第9話 キキノへの想い

「──君には名乗った覚えはない筈だがな……」

 

 ハヤセの言葉にそう反応すると、月の明かりを帯びた銀髪を、揺らしながらゆっくりと2人に近づいて来た。

 

「気配が全くしなかった…………」


 そのハヤセの驚愕に反応するように、キキノは口を開いた。


「……カンちゃんはね、この天牢の中位守官だから……」


 キキノは言うが、腑に落ちないでいた。

 いくら中位守官と言ってもここまでも何も感じる事が出来なかったのは普通ではない。


 足音と、声が発せられなければ、たとえ、すぐ後ろに来たとしても気づかなかったであろう。と……。


 確かに中位守官は〈特位〉、〈大位〉に次ぐ3番目の役職ではある。


 しかし────


「君はこう思っているのだろう? 私の『』と……。そのように振る舞ったからな」


 その返事に、───やはり………。と感じていたのだ。


「ヒイラギ中位守官、これはあんたの能力という事でいいんですよね……?」


「ああ、そうだな。私の能力は〈紫電〉だよ……。君も知っての通り、人というのは体中に微弱な電気を帯びている。これを〈準静電界〉という。それらは常に変動する事で気配を生み出す。私の紫電はその準静電界を相殺する事ができる。付け加えて言うのであれば、足音も消せる……(───こように──)……な」 


(なんて言った……。何かを言っていた。でも、『足音も消せる……(─────────)……な』と言っていた……。だけど、全文聞こえなかった……)


 さらに嫌な驚愕と、気持ち悪さが覆っていた。

 ハヤセはそれを隠す様に言った。


「なら何で気づかれる様なことをしたんだよ……? そのまま気配を消して俺を消せばよかったんじゃないのか?」

「キキノの目の前で君の血をぶち撒ける事はしないさ。暴走されたら面倒だからな……」

 そう淡々と言っているが、カンネはどこか暗弱な表情を浮かべている様に思えた。

 だが、すぐに表情を戻すとハヤセを見据え、──ここからは私が質問しよう……。と続けた。


「ただのの生徒がここに侵入するとは一体どういった事だ?」


 その質問に、ハヤセは表情を険しくすると、静かに答えた。


「昨日のこと……やっぱり気付いてたのかよ……」

「気付かれていないと思っていたのか?」

 だが、カンネの言う通りなのだ。

 一介の生徒にすぎないハヤセの気配にのだ。


「だけど、副長は来てないようだけど……?」

「〈スクリアート副長〉は封印の再施術に苛立っていたからな……。頭に血が昇ると、周囲の気配に疎くなる。その分何をするか分からないがな……」

 カンネは言うが、ロイゼンが来ても来なくても、ハヤセの生命が脅かされる事には違いはない。


 この会話に割り込むように、キキノが口を開いていた。


「カンちゃん! ハヤセはね、私に映像を見せてくれただけだよ! 確かに助け出してくれるとは言ったけど……。大丈夫だよ! 出ないから!! 逃げないから!! カンちゃんをから!!」


 ───違う……。そうじゃない……。


「ちゃんとねッ。しょ、処刑を受けるから……」


 ───違うのキキノ……。そんなんじゃない!


 キキノはハヤセとカンネ両者の事を考えつつ、必死に訴えていた。

 カンネを困らせない様に考え、ハヤセを殺さない様にと強く願っていた。

 ハヤセはその思いを汲み取ると、カンネに対して強く叫んだ!


「キキノはあんたの事を考えて自分の死を受け入れようとしている! 俺の事も考えていてくれている! あんたは! 小さい頃からキキノの世話をしていたんだろ! そんなキキノをとかのかとか思わなかったのかよ!!」


 そのハヤセの言葉に歯を噛み締めた後───


「お前にィ!! 何がわかるッ!!!」


 大きな声で叫び、腰に下げた細剣をハヤセに向けて振り抜いていた!


 振り抜かれた剣は雷を纏いハヤセの腹部めがけて一気にその距離を詰めて来た。


 ───が、ハヤセのボディーに届く寸前のところで空間に歪みが生じ、そのに塞がれていた。

 だが、カンネはさらに紫光しこうを帯びさせるとそのまま振り切った! それに押し切られたハヤセは後方の結界へと吹っ飛ばされ、衝撃音と共に背中を強打していた。


「ぐ───ッ!!」

「ハヤセ!!」 

 苦悶の表情を浮かべるハヤセを心配する様に、キキノも声を出していた。さらに続けてカンネに訴えていた。


「カンちゃん! 見逃してあげて!! もう会わないから!! 言う事を聞くから!!」

 必死に言うがカンネは静かに言った。


「……それは無理だ。キキノにあった時点で最早この少年は、天世守護聖のルールに反している……。この事はであり、んだよ」


「カンちゃん!!」


 ───やめてくれキキノ……

        そんな顔で言わないで……───


 今にも泣き出しそうなキキノの表情を、苦しい表情で見ていた。


 ───そんな顔をされたら……私は……


    天世守護聖の……ヘルゲートここに存在する───


    ───中位守官冷たい私ではいられなくなる………



 ※ ※ ※



 今日はよく晴れていた。

 空気も澄み、空に近いこの場所からは陽の光に照らされた銀嶺は荘厳と輝いていた。

 

