空と青と眠り姫

@rinon1007

第1話




「ん…」


 目を開けると、そこに広がっていたのは青空だった。

 深く茂った森、人の手の届いた痕跡の無い大自然。仰向けに倒れている私は、微かな土の匂いと遠くの川のせせらぎを感じていた。


「…ここは、どこだろう……」


 思った言葉は、自然とこぼれ落ちた。目に映る光景は、やはり知らない場所……知ってる場所ってなんだろう?私は何を知っていたんだろう。


 寝起きの。靄のかかった頭で考える。自分は誰なのか、どうしてこんな場所で眠っていたのか。しばらく考えてみたが、何も思い出せなかった。自分が何者で、何をしていたか。


 ふと、あたりを見渡し何かないか調べようと思いつく。ここがどんな場所であれ、このままでは近いうちに空腹で動けなくなるだろうから。

 そして。強く風が吹いた。散らばっていた落ち葉のカサカサという音、落ち葉が舞い上がり今まで隠れていた地面があらわになる。


『あなたは、リタ。必ず迎えに行くから、待ってて』


 近くの地面には、深く刻み込むようにそう書いてあった。どこか懐かしいような、それでいて心が痛くなるような切ない感情が浮かぶ。

 周囲を見渡せば、地面や木の幹などに絶対に見落とさないように同じ文が書いてあった。書き残した人の周到な人間性が現れた不思議な空間にどこか安堵する。


「あぁ、迎えに来てくれるんだ……じゃあ…いいかな…」


 また勝手に口から出た言葉に、反応してくれる人は居ない。きっと書き残した人は、私にとってとても大切な人。

 私はまた深い眠りにつく。

 この現実を正確に受け入れるには、もうすこし心の準備が必要で。それは睡眠欲という形で現れた。




 私はいつか、すべてを思い出す。

 これはそんな物語。



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 タリア王国-東の辺境・トゥルダール領


 その北西にはルッカ村という小さな村があった。

 人口は200人程度、近隣に大きな都市はなく閑静な村。

 開拓によって生まれた村は強い仲間意識があり、小さな世界の中で平和が築かれていた。。

 この村では村人同士の物々交換によって生活が行われており。たまに来る行商、農作や狩猟、採集によって日々の食を支え、生活をしていた。


 そんな村に、1人の少女が生まれる。

 強い寒波によって雪に埋もれたルッカ村、空気が澄んでいる寒さの厳しい日だった。

 少女が生まれた瞬間、示し合わせた様に『リタ』と名前を付けた。


 裕福というわけでも貧しいわけでもない、そんなありふれた家庭。

 若く武勇に優れ猟師として生計を立てる父と、麗しくどこか抜けている様な母。

 絵にかいたような幸せな夫婦の間に生まれた美しくも平凡な少女は、小さな村の中で穏やかな一生を終えると決まっていた。


 しかし少女の穏やかな人生は、突如として終わりを迎えた。

 これは定められた歴史を書き換える様な、そんな物語。




 リタが生まれてから、ルッカ村に5度目の冬が訪れた。

 寒さが厳しく、深い積雪に覆われたルッカ村の一軒家でリタの誕生日が祝われていた。


 質素ながら工夫の凝らさせた品々は、少女の両親の無償の愛を感じさせるものであり。机の隅に居座り堂々と手づかみで食べていたソレは、料理の味に満足げに舌鼓を打つ。


 小さな匙で食事を口に運ぶリタは、自分以外には見えない謎のモヤモヤしたソレをいつもの光景だと無視を決め込んだ。


 まだ幼いながら人並外れた容姿を持つリタ。

 肩まで伸びた銀の髪に、長い睫毛に縁どられた瞳は空色。あどけなさが残るがすらりと通った鼻筋、桜色の唇。形のいいそれらは小さく纏まりながらも整い、白い肌は陶器のように美しかった。



