第27話 再びアザイドへ〈カンネ救出〔承〕〉

 食事も取り終わり、ちょっとの休憩を入れると、夜が明ける前の暁闇あかつきやみのなか出発した。


 ヘルヴェルに戻った時と同じように、中央政府の建物まで来ると、ルシアの能力【精霊譚スピリト】の〈眠りの森シレンツィオ〉から目が覚めている者たちの姿があった。

 

「ルシアさん、アイツら目を覚ましてるけど、もう一度かけるんだろ?」

「そうね、かけるわ。ただし、さっきより短めにだけど……」

「どうしてだよ? 長くかければその分、安心して入れるのに……」

「いい? ハヤセ。確かに長くかければ安心して入れるけど、逆もあるってことなの……」

  

 ルシアの言葉に反応したのはキキノだった。

 

「……長く眠らせた人達を別の誰かに発見される危険度が上るって事ですね?」

「そう。それにあと少ししたら、見張りが交代する時間よ。リスクの方が高いわ」

「でもルシアさん、前に結局眠らせてるから、今の見張りの奴らが『何者かに眠らされた!』って報告したら同じ事じゃあ……」


 ルシアは頭を振りながら答えた。

 

「それを自分達から報告することはないわよ。まさか『能力をかけられて見張りを怠りました』なんて言えないでしょ? 長い時間なら言うかもしれないけど、前にかけたのもそんなに長くはないから。能力だと判断しても、ほんの少しなら自分達の保身の為に隠すでしょうね。この建物はそれだけ重要だから、敢えて罰を受けるようなことはしない。眠った人達は口裏を合わせると思うわよ」

 

「それじゃあここは、それだけ秘密が多いのかよ……」

「天世の転移陣にしろ、世界星軍府にしろ、治安警守院にしろね……」


 ルシアの言いにハヤセは引っ掛かりを覚えた。

 

「その言い方じゃあ、他の二機関にも何かあるのか?」


「まぁ、どこでも闇は存在するわ。でもね、この二機関の中でも治安警守院は危険よ。彼らも元は地種アンシュだからなにを考えているか分からないわ……まだ表立って出て来てないけどね」


「マジかよ……。どうなってんだよこの世界は? もう何が本当だか分からねーよ……」


「この世界は嘘が多いわ……。それに、天世はもちろん、治安警守院もこれから、表立った行動をするかもしれなわよ……このアザイドの件をきっかけにね」

 

 そう締めくくると、ルシアは〈眠りの森シレンツィオ〉を発動させた。


 崩れ落ちるように見張りが眠ると、急ぐように転移陣のある地下まで下りた。

 扉を閉め施錠をすると、転移陣に手をつき【精霊譚スピリト】を解放した。

 

 地下室には七色の光が広がり、それらは何かを組み立てるように踊っていた。

 それは転移陣に収束すると、光の柱が姿を現した。

 その光に包まれながらハヤセはルシアに聞いていた。

 

「──それでルシアさん、どこに座標を設定したんだ?」

「そうね、アザイド内は危険そうだから、外の近いところかな。私も以前行った事がある展望台に設定したわ……──じゃあ跳ぶわよ!」


 言った瞬間────


 3人は七色に包まれ、地下室を照らす人工の灯りから、天牢を照らす微かな月光に変わり、未だ夜が明けきっていない展望台へと場所を移していた。

 

「やっぱ、ルシアさんすげーな……」


 ハヤセは感心するように言いつつも、つい先日、この場でキキノを見たことを思い浮かべ、キキノに視線を向けながら呟いていた。

 

「──俺はここで、初めてキキノを見たんだよな……」

「そうだね……。外牢で会った時も驚いたよね……」

 ハヤセとキキノは互いに照れながら言っていた。


 ルシアは「──はいはい。2人の出会いは分かったから……」と呆れ気味に言っていた。

 2人は少し慌てた様子を見せると、話を逸らすようにハヤセが口を開いた。

 

「──と、ところでルシアさん、公開処刑までの時間どうするんだよ? まさか、それまで身を潜めるとは言わないよな?」

 その疑問に、当然といったように返事をした。

 

「すぐに動くわよ! 時間は明日だけどそれまで生かしているとは言えないでしょ? ロイゼンの目的はあなた達を誘き寄せることだから、もし、誰かに見つかってその報告が耳に入れば、カンネに用がなくなってしまうわ……だから、先手を打たないと……」


「でも、先手って言ってもどうするだよ? 公開処刑って言っても、どこで執行するか分からないよな? まさか、街中ってとこは無いだろうけどさ……」


 ハヤセのその言いに、ルシアは確信したように口を開いた。

 

「確かに、明日は分からない……でも今だったら確実に囚われている場所は分かるわ──」


 ルシアの言葉にすぐに反応したのは一番心当たりのあるキキノが口を開いた。

 

「──天牢ですね……」


「そうよ。カンネはまず間違いなくそこにいるでしょうね……。2人を逃したのは天牢だったのだから、骨を砕いた人間をわざわざ街まで連行するわけないわ。そんな面倒な事はないのだから。それに、見張りやすい……。私たちが来ることが分かっていれば準備もし易いでしょうし」


