破滅の兆し

「さて!

 勢い込んでやってはみたが……。

 結果は、散々だったな!」


 王城から派遣されたのだろう人々が、リーベン氏と共に撤収準備をする中……。

 元の格好へと戻ったゲミューセ王子が、ぽんと手を合わせながらそう言った。


「まさか、こうも受け入れられねえもんだとは……。

 正直、悔しい気持ちです。

 お嬢様は、自分の誕生日にこんな思いをしたんですね」


 かごへ満載されたままのもやしを見ながら、レイバがつぶやく。


「うん。

 貴族とか平民とかじゃなく、まず、この見た目が受け入れてもらえないんだね……」


 そう言いながら、もやしを一本、手に取る。

 育てたのはレイバだが、スプラとて、思い入れでは負けていない。

 これを否定されると、まるで、自分自身も否定されたかのようだ。


「食に対する価値観は、身分の貴賎を問わないということだ。

 今回は、それを知れたのが収穫だな」


 今回、一番張り切って事に当たったゲミューセ王子が、特に落ち込んだ様子もなくそう告げた。


「ゲミューセ様……。

 なんか、あんまり気にしてないみたいですね」


 そんな彼に、若干、白い目を向けてしまうのがレイバだ。

 捉えようによっては不敬とも取れる態度だが、王子は気にした様子もなくうなずく。


「ああ、考え方の問題だ。

 我々は、失敗したわけじゃない。

 ただ、上手くいかないやり方を試しただけだ」


 あまりにも、前向きなその言葉……。

 それは、スプラに存在しない思考法である。


「上手くいかないやり方、ですか。

 ……はは、そりゃいいや」


 レイバが、苦笑しながらそう告げた。

 だが、皮肉で言っているわけでないことは、態度からうかがえる。


「そう。

 このやり方で上手くいかなかった以上、別の方法を模索すればいい。

 スプラよ。

 このもやしは、あとどれくらい保つ?」


「命の短い野菜なので、今の気温なら、明日が限度かと」


 それには、はっきりと答えられた。


「明日か……。

 なら、なんとかなるだろう」


「また何か、新しいことをされるつもりですか?」


 暗に、それで苦労するのは自分だとほのめかしながら、リーベン氏が尋ねる。

 そんな家臣に、王子ははっきりと告げたのだ。


「無論。

 我が辞書に、立ち止まるという文字はない。

 試せることを、どんどん試していくだけだ。

 その内、ひとつでも上手くいく方策が見つかれば、御の字なのだ」


 なんとも力強い言葉。

 確か、東方の言葉には、七転び八起きというものがあったか。

 彼こそは、まさにその体現者であるといえるだろう。


「と、いうわけでだ。

 スプラよ。今日は家まで送ろう。

 そしてまた、明日の朝一番で迎えに行く。

 レイバはどうする?」


「おれは、ひとまず自分の家に帰ります。

 まだ、この時間なら最後の列車に間に合いますし、お嬢様から預かった畑の世話もありますから。

 そんで、その明日にやることへは、参加できそうにないのですが……」


「それは構わん。

 そちらもそちらで、重要な作業だからな。

 こちらに関しては、俺とスプラでなんとかしておこう」


 スプラが口を挟む間もなく、王子とレイバとの間で着々と段取りが組まれていく。


「よし! では、明日に備えて今日はしっかりと休むぞ!