 育成学校の課程を修了し、めでたく天牢のヘルゲート看守隊の任に就く事が出来た。


 私は今日入隊した者たちのこの中で、一番年下だ。


 12歳という年齢で、天牢の、しかも最高峰の看守隊に入隊出来た。

 自分で言うのも何だが、学校も主席で修了し、〈紫電〉という雷系の能力にも恵まれた。

 自分は実に運が良いのだと思った。


 ただ、目の前にいる男にだけは良い印象を持てなかった。

 目を釣り上げ、下等生物を見る様な人を見下した眼光は、生理的に受け付けない。


 この男が、これから私の上司となると考えただけで嫌になる……。


 金色の短髪、色黒の肌を持つダークエルフ……。

 さっきの説明では〈少位守官〉の一つ下〈上看官じょうかんしゅ〉と言っていた。


 名前は──ロイゼン・ヘイズ・スクリアートと名乗っていた。

 その男に〈物〉でも見る様な視線を向けられた。


「お前が最年少でヘルゲートここに入隊した者だな……名は確か──」

「はい! 本日よりここに配属されましたカンネ・ヒイラギと言います!」

 私はこの男に名前を言われる前に自分から名乗った。ただただ、嫌だったと言うのが本音だ。

 その私の返事に、男はいかにも作られた笑顔で続けた。


「このヘルゲートに現在の所、所長と副長などはいない。なので、事実上私がお前たちのトップな訳だ。だから私の指示には従うように」


 まさに、『自分が一番偉いのだから逆らうなよ』という感じでこの男は言ってきた。


 恐らく私以外にも嫌悪感を抱いている者はいるだろうが、当然、口に出す者などいない。

 それに満足したのか、各自にこのヘルゲートの仕事となる役割を割り振った。


 順番に役割を言い渡されると、それを教えてくれるであろう先輩たちの元へと行った。


 そして、最後に私……。

 ある部屋へと一緒に来る様に言われ、内牢のとある一室に案内された。 


 その場所はとても牢の中とは思えない造りで、まるで育児施設といったところだった。

 その部屋の隅っこの方にベビーベッドが置いてあった。近づくと、生まれてまだ間もない赤ん坊が寝かせられてあった。

 すると男は意味が分からない事を言い出した。


「この赤子を育てるのがお前の仕事だ」


 何を言っているのだろう……。

 全く意味が分からない……。

 さらに男は理解不能な事を言う。


「くれぐれも死なせるなよ。ちゃんと16歳になるまで育てろ!」


 理解ができない……。


 この男は殺すた為に育てろと言う……。

 『死なせるなよ』とも言った……。 

 この〈キキノ〉と言うと赤ん坊を……。


 ────本当に意味が分からない。


 それからの日々は忙しかった。


 妹たちの世話はした事はある。だけど、赤ん坊を育てとことなどある訳がない。


 だが、『仕事』だと言われた以上やるしかない。

 子育て動画や、雑誌、小さい子供を持つ赤の他人に話を聞いては試行錯誤の繰り返しだった。

 自分の母親には聞かなかった……と言うよりも、。何故なら、その理由を話さないといけなくなるからだ。

 

 あの男は最後にもう一つ言っていた。

 『この事は知られてはいけない事だ』と。


 そして私の努力は報われつつあった。

 あの赤ん坊だった子はすくすく育ち、5歳ともなると賑やかでうるさく、おままごとに付き合えとただをこねる。  

 私は「忙しいから無理!」と言うと大粒の涙を溜めて鼓膜が破れるかというくらい大泣きをする。

 私はため息を吐き言った。


「分かったから! 遊ぼうね! 私は何役をすればいい? キキノ」

「……ヒィくっ……うっ、う〜んと、カンちゃんはお母さんになって!」

 17歳となった私は母親役を言い渡された。



「じゃあ私はご飯を作るから残しちゃダメよ!」

「あ〜い!」

 そんな事をしていたが、おままごとと、普段私が言ってる事にあまり差を感じなかった。

 なので、キキノに聞いてみた。


「ねぇ、キキノ? このおままごといつもと変わらなくない?」

「うん。そだよぉ〜」

「何で? 他に何か無いの?」

「う〜ん。だってキキノねお母さんが分からないから……。だからね、カンちゃんがお母さんなんだよ〜」 


 屈託のない笑顔で言われた。


 その笑顔は私の胸を強く叩いた。

 そうだ……この子は何も知らないんだ……。

 親の顔はもちろん、このヘルゲートのの顔を知らない……。


 ───キキノは10歳を迎えた。

 この年齢になると色んなことが分かり始める。

 私は〈少位守官〉となり、22歳となった。


「ねぇ、カンちゃん……。私はここから出られないのかなぁ……。海見たいなぁ……」


 そう言うキキノは、外牢から外を眺めていた。

 昼間は外に出る事を許されないから、私越しに月と星を見ながら静かに呟いていた。

  

