第21話


 まだ、約束の時間まではかなりあるが、ユズはすでに会場である砂浜にいた。

 準備という準備はないけれど、皆より先にその場へ行き、現地でイメージトレーニングをしたかった。

 その時が近づくほどに、ドキドキと胸が鳴る。ニヤつきそうになる顔を、真顔に戻そうと幾度も揉んで叩く。

 落ち着かなくて、砂浜を行ったり来たりした。小さなシーグラスを見つけると、ふと思いつき、大きく綺麗なものはないかとひとり宝探しを始めた。

 ――見つけたらミントにあげるんだ。〝きもたのし〟に〝きもうれし〟もセットにしたら、きっと喜ぶぞ。

 月明かりが、煌めくもののありかを教えてくれる。

 ユズは大きな光へと駆けた。

「なんだ、ゴミかぁ。誰だよ、こんなのを海に捨てたのは」

 ぷう、と頬を膨らませ、それを拾い上げる。

 ふと、気づく。シーグラスとて、元はゴミだ。人が、勝手に捨てた瓶。海を旅する過程で、角の取れた丸みのある、美しいゴミ。

「君も瓶だったら、ぼくみたいな人に拾ってもらえたのにね。あぁ、違う違う! ぼくはちゃんと、君をゴミ箱まで連れて行くよ。君だって、価値あるものなんだからね。役に立ってくれてありがとう。生まれ変わったら、また、よろしくね」

 旅路だっただろう、海を見た。

 遠く遠く、空と海の境目が、濃く、くっきりと見える。

 あの色の向こうに、別の世界が、ある気がした。

「ユズ?」

「うわぁ!」

「なによ。お化けでも見たみたいに驚いちゃってさ。前にもこんなことあったよね? まったく。ユズは成長しないなぁ」

 気づけば、みんなが揃っていた。

「ユズだけ〝きもだめし〟してる……。ビビりだ! ユズチキンだ!」

「あはは! こんなことなら、もっと色々考えたんだけどな」

「色々?」

「ユズが怖がるようなことをさ」

「あー! そうだよね! ユズがひとりで準備してることをいいことに、我々があんなことやこんなことを」

「ヒュー、ドロドロドロ!」

 三人がケラケラと盛り上がる中、ユズはひとりムッとしていた。気づいたチャービルが、苦く笑いながら、

「ユ、ユズ……?」

 声をかけるも、表情は微塵も変わらない。口は縫われたように動かない。

「あのぅ、ユズ?」

「……みんな」

「ユズ、ごめん」

「みんな」

「何?」

「ここで少し、待ってて」

「え?」

「みんな、ここで待ってて。ぼくがいいって言うまで待ってて。ちゃんと待っててくれたら、ぼくをおちょくったことを、この海に流すよ」


 言われた通りに、動かずに待つ。

 ユズの姿を目で追うが、ただゴミ箱を探して右往左往しているだけのようにしか見えない。タイムはクスッと小さく笑った。ミントはすぐさま「笑うな」と言うかわりに、タイムをつねる。タイムは「笑ってませんよ」とでも言いたげに咳払いをした。

「で、ユズは何を考えてるんだろうね」

「さぁ」

 ユズが砂浜に降りる。と、三人の視界の中で、ひとり砂いじりを始めた。

「ユズ、何してるんだろうね」

「砂で城でも作る気か? アイツ」

「それならこんなに離れてやる必要、なくない?」

 ユズの手元が、ポッと光った。

「アイツ! ……ヤバい!」

 タイムが叫ぶ。ミントとチャービルは、キョトンとユズを見つめ続けていた。と――

 ドン!

「逃げろ! 隠れろ! いいって言われてねぇけど、これ、じっとしてんの無理なやつ! あー、もう! ユズのバカー!」

 低い空に、一輪の花が咲いた。

 四人は、夜の闇が深い方へと駆ける。

 スリリングでエキサイティングな一瞬は、それぞれの胸をも弾けさせた。

「これじゃ〝きもだのし〟じゃね?」

「なにそれー!」

「肝試されながら楽しんでるってことでしょー?」

「そう、それ!」

「どう? みんな! きもたのしぃ?」

 追いついたユズが尋ねると、笑顔が咲いた。

「やりすぎだよ! バーカ!!」

 駆ける、駆ける。身を隠せる場所に辿り着くまで、足を止めることなく駆ける。

 赤色灯は、追いつかない。


 深夜に花火を打ち上げた人の幻影は、夜の海に溶けた。

 海は大あくびすると、べぇ、と舌をのばす。ペロリ、と痕跡を腹におさめて、何事もなかったかのように凪いだ。

 ある夜の謎めいた開花は、『ガイストの仕業』として、人々に興味と恐怖のタネを蒔く。


 犯人は永遠に、逃走している。



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