 誕生日に贈られた麻でできた質素なシャツとズボンに飾りはないが、都市部から離れたこの村では一般的な物。しかし、彼女が着れば質素であるからこそ、彼女の無垢さがよく表されていた。

 物怖じしない生来の明るい性格と村中を駆けて回る元気な姿の彼女はこの村ではとても有名な子供だった。

 これは、リタがただの少女で居ることの出来た最後の誕生日の記憶。




 暖かい春を迎えたルッカ村の猟師の家。

 小さな木造の平屋。部屋の隅の台所と素朴で頑丈な造りの机。中央に囲炉裏のある様な、この村では平均よりも少し上質な家。その家の一人娘のリタは、洗礼式を明日に控え、自分用の髪飾りづくりに励んでいた。


 洗礼式では、母親が衣装を仕立て、子供は自らの装飾品を作る習わしがある。この冬の間から作り始めていた髪飾りも、もう一息で完成というところだった。

 そして最後の糸を通し、形を整えた。


「できた!お母さん、できたよ!」


 数か月の練習の末、リタは自分の用意した糸をすべて使いながらも、髪飾りを完成させた。

 活発で感情豊か、育ち盛りで落ち着きのない彼女に、数か月間の手編み物は大変だった。その分、完成した達成感もより大きなものとなった。


「よく頑張ったわね、リタ。少し見せてみなさい」


 そう答えたのは、台所で料理をしていた女性。

 この地域の一般的な色合いの茶髪に黒い瞳。整った容姿と優しそうな雰囲気を持つ彼女は、この村で一番の美人といわれるリタの母、『カルナ』。


 夕食を作る手を止めて、髪飾りを見た。

 リタの作る髪飾りは、青色の大輪の花をイメージし、作り方を母が自ら教えた物。その出来はカルナのイメージ通り作れており、十分過ぎる出来栄えをしていた。


「すごいわねリタ、もう少し形を整えれば完璧な出来になるわ。お父さんが帰ってきたら見せてあげなさい。たくさん褒めてくれるわよ」


 カルナは、娘が作ったにしてはうまく出来過ぎた髪飾り。与えた糸より上質な品質の糸で編まれたそれを、よくあることだと気にしないようにしながらリタを褒めた。


 カルナから見て、リタは幼い頃から、自分の理解が届かない事をたびたび引き起こしていた。

 その原因についてリタに問いかけた事はあるが、正確な答えは返ってこなかったが、その原因はなんとなく想像できていた。それでもリタが元気に育ち、嬉しそうに笑っていてくれるならそれでいいと思っていた。


 その内心を知りもしないリタは、完成した嬉しさを噛みしめながら喜び、内心に感じていた不安を呑み込んだ。


(よかった、髪飾りの糸が足りていなかったから、こっそり持ってきてもらった糸の事は、お母さんに気づかれなかったみたい?)


 リタは、髪飾りを作るのにどうしても足りなかった糸の出所を聞かれなかった事に安堵していた。リタ自身も糸の出所や材料などは知らない。だから聞かれたら困ってしまうのだ。この糸は『ふわふわさん』が作ってくれた物なのだから。


 机の隅にちょこんと座っている影の様な何か、『ふわふわさん』。周りをもやもやしたもので覆われた何かが褒めて欲しそうにリタを見ている。リタは自分の作った髪飾りを誇らしげに『ふわふわさん』に見せると満面の笑みを浮かべた。



 翌朝、洗礼式の日。

 リタは、日が昇ると同時にカルナに起こされ、桶に張ったお湯と手作りの洗髪剤によって身なりを整えられた。それから、カルナお手製の綿で出来た白いワンピースに身を包んでいた。

 それは誕生日の贈り物より上品で、控えめであるが飾りや織りを入れた心が籠った一品であった。

 リタは、麻の服と比べると肌触りの良い服を身につけ、何度も自分の姿を確認する。


 (普段の服を着る私もかわいいけど、このワンピースを着た私はより一層かわいい)


