第7話 実は僕は八人目だったらしい

 僕の居室の窓の外には、噴水のある中庭が広がっており、それを囲むように屋根がついた回廊かいろうめぐらされていた。

 《こちらの世界》に来てから、朝、昼、夜と、それぞれの食事後に、この回廊を散策するのが日課になっている。


「ちょっと、一休み……と」


 回廊の手すりにもたれかかるようにして、──の明かりに照らされた噴水を見やる。


「はぁぁぁぁ……」


 大きくため息をついて髪の毛をき回した──その時だった。僕は近くに人の気配が現れたことに気づいた。


「動くんじゃねぇ、そのままの姿勢で視線をこっちに向けるな。つーか、向かい側の建物から監視されてるのに気づいてないわけ?」


 ガラの悪い言葉に思わずひるみかける僕だったが、辛うじて動揺を抑え込んで手すりにもたれかかったままの姿勢をたもつ。

 チラリと視線だけ声の方に向けると、ひとりの少年が、柱でできた影に半分隠れるようにしてたたずんでいる。


「アンタが召喚されたキョウヤってヤツだな」

「……そうだよ」


 相手をあおるようなぶっきらぼうな物言いに少々ムカッとしたが、逆にそのことで思考が冷静になった。

 少年が身動きせずに問いかけてくる。


「で、アンタはこれからどうするつもりなんだ」


 どうするつもり、って──僕は口の中で呟いてから、いったん目を閉じる。


「どうこもうもないよ、《こちらの世界》に召喚されたっていうだけで、まだなにもわからない状態なんだ。君が何者かしらないけど、何か知ってるのなら教えて欲しいくらいだ」


 一瞬落ちる沈黙。

 柱の陰の少年が少しだけ身じろぎした。どうやら小さくため息をついたようだ。


「……まぁ、そんなところだよな」

「そういう君は何者なんだ」


 僕が問いかけると、少年はもう一度ため息をつく。


「アンタと同類だよ」

「君も《むこうの世界》から、召喚されたっていうのか!?」

「おい、バカ、声が大きい──って、そうだよ。アンタと同じ、《ほし聖戦士せいせんし》のひとりってことらしいぜ」


 《星の聖戦士》はひとりではない。その驚きとともに、この前の大司教さんとの会食の時、吟遊詩人ぎんゆうしじんさんが歌った一節が思い出された。


 ──《星霊樹せいれいじゅ》に九つの星が舞い降りる


 もしかして、《星の聖戦士》は九人いるということか。

 だが、大司教さんや、その使いの人たちは、僕の他に召喚者がいるとは一言も言及していない。

 その疑問を口に出すと、少年は意地が悪そうに小さく笑う。


「大司教たちは、アンタを呼び出すまで、何回も召喚の儀式をやってるんだよ。そして、その儀式は全部失敗に終わった──と、アイツらは思い込んでいるんだ」

「実際は成功していたってこと?」

「ああ、オレを含めて七人、すでに《こちらの世界》に呼び出されている。ただ、アンタが違うのは、オレたちと違って、バカ正直に皇宮こうぐう召喚陣しょうかんじんの中に出現したってことだけさ」

「なっ……」


 自分の意志で選んだわけじゃない、と反論しようとしたが、僕はすんでのところで言葉を飲み込んだ。


「で、君は、どうしてここに来たんだい?」

「……とりあえず、オレたちと同じ《九星きゅうせい聖戦士せいせんし》の一人が、どんなツラか拝みに来てやったってあたりじゃね?」

「おい、いいかげんに──」


 バカにしたような口調に、さすがに頭にきた僕が身を起こしたときだった。

 少年の向こう側の闇の中から、押し殺した声が聞こえてきた。


「見回りの兵士が戻ってくる時間だぜ、そろそろ戻らないとヤバイっつーの」

「わーったよ、今行く」


 その声とともに、柱の陰の少年が身体を動かす気配を感じる。


「待って」


 僕は短く問いかけた。


「君の、君たちの名前は──」

「味方になるかわからないヤツに素直に名乗るバカはいねーよ、お人好しのキョウヤさん」

「──!!」


 笑いを含んだその声に、僕は身体ごと向き直ってしまう。

 すると、少し離れた場所──回廊のはしに置かれた松明たいまつあかりに照らされて、二人の少年が佇んでいた。

 淡い茶色の髪の小柄な少年と、そばかすの痕が残る赤毛の少年。

 舌打ちをこらえるような表情の茶髪少年の横で、赤毛の少年が無邪気むじゃきな笑顔で、僕に軽く手を振ってみせている。


 ──また来るよ、いろいろ気をつけろよな。


 僕には彼がそう言ったように思えた。

 正確には頭の中に、そう声が聞こえたような感覚だった。

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