第8話 誘拐

奴隷生活も半年が過ぎた。

首を隠しながらの外出も、緊縛されながらの行為もすっかり慣れてしまった。

良い風に言えば馴染んできてる。

悪い風に言えば……油断していた。

私は、私の若くて可愛いご主人様が極道の幹部であるという認識が薄まっていた。

……誰かに恨まれてもおかしくない人物であるという事を忘れていた。

だからこんなにも簡単に攫われてしまうのだ。



「んんっ、んー……!」



夜中まで買い物が続き、人通りの少ない道に差し掛かった所で目の前に大型のバンが行手を遮るように停車した。

そしてドアが開いたかと思うと、一言も発する暇も無いまま車内に引き摺り込まれた。


口に布を詰め込まれて結束バンドで吐き出せないように固定された。

殺されたくなかったら、と脅されて手足も結束バンドで拘束された。

アイマスクとヘッドフォンを付けられて視力と聴力も奪われた。

私はただただ不明瞭な呻き声を上げて車に揺られる事しか出来ない……




※※※※※



「んんっ⁉︎」



車が停車し、抱え上げられた。

そのまま運ばれて椅子に座らされると、ガムテープで体と椅子をグルグル巻きにされて固定された。

目隠しとヘッドフォンを外されて視界と聴覚がクリアになる。


ここは……ホテルの一室?

ガタイの良いコワモテの男の人達が複数人。

そしてその中で一際年配……60代後半と思われる、貫禄のある厳かなお爺さん。



「はっは、強引な招待で悪いなぁ姉ちゃん」


「んー!」


「待て待て! おい、外してやれ」


「うす」



男の人がに私の猿轡を外され、私はすぐさま口を開く。



「貴方達なんなんですか! 私をどうするつもりなんですか⁉︎」


「そう焦んなよ姉ちゃん。別に取って食おうって訳じゃねぇんだ」


「じゃあ何を……っ!」


「鳳 高嶺」


「……っ⁉︎」



高嶺様……⁉︎



「俺等ちぃっとソイツに用があってな。

呼んでも来てくれねぇんでこういう手段を取らせて貰ったって訳だ」


「私は……関係ありません」


「んなこたぁねーだろ? こちとら調べは付いてんだ」



やっぱりバレてる……



「高嶺様に何をするつもりですか!」


「あん? あー……まぁ、復讐って奴よ」


「……っ⁉︎」


「……やめてください」


「ん?」


「お願いします! 高嶺様に酷い事しないでください!

幾ら極道の幹部でも……あの子はまだ子供ですっ!」


「関係ねーよ。勝負事にガキもジジイも違いは無い。おい、高嶺に連絡はしたのか!」


「うす。コイツの写真付きでメールを送信済みです。

一人で来るようにも伝えました」


「来るってか?」


「こちらに向かっているようです」



そんな……っ⁉︎

高嶺様は小柄で、運動が苦手で、力も弱い。

男の人と喧嘩したって絶対に勝てっこ無いのに……!


あぁ、高嶺様……来ないでください。

私の事なんて見捨ててください。

どうか、どうか……!



「親父、鳳 高嶺が来ました」


「通せ」



お爺さんは男達に命じると、どかっとソファーに腰を下ろした。

私は椅子に縛られたままなので部屋の入り口がよく見える。

あぁ、高嶺様が来てしまった……⁉︎ そんな、ダメ……!



「約束通り一人で来ましたよ、大杉組長」


「久しぶりだなぁ、高嶺ぇ?」


「私の奴隷を返して頂けますか?」


「勝負に勝ったらな」


「駄目です! 逃げてください高嶺様っ!」


「黙りなさい。本当に私が勝ったら解放してくれるのですね?」


「高嶺様……っ」



なんで……! 私なんて見捨てて逃げていいのに!

このままじゃ高嶺様が酷い目に遭わされるのに……!

私の目から見ても大杉と呼ばれたお爺さんも、その手下の人達も強そうに見える。

高嶺様では逆立ちしたって勝てる訳が無い……っ!



「あぁ、俺に勝ったら二人とも無事に帰してやる。おい、アレ持ってこい!」


「うす」



大杉さんの命令で部下の一人が何かを持ってきた。

あれは……雀、卓……?



「え」


「何を間抜けな声を出しているのですか?」


「え、あ……勝負って麻雀、何ですか

? 殴る蹴るとかじゃなくて……?」


「がっはっは! 女子供に喧嘩で勝って何の意味があるってんだ!

言ったろ? これは復讐なんだ。麻雀での負けは麻雀で返す。それが極道のルールってもんよ!」


「そ、そうなんですね……」



確かに筋は通ってるけど……大杉さんもなかなかに良い性格をしているようだ。

とは言え、これで高嶺様に危害が加わる事は無さそうだし、私としては一安心、かな……?



「昔はなぁ、結構デカい組だったんだぜ?

それがコイツに負けてシノギを取られちまったもんだからこーんなちっちゃくなっちまってよぉ!

以来、鳳組とシノギを取り合えるレベルに戻れてねぇからリベンジも出来ねぇ。

麻雀やろうぜって誘っても全然来ねーしよぉ」


「だからと言って人攫いまでするなんて……呆れますね。さぁ、早く席に着いてください」


「よっしゃ! お前ら入れ!」


「うす」


「失礼しやっす!」


「ちょ、3対1ですか⁉︎」


「安心しろ、コイツらにゃあマジでやるように言ってあるからよ」



信用出来ない……! あぁ、でも高嶺様は座っちゃったし私は麻雀分からないし……!

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