 手作りの洗髪剤によって、ほのかに花のような香りも感じられ。その香りがリタをさらに上機嫌にさせた。



 洗礼式までの時間を潰すように、家の居間で回る様に踊るリタは、今日の洗礼式について考えていた。


 今日、子供達は村の外れにある教会に行き、洗礼式に参加する。

 洗礼式とは子供が5歳になると、教会で領地を周る騎士様と顔を合わせるらしい。目的は、子供達の中から【魔力】を持つ子供がいるか調べるため。

 もし、魔力持ちの子供が希望したら、教育と生活の支援が受けられるらしい。


 リタが、家族や村の人たちに聞いてわかったことはそれくらいだった。

 この小さな村からは一度も魔力持ちが出たことがないため、村の人達も正確な情報などは知らなかった。

 彼らにとって洗礼式とは、村の子供達の成長を祝う節目でしかなく、お祝いの意味が強くなっているように感じた。


 なんとなく踊り始めた踊りを終えると、今日はお休みのお父さんが話しかけてきた。


「リタ、洗礼式が終わったら父さんと一緒に村の外に野鳥を取りに行こうか、ずっと村の外に出たがっていただろう?」


 お父さんはこの日が楽しみで、嬉しさを隠せない様子でリタに話しかけてきた。普段の落ち着いた雰囲気はなりを潜めて、嬉しいという感情を表に出すお父さんは珍しかった。

 この村では5歳の洗礼式が終わるまで、特別な理由がなければ子供達は村の外に出られない。そのため、お父さんはリタと一緒に出掛けられるようになる事がずっと楽しみにしていたのだ。

 そしてそれはリタも同じだった、もしかしたら、リタが一番楽しみにしているのかもしれない。


「本当!?嘘じゃない?私、村の外にでてもいいの!?」


 リタはずっと外に出てみたかった、この村の外に。きっとたくさんの『ふわふわさん』がいる外へ。


「本当だぞ、うんと大きな鳥を捕まえて、今夜はたっくさんお肉を食べよう。約束だ」

「じゃあ、今夜は腕によりをかけて夕食を用意しますからね、楽しみにしていますよ」

「うん!」


 お母さんもとっても嬉しそう。私は、お母さんのために、たくさんの鳥を捕まえて来ようと心の中で決意した。



 洗礼式 村の外れの教会

 土着信仰のある村という事もあり普段はあまり住人が寄る事のない教会の中。

 村の子供達と隣町の神父様、領地を回る騎士様が集まっていた。それぞれ格好は洗礼式のため着飾っており、厳正な教会内の雰囲気も合わさる事で非日常感のする空間へと変化していた。それは他の子供達も感じている様で、どこか落ち着かない様子だった。


 はしゃいでいる子は、家族の用意した衣装に、自作の髪飾りや首飾りを誇らしげに自慢し。少し大人びた子は同い年の子を、場所を弁えない子供を見るような目で冷ややかに見る。そして、そんな子供達を紺色のローブを羽織った神父様は、にこやかに眺めている。


 きっと毎年の事なのだろう。その表情からはどこか好々爺然とした印象を受けた。それは毎年この地域を回っている騎士様も同様で。すでにこなれた様子で子供達を眺め、開会を宣言した。


 洗礼式が始まると、神父様が騎士様を紹介し、騎士様は簡単な祝辞を述べた。内容はきっといつも同じ言葉なのだろう、すんなりと挨拶を終え締めくくる。

 すっかりと静かになった教会の中、神父様から魔力について説明が始まった。


 要約すると、魔力とは、この世界に満ちている目に見えない力であるという。その魔力を体内にとどめ、呪文や道具などを用いてこの世界に干渉する方法が【魔法】と呼ばれるものなのだそう。


 魔力を持ち、魔法を操れる者は平民にはとても希である事。

 魔力持ちとは基本的に遺伝するが、突然魔力を持った子供が生まれてくることがある事。

 小さいうちに魔力について正しい知識を身に着けるため、洗礼式で子供達の魔力の有無を調べている事。

 魔法に対する正しい知識を身につけさせる事が目的なのだと言う。


(うん…たしかに何の知識のない人間が無茶苦茶に魔法を使った場合、危ないよね?)


