第34話


 ミツバがガラスペンを走らせる様を、ミントは少し離れた場所からただ見ていた。紙とペン先が擦れる音は、どこか子守唄のようで心地いい。

 一枚の便箋が文字で埋まる。

 ミントに見守られながら書き記された文字たちは、封筒という布団の中にそっと寝かしつけられた。シーリングスタンプの鍵がかけられる。それはもう、受け取り手に渡るまで、眠り続ける運命だ。

「スッキリした?」

「どうだろう」

「逆に、苦しくなった?」

「そうかも」

 ミツバはミントを手招く。ミントはそれに応じ、ゆっくりと近づくと、すぐそばでひざまずく。

 ミツバがそっと頭を撫でた。

 呼吸の音が、荒くなる。

 そっと、そっとミツバの手は同じリズムで頭を撫でる。

 ひっく、ひっくとしゃくりあげる音が、あたたかく優しい手のひらが包み込むその内部から、響く。

「きっと、ユズが受け止めてくれるから」

「……うん」

「大丈夫だよ。みんな、一緒だから」

「タイムは? タイムも、一緒?」

「うん。へーき。ミントは、これからもタイムと一緒にいてくれる?」

 こくん、と頷くと、

「どんな未来が待っていても、あたしはタイムを捨てないよ」

「羨ましいな。ミントみたいな妹を持てて、タイムは幸せ者だね」

「そう、かなぁ」

「少なからずわたしは、ミントたちのその繋がりに嫉妬しているよ」

 ほんの少しだけ、ミントが落ち着きを取り戻した。すぅ、はぁと大きく深呼吸をすると、にこりと笑う。

 ミツバはミントの両手を握り、目を見た。

 互いの視線は、逃げることなく、ただ交わる。

「それじゃあ、ミント。よろしくね」

「うん。任せて」

「ユズとは、どうする?」

「前に話した通りでいい。心はもう……揺れないよ」

「オーケー。じゃあ、時が来るまで、待っててね」

 ミントが部屋を後にすると、ミツバは目を閉じた。

 瞼の裏に、少し先の、理想の未来を描く。

 朧だったワンシーンが、鮮やかなものへと成長した時、頬を上げ、緞帳を上げ、今を見た。

 立ち上がる。ユズを迎えに、歩き出す。


 ミツバが扉を開けると、うずくまり、小さくなっているユズが震えていた。

 そっと、けれど確かに足音を立てながら、近づく。

「ユズ」

 抱きしめる。震え丸ごと包み込むように、優しく、ぎゅっと。

「どうしたの? ユズ」

「怖い。時間が進むのが怖い。ぼくは、ちょっと前みたいに生きたい。今は、なんだか、苦しい」

 ミツバの呼吸のリズムはブレない。

 ミツバはそれがユズにうつるまで、どれだけ感情が揺れようと、肺の動きだけは制御しようと決めていた。

 鼓動と足並みが崩れた。

 自然と体に力が入る。

 抱きしめる力が、強くなる。



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