世界(ところ)異(かわ)れば片魔神

緋野 真人

WinWinな誘い

Wifi求めて

 ここは、北海道のとある地方都市――時は、晴れた夏空が青く拡がっている、平日の午前中。


 その街の、廃線の噂もチラホラと聞こえている鉄道の駅前にある、聞こえ良く言えば……『複合商業施設』の中にある、決して広いとは言えないエントランスの光景である。


 その施設は、駅のホームから見て右手にはパチンコ店、左手にはスーパーが併設されており、このエントランスはその両店の連絡通路と言った恰好で、両店を訪れた客の一種の休憩場所として、数卓のテーブルと椅子――そして、排煙装置を完備した喫煙所がある造りだ。


 目立った施設はその両店と、喫煙所の隣の一角にある簡易カットの理髪店がある程度で、一応は3階建てではあるが、2階は全てパチンコ店の立体駐車場、3階には以前、パノラマ展望も望めるレストランなどもあったが、それは数年前に閉店の憂き目を喰らい、今は蛻のなんとやらである…


 まさに……『聞こえ良く』と、含みを持たせたとおり『複合』と言うには正直、名ばかりなシロモノだ。



 北海道――その中でも、札幌圏から離れた都市の現状は、大体は同程度の寂れっぷりとは言えようが、この辺りはこの物語とは深く関わっては来ないので、あくまでも描写の補完としてイメージを拡げて頂ければ良い。



 そのエントランスの1卓に座り、スマホの画面を眺めながら休憩をしているのが、この物語の主人公――名は、山納やまの公太こうた、34歳の男性である。


 背丈はそれほど大きくはないが、ガッチリとした肉感を秘めた体格――所謂『太マッチョ』な雰囲気で、服装は無地の青いTシャツに、黒い4本線のハーフパンツというラフなモノだ。



 ――働き盛りの大の大人が、平日の午前に、そんな恰好で……しかも、パチンコ店が併設されている施設に出没しているとなれば、それこそ『そのスジの輩』が目の敵にしたくなる類の者かと言えば、彼の場合は『そうだ』とも『違う』とも言えない生活を送っている。



 その理由を現す物が、彼の左側に立てかけられた……”杖”と、彼の右足に装着されている、義足に近い形の”下肢補助装具”だ。



 彼は…右半身に、著しいレベルの麻痺障害を負っている。



 その原因はありがちと言えば何だが、脳血管が破れてその血液が神経を侵した…脳出血という病気ヤツである。


 彼は2年程前に発症し、救急搬送されたが何とか一命は取り留め、懸命のリハビリに因って今は、こうして単身で外出が可能なまでには回復したが――未だ、社会復帰出来たと言えるまでには至っていない。



 そこまで戻っていれば、職のクチもあるのではないかと思う方も居るだろうが、それを言えるのは、あくまでもそれは、障害者雇用にも積極的な大きめの企業が、居と言える場所を構えている、政令指定都市規模の都会に住んでいる様な方の理屈に過ぎない。


 北海道という土地柄で、ましてやこの様な規模の都市では……公太の様な身体障害者の雇用率は、稀と言えるレベルの数字しか出てこないと言っても、間違ってはいないであろう。


 それに、彼の最終学歴は高卒で、別に誇れるような学歴があるのではなく、これと言った特殊技能を持っているワケでもなく、健常者の頃はまさにその身一つで、所謂『ガテン系』と評するべきキャリアしかない。


 つまり、その『身』がモノにならなくなった時点で、社会復帰への道は絶たれたのと同義なのだ。


 幸い、彼程度の中度を超える身体障害ともなれば、健常者の頃に積み立てた厚生年金から、年齢的に微額ではあるが……障害年金が支給されるので、何とか最低限の生活費は確保出来てはいるが、決して楽ではない。



 彼が今日、自宅から徒歩で、右足が不自由な彼のスピードで約1時間をかけてまで、この施設を訪れたの理由は――数か月前に、清水の舞台からなんとやらの精神で加入したスマホを用いて、趣味であるアニメの動画を、この施設で提供されている無料Wi-Fiを使って通信し、観覧しようと思ったからだ。



 イマドキ――スマホを得るのに、そんな精神が必要だったり、たかがアニメ鑑賞にわざわざ無料Wi-Fiを求めて、一時間かけてまでここまで来たのは、もちろん両者とも経済的な理由が主である。


 彼の生活水準でスマホを持とうとしたら、理想は最低リミットの1GBであるが、せいぜい頑張っても5GBのプランが限度だ。


 それで、アニメの動画を1話――約25分を毎週観るには、自前の通信量では厳しい。


 故に彼は、良いリハビリにもなると自分に言い聞かせ、こうしてこの施設を訪れているのである。


 それにしても、ガテン系の太マッチョが、実はアニメ好きと言うと、少し苦笑いしてしまうかもしれないが……これは紛れもない事実である。


 まあ流石に、アニオタを名乗れるほどのコアなファンではなく、単にその世界観や物語を楽しんではいる、決して”にわか”とは言い切れないレベルと思って貰うのが適当だ。


 アニメ好きが観たいと思える様な作風のモノは、大概が深夜――そして、地上波では全国展開していないモノがほとんどで、北海道もそれは例外ではない。


 公太が今、観ているのは……北海道では放送していない、最近の流行りとも言える、異世界転移、転生を扱っている作風のモノだった。


 彼は施設内のスーパーで行われていた、48円均一セールで買った缶コーヒーを片手に、100均一のイヤホンをスマホに装着し、彼がそれを耳へと入れて、その異世界転生モノのアニメ鑑賞をしていた、その時……



「アノォ……チョット、スイマセン?」



 ――と、誰かが彼の肩を叩き、その誰かは片言の日本語で声を掛けて来た。



「……はい?」


 公太が画面から顔を上げ、その女性と思しき声音の方へと振り向くと、そこに居たのはフードを深く被り、ブロンドの長い髪を垂らした若い女性だった。

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