 リタは自分の理解できる範囲で内容を砕いて解釈し、考えた。この説明は、洗礼式の中で形式として残っているだけの説明のため、子供達が理解できるような説明の仕方をしていない。

 他の子供たちは雰囲気に呑まれ静かに聞き流している中、リタだけがこの話の疑問にたどり着いた。


(それでも、騎士団の騎士様がこんな小さな村まで周るのって変じゃない?)


 そこに何か他の意味があるのではないか、と考えたが。それ以上先にはたどり着けなかった。


(うーーん、魔力持ちは貴重だって話だし、事前に恩を売って成人したら自分のもとで働いてもらいたいとか?)


 リタは、幼い頭でそう考えた。


 説明の終わった神父様が下がり、騎士様に交代する。


「では、これより魔力の有無を調べる」


 騎士様は大柄で、頑丈な革の鎧を身に纏っていた。そして手に透明な水晶玉も持ち、子供達に見せながらそう言った。


 検査の流れは非常に簡単だった。

 まず水晶玉を台に置き、子供達を一人ずつ呼んでいく。名前を呼ばれた子供が前に出る。神父様が名前を確認したら、水晶玉に手をかざし「妖精たちよ、わが力を示しなさい」と言う。以上。


 その呪文が最も単純で簡単な魔法の呪文のため、魔力があるなら水晶玉に魔力が流れ、光る。そのように説明していた。

 順番に子供達が試し、そして誰も反応がなく元の席に戻っていく。リタも初めは緊張し、集中して見ていたが、何度も見ているうちに飽きてしまった。


 …そうしているうちにリタの名前が呼ばれた。

 どうやら一番後だったようだ。リタはゆっくりと深呼吸をして、落ち着いてから壇上の上に向かう。そして騎士様の前に立った。

 変わった事はしていないはずなのに、たくさんの目線が自分に見られている気がして緊張した。

 そして、おかしな行動をしたのは、騎士様だった。


「ッ…」

「?」

(…え?)


 リタの前に立っていた騎士は、リタの姿を見て反射的に息をのんだ。まるで目の前に魔獣が飛び出てきたというような反応だった。

 リタは自分の銀髪や青い瞳が珍しい事を知っていたし、自分の容姿が周りの子供達と比べて優れていることを理解していた。でも姿なら遠目でも見えていた筈で、どうして今になって反応したのか分からなかった。


(うーん…きっと、間近で私の姿を見て驚いたのだろう、今日の私はかわいいし)

 

 すこし疑問に思ったが、リタは自分の容姿に自信があるので気にしない事にした。

 気を取り直して、水晶玉に右手を乗せ名乗った。


「私は、リタ。猟師の家の子」


 神父様が名前を確認し、視線で続きを促したので続ける。


「妖精たちよ、わが力を示しなさい」


 妖精たちとはどのようなものかを想像しながら唱えてみた。リタの脳裏には気まぐれに助けてくれる『ふわふわさん』がイメージされた。

 あのもやもやとした体に、褒めて欲しそうな雰囲気を出す不思議な生物。


(ふふっ、かわいい…)


 その瞬間、リタは自分の右手を通して何かが流れたように感じ、水晶玉が明るく輝き始めた。そのまま光は目が開けられない程に、教会の中を光が埋め尽くした。

 反射的に反らした視界の端では騎士が慌てながらも素早く動き出し、水晶玉を私がから遠ざけようと動き出していた。

 …でも間に合いそうにない、このままなら水晶玉が割れるのが先だろう、と悟った。


(…どうしよう。あの水晶玉は明かに高価な品だ。もしそれを壊してしまったら………)


