【第2話】

「東京ディスティニーランドへようこそ!!」



 チケットをゲートに通すと、青色の制服を身につけた女性が満面の笑みで出迎えてくれる。「よろしければパンフレットもどうぞ」と近くにあった冊子をショウとユフィーリアにそれぞれ差し出してきた。

 手渡されたパンフレットは、園内の地図となっているようだった。裏面には各フロアのアトラクションやレストランの名前などが掲載されている。これなら道に迷うこともないだろう。


 パンフレットを広げるユフィーリアは、



「え、これ無料?」


「ああ、園内で配られているな」


「凄えな、こんな出来のいいもんだったら100ルイゼぐらい取ってもいいぐらいだろ」



 地図の裏側に記載されたアトラクションやレストランの一覧に視線を走らせるユフィーリアは、「大まかな内容でも分かりやすい」と感心している様子である。


 この東京ディスティニーランドは、恋人同士や家族連れが多く訪れる人気の遊園地だ。ここでは『現実を忘れて夢と魔法の世界を楽しもう』というコンセプトの元、各フロアの世界観は現実離れをしている。アトラクションやレストランで提供される食事の内容なども現実とは思えないようなものばかりが取り揃えられており、非日常感が味わえると有名だ。

 とはいえ、ショウは魔法が主流となった世界で生き、魔女・魔法使い教育機関であるヴァラール魔法学院の用務員として勤めている身である。魔法であれば散々体験しているので夢も魔法もクソもないのだが、こういう場所は雰囲気だけで楽しめる。


 パンフレットを広げた状態で現在地を確認するユフィーリアは、



「あそこがディスティニーバザールってところか」


「そうみたいだな」



 ゲートを越えてすぐの場所にあるのが、天井が設けられた園内最大級の商店街『ディスティニーバザール』である。ここではお土産を購入するのが主流だとか。

 確かにお菓子やキーホルダーなどの小物、洋服、少し変わり種で言えば記念メダルなどが売られている店が建ち並んでいる。園内の利用客は早くもお土産購入の為に店舗へ足を踏み入れており、多くの買い物袋を抱えていた。


 ユフィーリアは店の窓に飾られたカチューシャや鞄などの小物を眺め、



「可愛いのが多いな」


「キャラクターたちは世界的に人気が高いからな」



 カチューシャや鞄は園内で身につけることを前提として考えているデザインである。普段から使っているとあっという間に壊れてしまいそうだ。


 ふとショウが顔を上げると、視線の先に大きめの屋台を発見した。軽食でも売られているのかと思えば、屋台の壁に掲げられていたのは数多くのカチューシャである。

 そのカチューシャには動物の耳だったり、ヴェールだったり、角などが縫い付けられたキャラクターの要素を前面に押し出している代物である。お土産屋で売られているものと同じだが、いくつか販売箇所があるようだ。


 ショウはユフィーリアの着ている上着の袖を引き、



「ユフィーリア、カチューシャを買おう」


「いいけど……」



 ユフィーリアはどこか不安そうに、



「どこかにぶっ飛ばされねえかな。買っておきながら落としたりしたら泣く自信がある」


「多分大丈夫だと思うぞ。ああいったものは締め付けが強いから」



 ショウはユフィーリアの手を引いて、カチューシャが売られている屋台まで近づく。


 客の雰囲気を感じ取ったのか、やたらゴテゴテとしたスーツを身につけた男性が「いらっしゃいませぇ」と気取った雰囲気で出迎える。ユフィーリアもユフィーリアで、面白がって「いらっしゃいましたぁ」と真似していた。

 屋台に掲げられているカチューシャは多岐に渡り、どのカチューシャも可愛らしい。あまりの可愛さに目移りしてしまいそうだ。


 すると、



「お、これがいいんじゃねえか?」



 ユフィーリアの腕がショウの後ろから伸びて、飾られていた黒猫の耳がついたカチューシャを手に取る。ふわふわとした生地が特徴的なそれをショウの頭に嵌めてきたユフィーリアは、今の姿を見て「似合うじゃねえか」と言う。

 試しに鏡を覗き込んでみると、黒猫の耳がショウの黒髪といい感じに合致していた。実際にショウの頭頂部から猫耳が生えているようである。


 お返しと言わんばかりに、ショウはとあるカチューシャを手に取った。



「では、貴女はこれを」


「お?」



 ユフィーリアの頭に嵌めたカチューシャは、雪の結晶が刺繍されたヴェールが垂れ下がるカチューシャである。雪の女王をテーマにしたキャラクターのカチューシャで、氷の魔法を得意とするユフィーリアによく似合っていた。

 鏡で自分の姿を確認したユフィーリアは、カチューシャをいじって「いいじゃねえか」と弾んだ声を上げる。気に入った様子である。


 ショウは財布からお金を取り出し、



「店員さん、今着けているカチューシャをください。このまま着ていきます」


「おいショウ坊」



 ユフィーリアが不満げな表情でこちらを見てくる。年長者として年下に奢られるのは少し気分はよくないのだろう。

 だが、ここはショウのホームグラウンドである。いつもはユフィーリアの庇護下にあったが、日本に来たからには今度はショウが最愛の旦那様をもてなす番だ。


 手早く会計を済ませたショウは、



「大丈夫だ、ユフィーリア。貯金はちゃんとあるから」


「でも」


「ほら行こう、全てのエリアを回りたいんだ。こんなところで立ち止まっていたら日が暮れてしまう」


「ちょ、おい待て待て引っ張るな引っ張るな落ち着け」



 ユフィーリアの手を引き、ショウはディスティニーバザールの奥へと進んでいく。ある意味で誰よりもこの夢と魔法の世界を楽しんでいるのはショウかもしれない。

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