第7章  ̄止尚吊(せぃじよお)後編

「汚い部屋ですが、どうぞお入りください」

「それでは、お邪魔します」



 綿貫が玄関のドアを開けると、乙葉はぎこちない動きで彼の部屋に入った。


 彼女は不思議な表情を浮べていた。


 期待が半分、嬉しさも半分だけど、恐る恐るが少しまじっている。


 対して、綿貫は頬を完全に緩ませきっていた。



(ああ、乙葉さんが俺の部屋に……!)



 幸せをかみしめながらも、乙葉をエスコートしていく。 


 玄関を越え、キッチン兼廊下を通過して、お茶の間に入った。



「なんというか、思っていたよりも普通の部屋ですね」



 乙葉の言葉通り、かなり質素な部屋だ。

 最低限のものしか置いておらず、テレビすらない。


 生活感がとても薄い。


 綿貫は部屋を一通り見渡すと、不思議そうに小首をかしげた。



「ん? 猫野郎はどこに行ったんだ?」

「ああ、いつも話に出る猫ちゃんですか」



 頷いた後、窓から外を確認する。

 近くにペットの姿はない。



「部屋にいることが多いんだが、今日は見当たらないな」

「ちょっと残念です。猫ちゃんを撫でたかったです」



 本当に口惜しそうな乙葉を見て、綿貫は思わず笑いそうになった。



「気難しいやつなので、乙葉さんの気配で逃げてしまったのかもしれません」

「……それは悔しいです」

「何回も部屋に来ているうちに、猫野郎も慣れてくれますよ」

「そうだといいんですが」



 それからしばらく、雑談が続いた。


 徐々に話が弾んでいき、自然と肩と肩が触れ合うようになった頃。


 乙葉は恥ずかしそうにしながらも、綿貫の瞳をみつめ始めた。



「私、男の人の部屋に入るのは、これがはじめてなんです」

「それは光栄なことです」



 綿貫が微笑むと、乙葉の顔がさらに赤く染まる。

 


「ですけど、それがどういう意味なのか、ちゃんと理解しているつもりです」



 その言葉を聞いた瞬間、綿貫の中で理性が外れた。


 まるで飢えたクマのように、彼は乙葉の細い体を強引に抱きしめた。


 

 そして、乙葉と綿貫の唇が、重なった。



 何秒ほど、そうしていただろうか。

 本人たちにとっては、これ以上ない至福の時間だっただろう。



 だけど突然、終わりを迎える。



 ブチン、と何かが切れる音とともに、綿貫の視界が暗くなった。


 同時に、空気が異様に冷たくなっていることに気付く。


 そして音が聞こえ始める。



 グチャ、ブチ、ぐちゃぁ



 目が見えないせいだろうか。

 不可解な音が、鮮明に聞こえてしまう。


 そして嗅覚もまた、血の匂いをしっかりと感じ取ってしまっていた。



(なんなんだ!?)



 一瞬、施設長の忠告が脳裏をよぎる。



『綿貫さんには、とても恐ろしい化け物が憑いています

 しかも、あなたが乙葉さんと話すときに活性化しているんです

 おそらくは化け物を刺激してしまっているのでしょう』



 なんで今、そんなことを思い出すのだろう。


 いや、きっと理解している。


 だけど、認めたくない。


 やがて、何かに覆われた視界が、ひらけていく。



「乙葉……」



 血の海が、畳の上で広がっていた。


 目の前にあるのは――


 惨死体。


 乙葉だったもの。


 さっきまでキスしていたもの。


 幸せそうに笑っていた顔は、今は目も当てられないほどに壊されている。


 全身は、まるで巨人に握りつぶされたみたいにひしゃげている。


 特に下腹部の状態は酷くて、内臓が飛び出ていた。



「あ、あぁ……なんで……」



 綿貫の表情は、絶望に染まっていた。


 それなのに顔の色は、青くなるどころか、逆に紅潮していく。


 そんなチグハグな顔面は、決してバグを起こしているわけではない。


 綿貫の感情を、これ以上ないほどに的確に表現していた。



「なんで……俺、今の彼女・・・・を美しいと思っているんだ」



 口に出した瞬間、途轍もない悪寒に襲われた。


 顔はカッと熱いのに、体の芯が凍えていく。

 ガクガクと体が震え、自由が利かなくなっていく。


 

(あ……)



 興奮しすぎたのだろう。

 綿貫は、崩れ落ちるように気絶してしまうのだった。





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どこまでグロ表現が許されるのかわからなかったので、最低限に留めました。

小学生が読んでもギリギリセーフかなぁ、といったラインを狙ったつもりです。


主人公が今後どうなっていくのか気になった人は、☆や♡、フォローをよろしくお願いします

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