物もいません。もし餓死したいなら町の外でお願いしますね」


 食事を吐きそうになったその日、食料について話をしようとしたらすぐこれだった。耳にタコができるほど繰り返されたやり取りなのだおる。


「冒険者ギルド?クエスト?不特定多数の何の信用もないゴミにコストを掛け商売を託すという意味不明なシステムのことですか?」


 説明された考え方に納得がいくかはまた別の話だが、素早く明確な回答が返ってくることには違いない。


「手に入ったものは買取所へお願いします。需要があれば買ってくれます。供給が少なければ値上がりします」


 ともかく、まだまともに狩りなんてできないと感じた俺はひたすら金稼ぎと情報収集に努めることにした。

 信頼を置く置かないなどと上から評価を下すなど見当違いも甚だしい。むしろこちらが信用を勝ち取らねばならない立場だ。

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