 解散!」


 ゲミューセ王子の宣言で……。

 駅へ向かうレイバや、王城に帰る王子一行が速やかに動き出す。


「お嬢さんは、私がお送りします」


 スプラにそう言ってくれたのは、リーベン氏であり……。


 ――自分で送ってくれるわけじゃないんだ。


 スプラとしては、そう心中でつっこむ他になかった。




--




 印刷技術が発達して以来、紳士たちの間で大いに流行っているのが、カードを用いた遊戯であり……。

 とりわけ、ポーカーはその代表格であるといえるだろう。


「もらったな。

 6と8とのツーペアだ」


 プーアー伯爵家の長男ハベストは、そう言いながら、自信たっぷりに手札を開示した。

 しかし、それにさらなる不敵な笑みで返したのは、最後まで下りずに張り続けた友人の一人である。


「残念だったな。

 同じツーペアだけど、こっちは3と10だ」


 手札を開示した相手が、首をすくめながら宣言した。

 そして、卓上に乗せられていたチップを、一気に自分へとかき集めたのである。


「ついてないな、ハベスト。

 今日は今のところ、上乗せすればするほどに負けてるじゃないか」


 集まった若き貴族の内、一人がからかうようにそう言った。

 帝都に存在するプーアー伯爵家の邸宅……その一室である。

 誰かの屋敷へと集まり、カード片手に時勢などを語り合うというのは、若い貴族男子の間ではよく見られる光景であった。

 当然ながら、そのような場で賭ける金は遊びの額であり、失ったところで、さほど痛いわけではない。


「そういう日もある。

 今日は、君たちの方がついているというだけさ」


 だから、ハベストは余裕たっぷりにそう言い放ち、紅茶をひと口飲んだのである。


「あれじゃないか?

 婚約を破棄したから、運が向かなくなったとか?」


 しかし、その言葉は聞き捨てならず、ぴくりと眉を動かしてしまう。

 が、怒る必要はなかった。


「いや、あれは正解だろう。

 あのような植物とも思えぬものを、参加した人々に振る舞おうとする娘だ。

 ぼくとしては、今までよく我慢してきた方だと、そう思うよ」


「だな。

 今になって思い出しても、あの料理ともいえない品には怖気が走る」


 友人たちの反応は、あくまで自分に対し理解を示すもので、やはり、持つべきものは価値観を同じくできる友だと思えたからである。


「ゲミューセ殿下も、殿下だ。

 あんなものを口に入れて、しかも、それが気に入ったからと、婚約破棄されたばかりの娘を自分のものにするとは……。

 変わったお方だとは思ったが、このままでは、大勇帝国も先が暗いぞ」


「なあに、我々がしっかりしていれば、どうにかなるさ。

 王家の力は強いが、議会においては、僕ら貴族の意見も大きい。

 王家が多少おかしな判断をしたところで、こちらが是正すればいいだけのことだよ」


「そうだな。

 それが、大恩ある先王や、現女王陛下に対するご恩返しにもなるだろう」


 誰もが、腕を組みながらうなずく。

 ここにいるのは、ハベストも含め、有力貴族家の男児たち。

 帝国の未来を担うのは、自分たちだという自負があった。

 侍女がサンドイッチを運んできたのは、そのようにして団結を深めていた時のことだ。


「お、これこれ」


「野菜たっぷりのサンドイッチが食べたいために、ぼくらはハベストの所へ集まるのかもしれないな」


 そんなことを言いながら、帝国では貴重な野菜のサンドイッチを皆で味わう。

 かぼちゃをゆで卵と合わせ、サラダ仕立てにした具材は、いかにも贅沢な逸品である。

 このような品こそ、プーアー伯爵家の力を示す象徴……。

 豊かな土地こそ、王。


 プーアー伯爵家は、他の貴族家と違い、近代的な産業には手を出していない。

 そのようなことをせずとも、文字通り国の台所を支えられるというのが、誇りであった。


「ん……?」


 と、誰かが首をかしげる。


「どうした?」


「いや、気のせいか……。

 去年は、もっと美味しかった気がしてさ」


 その言葉に……。

 昨晩、婚約を解消した女の言葉が思い起こされた。


「どれ」


 ゆえに、ハベスト自身も――味わう。

 しかしながら、いつもと同じ……。

 自分の舌には、そう思えたのである。


「特に、変わりはないだろう」


 だから、そう言って切り捨てた。


 こここそが、運命の別れ道……。

 もし、日々の食事を漫然と味わっていなかったら……。

 もし、少しでも、昨夜元婚約者が言った、野菜の味が変わっているという言葉を、気に留めていたなら……。

 打てる手は、あったかもしれない。


 だが、この取りこぼしは深刻かつ致命的であり……。

 以降のプーアー伯爵家と、ひいてはハベストの運命を決定付けたのである。

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