「だったらロイゼンは、俺たちが早く来ることを予想している……て事か?」

 

 ルシアは静かに頷くと続けた。

 

「きっと今頃は天牢内に罠を準備してる途中でしょうね。でもまさか、エルフが一緒にいるだなんて思ってもいないでしょうね。それに──まぁいいわ! ハヤセ! キキノちゃん! 天牢に跳ぶわよ!」

 

「え!? どういう────」


 ハヤセがそう口にしようとした時には、ルシアは【精霊譚スピリト】の〈隠密カバート〉を発動させた。

 足許に無音のまま、波紋が広がったと思うと、目の前の景色が一変し、ついさっきまでいた展望台が視線の先に現れていた。

 

「ル、ルシアさん……これって空間移動……!?」

「私たちが通ってきたあの転移陣と同じ様なものなのですか?」

 ハヤセに続けて、キキノも声を上げていた。

 2人の疑問にルシアは答えた。

 

「確かに似た様なものだけど、〈隠密カバート〉は視認できる範囲にしか跳べないの……だから、建物の中とか、外から見えない所には跳べないのよ……」


「でも、逆に言えば、視認できる所ならどこでも跳べるって事なのか?」


「そうね……。でも、離れれば離れるほど潜在力である恵印が削られるから、真創の消費が激しくなるのよ。それに恵印の潜在力が減れば、能力も落ちるし、消費しきったら、回復するまで真創の使用ができないから、一時的に無能力になってしまうの……。だから使い所は考えないといけないわ。まぁ、この近い距離なら何の問題も無いから大丈夫だけどね」

 

 ハヤセは改めて思っていた。


 日頃の口うるさい母親然とした姿からは、想像がつかないほどの能力の持ち主であるということを……。そして、この人が本気を出せば、どれ程の能力を発揮するのか? と……。


 感心しているハヤセに視線を向けながらも、キキノはルシアに気になることを聞いた。

 

「──あの、ルシアさん……能力を使って天牢ここに来ましたけど、この気配を副所長さんに気取られないのですか? カンちゃんは自分の能力で気配感知を阻害してたんですが、ルシアさんにはそれが……その、みられなかったので……すみません知った様に言ってしまって……」


 キキノは申し訳なさそうな表情で聞いていた。

 ルシアはそれに笑顔で答えた。

 

「確かにキキノちゃんの言う通り、阻害とかは使ってないわ。でも、この〈隠密カバート〉はその名の通りで、一切の気配を気取られないのよ。この能力の使い勝手がいいのはそこかな」

 

 キキノのは感心したように「──ほえ〜……」と間の抜けた声を出していた。

 ルシアは口元を押さえながら「何よそれ……」と笑っていた。

 咄嗟に恥ずかしくなったのか、キキノは顔を赤くしながら照れていた。

 ハヤセはそれを眺めていたが、一呼吸おくと、これからの行動についてルシアに聞いていた。

 

天牢ここに来たのはいいけど、これからどうするんだよルシアさん? ここにはロイゼンも居るよな? 戦闘になったらカンネ・ヒキラギを助けるどころじゃなくなると思うんだけど……?」


 困った表情でルシアはハヤセに言った。

 

「あのねぇ、ハヤセ……。気配がないから跳んだのよ……。準備してるとは言ったけど、ロイゼンがいるとは言ってないわ」


「でも、俺たちが来るって分かってんなら本人も待ってるんじゃあ……?」


「だから言ったでしょ? 『エルフが一緒にいるだなんて思ってない』って……。私がいなかったら一気にここまで来れなかったでしょ? そうなると、手段は一つよ。あなた達が出てきた通路先の広場に居るはずよ。現に、なんか妙な気配があるしね……。イラついいてるのか気配がダダ漏れよ」


 ルシアはそう言うが、ハヤセとキキノは全く感じていなかった。

 キキノは驚く様に言った。

 

「私、全然感じませんでした……。すごいですルシアさん……」


「キキノちゃんも、お母さんのルアノさんくらいの能力になれば分かるようになるわよ。ルアノさんは今の私からしても、全くの別次元だったから……。多分、旅をしたメンバーの中では、一番凄かったと思うわよ」


 ルシアのその説明に、嬉しさが込み上げていた。自分の母親がそこまでの能力を有していたことには驚いたが、心の中には暖かな気持ちが満ちていた。

 そして漸く本題に入った。

 

「ここらからは一先ず、恐らくカンネが捕えられている内牢に向かうわ。そこに行くまでに戦闘は避けられない……。けど、ロイゼンが合流しなければ問題ないわ……。たとえ、合流したとしても私が何とかする」


 それに不安を覚えたハヤセは口にした。

 

「大丈夫なのかよ……ルシアさん?」

 

 心の底から心配しているハヤセの表情に、ルシアは笑顔で返していた。

 

「これでもあなた達の両親と旅をして色々教わったんだから! ちょっとやそっとの事では大丈夫よ!!」

 

(──でも、それ以上のことが起こったらどうするんだよ……?)

 

 ハヤセは不安を抱えたままカンネがいると思われる内牢に向かったのだった。

 

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る