 リタは『ふわふわさん』のイメージを消し、右手にある流れを止める様に力を制御し霧散させた。

 あと少し遅かったら私から流れ出した力は水晶玉を割ってしまっていただろう。それほどに強い光だった。

 そして、光の収まった水晶玉に傷がないことに安堵し周りを観察する。


 まず、騎士様は無事だ。水晶玉を両手で掴んだ体勢で止まっている。少し間抜けだ。

 神父様も驚いた顔をしているが、どこか納得したような表情にも見えた。もしかしたらリタが何かしでかすと思っていたのかもしれない。

 子供達は何があったのかわかっておらず、ざわざわと騒ぐ子や泣きそうな子供がそれぞれ顔を見合わせていたが、混乱を収めるよう芝居がかった口調で神父様が言った


「目出度い事に、猟師の娘・リタに魔力があることが分かった。それもかなり強力な魔力だろう。これもきっと神のお導きによるものだろう、みな盛大な拍手を」


 言い終わると同時に神父様が拍手をし、子供達も釣られて拍手をする。リタはこの時、やっと自分の流した力が魔力であることを理解した。

 そして、してやったりと得意げな顔をしている様に見える『ふわふわさん』が視界に映った。


(…こんなはずじゃなかったのに)


 どこか肩の力が抜けてげんなりする。


 そんなリタを騎士様は、何か得体の知れないモノを見るかのような目で見ていたが、リタがそれに気が付くことはない。

 リタの頭はこれからどうなるのだろう、という思考と、水晶玉に傷が無くて良かった、という事しかないのだから。


 それから教会の洗礼式は何事もなかったかの様に終了した。リタも家に帰ろうかと支度をしていると、神父様が声をかけてきた。


「リタさん、少しご両親と騎士様を交えて、話合いをしたいので、教会に呼んできていただけますかな」

「…わかりました、神父様」


(やっぱり簡単には返してくれないよね…)


 リタは、両親を呼びに家へ向かう事になった。。






------ヘムロックの視点------


 俺の名前はヘムロック。タリア王国の辺境。トゥルダール辺境伯の騎士団の一員だ。

 この騎士団では、毎年夏になるとすべての集落を回り、魔力の測定を行う事になっていた。


 どうしてわざわざ騎士団がこの仕事を持ち回るのかというと、測定に使う水晶玉『魔力水晶』がかなり貴重なものであるというのと、魔力持ちの子供を不正なく保護するためだ。


 この魔力水晶は魔力に反応して光る不思議な水晶だ。

 実際、盗難や紛失は過去には何件もあった。この水晶があれば、村や町で生まれた子供達から魔力持ちを選定し、簡単に誘拐することが可能になってしまう。

 市民の中から魔力持ちが生まれることは稀だがないわけではない。魔力持ちの子供を発見し、可能な限り保護する。そして本人が希望するなら適切な支援をする。


 ……あの事件が起こった後、この国ではその決まりを徹底する事になっていた。そのためにも騎士団が自ら動く必要がある。つまり、これは大事な仕事だ。そう自分に言い聞かせた。


 正直言えば、俺の持ち回りは人口の少ない外れ、ルッカ村含め3つの村を回るだけだ。あまり騎士団の中で嬉しい仕事ではないのかもしれない。しかし、村の人たちからすれば年に一度来る客、それも領主直属の騎士団の騎士様。彼らをあまり失望させないよう俺も努力した。