 私が許可を得られたのは、なら外牢に出てもいいという許可だった。 


 その際、キキノがリラックス出来るようにという約束も得た。


「ねぇ……。カンちゃん……。どうして私はここにいるのかな…………? 私何かしたのかなぁ……」

 今にも溢れそうな涙を溜めながら言っていた……。


「……………」


 私は答えられなかった……。


 まさか、が『大罪』だとは言えなかった……。

 

 私は何度も……何ども……なんども……ナンドモ、副長となった、生理的に受け付けないロイゼンに、キキノの罪の真意を聞いた。


 だが、答えるはずもなく威圧された。


 だけどある日、翼の生えた熊から告げられた。 

 天世は少女の能力を恐れ、無実を大罪にしたと。

 その熊の言った事を信じるわけではなかったが、私はキキノが大罪人とは一切思っていない。


 ───キキノは15歳となった……。

 

 彼女はもう生きる事を諦めていた……。

 この天牢が自分の全てであると

 私は今まで、どうにかキキノを救う方法を考えていた。なんの罪もないキキノこの娘にどうにか生きて欲しかった……。

  

 だが、ロイゼンからキキノの処刑日を聞かされた。

 その日にちは、最初に言っていた通りの16歳の誕生日だった。

 

 それを告げる為、私はキキノのいる内牢に足を向けていた。言いたくないという気持ちが足を重くしていた。扉を開けると、いつもの姿のキキノがいた……。


 だけど、キキノの表情はどこかスッキリとしていた。もしかしたら、昨日の少年と会ったのかもしれないと思った。


 私以外とほとんど話すことのないこの娘に変化があったという事はそういう事なのか。と……。


 でも、私は告げなければならなかった。

 

「……キキノ……。ごめんね……。ダメだった……」


「……うん……」


「キキノ……。決まってしまったよ……」


「うん……」


「──処刑日が決まったよ……。助けられなくて……ごめん……ね……。本当に……ごめんね……」


「私こそごめんね……。こんな事を言わせちゃって」


 こんな時まで私に気を使うの……。

 なんでこの娘が……

 なんでこの娘が……!


 ───なんでキキノが殺されなければならない!!


 私の心は崩れそうだった…………。

 


 ※ ※ ※



 ハヤセは強打した背中の痛みを我慢しながら立ち上がっていた。

 カンネの行動はどこかチグハグでその顔には黯然たる表情を浮かべていた。


「『助け出したいとか思わなかったのか』だと! 助けたいに決まっているだろ!! 私はこの娘に罪がない事を知っている! おかしいのは天世ここだ! キキノを助けたい、生きてもらいたい! だが出来なかった! 私はどうにかしてこの娘を助けたかった……。何度も救う方法を考えていた……でも無理だったんだ……」

「なんでだよ! あんたはヘルゲートここの中位守官なんだろ! あんたなら逃すことくらい出来るんじゃないのかよ!」

 

 そのハヤセの言葉に睨むと、当然の事を、小さい頃から見てきたからこその心配を口にした。

 

「たとえ、逃がすことができたとしよう……。その後はどうする? このは何も知らないんだぞ! 何も知らないこの娘の命を、天世の馬鹿どもはこぞって狙うぞ! どうやって生きる? どうやって幸せになるというんだ!! たとえ私が一緒に逃げたとしよう、顔が知られている私はキキノを守ることが出来るとは言い切れない……。私守ってやれない」


「だからって諦めるのかよ……! 俺だったら……」

「……ならお前ならどうするんだ……? 命をかけてこの娘を守ることが出来るのか……?」

 

 その問いをかけるカンネの顔には、強く確認する視線を纏っていた。


「……俺は、俺なら────」


 そう言おうとした時、乾いた声と、ゆったりとした足音が響いた。

 それは、月明かりの影から姿を現した。


 下等生物を見るような目……人を蔑む眼光……。

 色黒のダークエルフ……。


 この場に於いて、一番気をつけないといけなかった人物……。


「ゴミどもが……。やはり人間は下等だな……。くだらない事で感情を左右される……。ヒイラギ中位守官よ、お前の〈紫電〉で音を遮断したつもりだろ? 感情の起伏のせいで気配がダダ漏れだったぞ……!」


 その冷徹な声は2人に向けられた。

 すると、カンネはロイゼンに目を向けながら、ハヤセを背に言った。 



「ハヤセと言ったな……。キキノを外牢から出す。私がロイゼンを相手にしているうちにから連れて逃げろ……」


 カンネは覚悟を決めた表情でそう伝えると、紫を纏った剣技を、牢に向けて行使したのだった。


 

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