「ええ!? もやしを栽培したから婚約破棄ですって!?」 ~凶作を見越した結果、婚約破棄されましたが、功績を王子に評価され求愛されてしまいました~

英 慈尊

スプラ・ビーンズ

「ええ!? もやしを栽培したから婚約破棄ですって!?」


 ビーンズ伯爵家のご令嬢――スプラ・ビーンズの驚く声が、同伯爵邸のパーティー会場内へ響き渡った。

 今日は彼女が十六歳の誕生日を迎えた日であり、このパーティーもそれを祝うためのものである。

 いわば――今宵の主役。

 それが、このような声を発したのだから、自然と出席者の注目を浴びることになった。


 どうやら、彼女を驚かせたのは、婚約者たるハベスト・プーアーのようである。

 プーアー伯爵家の跡取りである彼は、その立場にふさわしく、いかにも理知的な顔立ちをしており……。

 やや癖のある金髪は、年頃の少年らしい愛嬌として感じられた。

 プーアー伯爵家も安泰だろうと、百人の内百人を納得させるだろう立派な少年……。

 それが今、肩をわなわなと震わせながら、婚約者に指を突き出している。


「……まあ、簡潔に述べてしまえば、そういうことだ。

 もやし……もやしといったか……。

 このような、植物とも思えない奇妙な代物を育て、ばかりか食べさせようとするとは……」


 言いながら、彼が見回したのは、料理の置かれているカウンターだ。

 なるほど、伯爵家のパーティーにふさわしく、そこには豪奢な料理の数々が並べられていたが……。

 いくつか、手の付けられていない料理が存在した。


 和え物や炒め物に、揚げ物……。

 調理の仕方は様々であったが、共通しているのは、奇妙な食材を使用していることである。

 いや、これを食材といって、よいものか、どうか……。


 それを端的に表現するなら、白みがかった半透明な茎……と、いったところだろう。

 長さは、人差し指ほど。

 太さは、おおよそ鉛筆の芯くらいであった。

 問題の料理は、そのような奇怪極まりない品を、ふんだんに使用しているのである。


「そんな!

 これは……もやしは、立派な食べ物です!

 ナムルに卵炒め、かき揚げ……。

 どれも、ハベスト様やお客様たちに食べてもらおうと思って、心を込めて作ったんですよ!?」


 そう言って反論したのが、スプラ嬢であった。

 ハベストを貴族男子らしい貴族男子とするなら、こちらは、およそ貴族女子らしくない少女である。


 栗色の髪は、ただ真っ直ぐに伸ばされているだけで、結い上げたりなどの工夫は一切されておらず……。

 顔立ちそのものは整っているようなのだが、分厚く大きなレンズを使ったメガネが、全て台無しにしてしまっていた。

 着ているドレスも簡素な仕立てのもので、パーティーだから仕方なく用意したと言わんばかりである。


 茶会や舞踏会など、年頃の令嬢が興味を示すものには一切、関わろうとせず……。

 ただ、自分が興味を持った研究に没頭する変人令嬢。

 それが、スプラ・ビーンズという少女に関する噂話であった。


「こんなもの、食べさせられてたまるか!」


 そんなスプラに、ハベストが一喝する。

 そして、和え物の載った皿を掴むと、これを放り捨てたのだ。


「そんな! せっかくのナムルを!」


 皿の割れる音に、料理が床へこぼれる音……。

 それから、スプラの悲鳴が響き渡る。

 だが、ハベストが告げたのは、そんな彼女の嘆きに答える言葉ではなかった。


「我がプーアー伯爵家が、国内随一の豊かな田園地帯を有していると知った上で、このようなものを振る舞ったのか!?

 国内では貴重である新鮮な野菜を食せるのが、我が誇り!

 そんな僕に、こんな毒を持ってそうな代物を食べさせようとするとは……!」


「毒なんて、ありません!」


「黙れ!」


 言い返そうとするスプラに、ハベストがまたも一喝する。


「妙な研究に打ち込むのは、まあ、許容していた。

 そのために、どこぞの農家と契約し、安くない金を渡していることもな。

 きっと、我が家へ嫁いできた時のために、農業というものへの見識を、深めているのだろうと思っていたのだ。

 だが、かように不気味な品を育て、食べさせようとするとはな……!