 初めのうちは全身に金属の鎧を纏い、いかにも騎士の格好をしていたが、普通こんな外れの村まで重装備で移動する人はいないだろう。

 村で接待されている時にさりげなく指摘されて以降、簡単な皮と金属を使った略式の鎧で向かうようになったのは、今ではいい笑い話だ。

 そんなことを繰り返すうちに村の人々との交流が深まり、受け入れてもらえるようになった。今ではこの仕事を案外悪くない物だと思うようになっていた。


 そんなある日、ルッカ村である噂を聞いた。なんでも村一番の美人と有名なカルナと、猟師の親方の…あ~名前が思い出せないが、その二人が結婚し、子供が生まれたらしい。

 子供の名前は……そう、リタだ。そのリタって子供が、生まれながらに美しい銀髪に青い瞳をしているとかで、貴族様の先祖返りかもしれないと噂だった。

 両親とは似ても似つかぬ色調に、幼いながら聡明な少女。もしかしたら、本当に魔力持ちかもしれないと心の中で考えていた。


 それから毎年洗礼式に様子を見ているうちに5年がたった。

 そう。今年はあの少女、リタの洗礼式である。おそらく魔力持ちであることは間違いないだろう。無用な混乱を避けるため、リタの魔力測定の順番は最後にした。


 毎年使いまわしの祝辞を述べ、簡単な魔力についての説明を行う。一体この説明を聞いて、5歳の子供にどこまで理解できるか甚だ疑問だが、一応説明する決まりだ。

 やはり、村の子供達ではよくわからないらしく、早く魔力測定をしたくて落ち着きがない様子だった、リタを除いて。

 彼女は、思案気な表情で話を聞いている。既にこの話を理解できる思考力が備わっているようだった。その姿にどこか末恐ろしい物を感じた。


 順番に子供達の魔力を測定するが、すんなりと終わってしまう。やはり今回も魔力を持つ子は居ない様だった。


 そして、とうとう彼女の順番になった。

 リタは、自然体で壇上までまっすぐ歩いている。その背中に沢山の視線を集めているが、ものともしない。珍しい銀髪の少女、その整い過ぎた容姿は、そこにあるだけで視線を集めてしまう。

 しかし振り向くこともせず、動揺する事もない。自分が子供の頃を思い出したとしても、こんな子供は周りに居なかっただろう。


 壇上に上がったリタはゆっくりと、こちらを見上げた。

 その瞳となんとなしに目が合う。


「ッ…」


 咄嗟に声を抑え、動揺を抑え込んだ。間近で見た彼女は…異質だった。その小さく華奢な体にいったいどれ程の力を宿しているのか…。彼女を見て、その存在を認識した瞬間、悪寒がした。

 恐ろしいのは、その瞳を直接見るまではその異常性を認識できなかった事。これ程の存在感をなぜ感じられなかったのか理解できなかった。


 この存在感はまるで、王都の宮廷魔導士と合同で魔物掃討へ行った時の感覚に近しいものだった。俺は魔力を感じることは出来ないが、戦いの中で感じ続けた感覚は雰囲気として理解出来る。俺は、彼女は魔力持ちだと確信した。それも5歳にして魔法師の精鋭に匹敵する程の…。


 神父に目で合図し、進行を促した。

 彼女は、魔力水晶に小さな右手を乗せ、舌足らずながら鈴の音のような綺麗な声で言った。


「わたしはリタ。リョウシのいえのこ。ようせいたちよ、わがちからをしめしなさい」


 そして、教会内は激しい光に襲われた。正直、魔力水晶が爆発すると思った。魔力水晶が光るだろうとは想像していたが、想像以上に激しい現実に戸惑ってしまった。

 自らの体で爆発を抑え込む覚悟をし、水晶に覆いかぶさろうとするが…。

 その瞬間、彼女は何事もなかったかのように魔力を霧散させ光を収めると冷静に回りを観察していた。

 彼女は、魔力の扱いになれているように感じた……自分の覚悟を返してほしい、と思った。


 だが、これからのことも考えなくてはならない。これだけ強力な魔力を制御するすべを彼女は身につけなければならないのだから。神父と相談し、これからの事を彼女・リタの両親と話し合う準備をしなければならない。



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