第12話


 話を聞くに、わたしたちの本当の目的地に、もう片方のわたしたちは予定通りに降りていたらしいんだ。機材トラブルか何かで、一瞬レーダーから消えていたみたいだけれど。

 いうて空の上での機材トラブルは命取りだ。だから、皆揃って「無事に降りられた」と、その人たちは安堵した。

 そして、わたしたちの登場をもってして、その安堵は暗雲に変わった。

 わたしたちは、共に困った。

 こんな変なことが、空想の世界ではなく現実で起こるとは。それも、イリュージョニストが絡んだ壮大なショーでもなく、ただの日常で、だ。

 わたしたち――こちら側の、と言った方が親切だね。こちら側の人は、「自分こそが本人であり、そこにいるのは偽物だ」と叫んだ。すると、あちら側の人もまた、同じことを叫んだ。

 どちらが本物であるかをはっきりさせるために、体中調べた。血液検査やらなんやら、色々やったよ。そうしたら、完全なる複製体であることがわかった。

 もう、こうなったら笑えてきてしまって、自分に自分で挨拶しだした人もいた。

 空飛ぶ飛行機がどのようにして複製マシンと化したのかは、誰にもわからなかった。

 混乱の中、単一体の人間が言った。

 気持ち悪い。どちらか片方、本人を選べ、と言った。

 すると、自分こそが本人だと、自分と殴り合う者がいた。

 どちらかなんて選べないと、涙を流し、慰め合う者もいた。

 完全な複製体であるから、どちらか片方が本人として生き、もう片方がコピーとして存在すること自体は、問題ないと私は考えた。まぁ、少し考えただけでもとめどなく問題点が湧きだしてくるんだけれど。どうにかできるかな、って、思えはした。

 だから、わたしは、

「わたしは隠れて生きる。あなたはここ数日、この国で普通に生きてきたのでしょう? そのままの暮らしを続けて。わたしは、本人でなくてもいいから。ただ、ひとつお願いしたい。隠れて生きるのは簡単ではないから、わたしの暮らしを、サポートしてほしいんだ」と、わたしに言った。

 複数の体と心をもつ者たちは、それぞれが思うように暮らした。

 片方を殴り殺して単一体になった人がいれば、ふたりなら怖くないと共に海に飛び込んだ人もいた。

 わたしのように片方を本人とし、もう片方が忍ぶことによって、共存の道を選んだ人もね。

 複数体の暮らしは、なかなか過酷だった。

 わたしの場合は相手をメインとして生活していたわけだけれど、となると相手に大きな負荷がかかってね。ある時、不平等だと言われてさ。けっこう揉めたんだ。

 ユズはミッキーマウスの噂を知っているかな? 彼は一匹しかいなくて、うまいことスケジューリングされている、というやつ。あっちにいたのにこっちにいるのはおかしい、という現象が起こらないように配慮されているんじゃないか、というやつ。

 わたしたちは、そのミッキーマウスにならなくてはならなかったんだ。どちらかが活動中はもう片方は完全に身を潜める。なおかつ、片方の活動をもう片方はできる限り把握しなければならない。そうしないと齟齬が出るからね。

 わたしは、自分のレプリカが欲しいと思ったことがある。ラクしたくてね。だけど、実際複製されてみると、厄介ごとしかないんだよ。手と手を合わせたら溶け合ってひとつになればいいのにと、何度思ったことか。

 時が経つと、どちらかが死んで、生きるもう片方が籍のない生物と化すケースが出た。

 それをきっかけに、どちらかが事件や事故によってではなく、ひっそりと死んだ場合には、その亡骸をこっそりと処理するようになった。そうすれば、複数体から単一体への移行が成せるからだ。

 単一体となり生き続けるその人が、わたしたちと共に異国に降りた者であるか、そうではないのか。それを知るのは当人のみであって、わたしたちの知るところではない。

 ひとりが死ねば、ひとりになれる。

 ひとりが死ねば、だんだんと日常に戻る。

 ただ、物語の中にしばらくの間飛び込んでいたのではないかと思う、不思議な記憶を残して。

 ある日のことだ。突然、わたしの前にマリーが現れた。わたしではないわたしには、彼女がわからなかったはずだ。だから、マリーはわたしと会うだなんて運がいいな、と思った。しかし、違った。マリーは〝わたしを狙って〟会いに来たのだ。

 用件は、「今までと異なる生き方をしないか」というものだった。パッと理解することが出来なくてね。だいぶ困惑したのを覚えてる。

 今しているのは、マリーに言われた異なる生き方だ。それぞれに与えられた特別な能力を活かして、時に退避世界を作って、人の生活のそばで、ひっそりと隠れるように暮らしている。副産物を使ってお金を得たり、本人――オリジナルに協力してもらったりしながら、生きている。

 派手な生活ではないけれど、それなりに満ち足りているよ。

 この道を選んだら、オリジナルとうまくやれるようになったし。

 ……できるだけ詳しく話そうとしたら、長くなり過ぎてしまったね。

 そう。タイムはその名の通り、と言っていいのやら、時を操る能力を宿してる。ただ、行使の代償が身長だから、使いたがらないんだよね。ミントは並行世界とのゲートで、チャービルは歴史改変、だったっけ?

 あれ、並行世界の話は……まだしてなかったか。話が大きくて困るね。



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