 君という人間を、誤解していた!

 少しは賢いところのある女かと思っていたが、どうやら、想像を絶するほどの愚か者であったらしい!」


 それだけ言って、ハベストが踵を返す。


「ハベスト様! どちらへ!」


「帰る!

 婚約破棄の手続きは、後日、正式に行わせてもらうぞ!」


 犬も食わぬような男女の破局風景……。

 そこに、ゲミューセが割って入ったのは、やはり犬も食わぬようなその料理へ、少しばかりの興味を抱いたからであった。


「やれやれ、勿体ないことをするものだ」


 そう言って、床に膝をつく。

 その目が見据えるのは、ナムルなる料理……。

 床に接していない部分は、まだ食べることが可能だろう。


「あなたは……!?」


「あなたは……?」


 そんな自分に、ハベストとスプラがそれぞれ同じ……。

 しかして、込められた意味合いはわずかに異なる言葉を告げる。


「スプラといったか?

 これは、確かに毒は入っていないのだな?」


「もちろんです。

 ですが、これでは……あ」


 スプラが答えるや否や、行儀悪く床のナムルを一つまみし、口に入れた。

 そして、目を見開く。


 ――この料理……。


 ――思いもよらず、美味。


 その事実へ、驚いたのだ。

 使われている油は、東方式のものであり……。

 オリーブオイルとは異なる香味が、食欲を増進させてくれる。

 それに、何より、このもやしなる食材のしゃきりとした食感……。

 それが、何とも歯に心地良い。

 しかも、この食材は味の染みが随分とよいらしく、まとわされたタレの風味を存分に堪能できるのであった。


「ふうむ……」


 ――美味いではないか!


 その感想を、あえておくびにも出さず考え込む。

 そして、スプラにこう尋ねる。


「お前は、どうしてこれを栽培しようと思った?」


「それは、この国に凶作が近づいていると考えたからです」


 返ってきたのは、迷いのない言葉だった。


「きっかけは、先日にハベスト様から頂いた茄子でした。

 夏の茄子だというのに、もう秋のそれを感じさせる味だったのです。

 わたしは、以前より、不測の事態に備えてもやしの研究を行っていました。

 そして、今こそ、その研究成果を活用する機会と考え、家の私財で大規模な栽培に打って出ました」


「ほおう……」


 ――驚いた。


 ――まさか、俺と同じ憂いを抱く者がいるとは……。


 その驚きもまた、おくびには出さず……。

 さらに、質問を続ける。


「何故、もやしを栽培すると凶作の対策になるのだ?」


「そもそも、種子となる豆が強い作物であり、さらに、もやしの栽培は天候などに左右されず行えます。

 おそらくは、安定した価格で流通可能な物価の優等生となるかと」


 すらすらとした、迷いのない持論……。

 それは、ゲミューセを大いに感心させた。


「では……」


 口を開いたところで、邪魔してきたのはすっかり蚊帳の外となっていたハベストだ。


「げ、ゲミューセ殿下……!

 あなたほどの方が、そんな床に落ちたものを……!

 スプラ! 君も分かっているのか!?

 この方は、国の第一王子なんだぞ!」


「え、ええ……!?」


 ――やれやれ。


 ――知らないようだったので、俺が種明かしして驚かせたかったのだがな。


 そんなことを考えつつ、立ち上がる。


「そう、俺こそはこの国の第一王子だ。

 その名において、先ほどの婚約破棄……。

 あらゆる手続きを省略し、承認しよう」


「おお!」


 我が意を得たとばかりに、ハベストが顔を輝かせた。

 そんな愚か者に、ゲミューセは続けてこう言ったのだ。


「続けて、俺が名において宣言する。

 ここにいるスプラを、俺のものにすると!

 もう、お前とは縁がない娘なのだ。

 何も文句はあるまい?」


「え……」


「ええーっ!?」


 驚きの声は、ハベストよりもスプラの方が大きかった。

 そんな娘の耳元へ口を近づけ、こう言ってやる。


「お前には、これから俺の下で存分に力を発揮してもらうぞ。

 だから、覚悟しておくがいい」


「え……ええ……?」


 困惑したスプラの顔が、猛烈に赤くなった。

 そんな姿は、なかなかに愛いものだと、ゲミューセはそう思ったのである。

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