#13 解決

 それから、いつもの岩で出来た硬い机と椅子に腰を落ち着けて、またぽつりぽつりと話を始めた。

 ナキの入れてくれた、ぬるくて味の薄いお茶を飲みながら。

 

 このお茶や茶菓子も、どこかからタテシマ様が持って来たものなのだろう。

 それは出がらしの茶葉なのかもしれないし、村民にとっては高級品かもしれないし、もしかすると茶葉ですらない葉っぱなのかもしれない。

 お菓子だってそう呼べるのかすら分からない豆を炒っただけの物だが、元はどこにあった物なのか、誰のものだったのか、もう分らない。


「――知れて、良かったです。知らないままじゃ、駄目でしたから」


 そして、


「――空間さん、これ」


 ナキは握り締めていた石の首飾りを、俺へと差し出した。


「お返ししておいてください。他の物は、もう分りません。でも、これはちゃんと探している持ち主が居ます。空間さんにも、ご迷惑がかかっています。本当は、わたしの手からお返しするべきかもしれませんが――」

「ありがとうございます。大丈夫です。これは俺が持って行かないと、あいつら納得してくれなさそうですから」


 俺は首飾りを受け取りつつ努めて明るくそう言って返すが、ナキからの反応は芳しくない。

 

 重たい沈黙が訪れる。

 俺はそれを払拭する様に、

 

「ああ、そうだ。聞きたい事が有ったんでした」


 と、そんな台詞を枕詞として、また言葉を重ねた。

 それにはナキも顔を上げて、反応を見せてくれる。


「聞きたい事、ですか……?」

「はい。以前にも、この深海へと来た人が居るという話を、前にしていましたよね」

「ああ。そう、ですね……」


 俺がその話題を出すと、ナキは少し言い淀む様子を見せた。

 あまり話したくない様な事なのだろうか。どうやらいきなり話題選択を間違ってしまったらしい。

 ならば盗人の正体が迷い人Bなどと言う架空の存在ではないと分かった以上、そう強いて聞き出すような事でも無いのだが、言葉を吐いてしまった手前引っ込みも付かなかったし、今から他の話題を探し出すのも難しかった。

 至急次の話題を脳内で必死に探しつつ、会話を繋ぐ。


「それって、最近の事ですか?」

「いいえ。正確には覚えていませんが、数年は前の事だったと思います。現れたのも、居なくなったのも、時期は同じ頃ですね」


 ナキも沈黙を嫌ってか、ぽつりぽつりと都度言葉を切りながらも話をしてくれた。

 

 数年前に現れ、ぱたりと居なくなった迷い人。

 であれば、シグレの出会ったという人物とは時期がずれている。

 これを仮に迷い人Cとしておこう。しかし、俺はCは既に亡くなっているだろうと予想している。

 

 地上にはジュウオウ村という“土産物”無くしてまともに扱って貰えない因習村しかない。

 仮に生きていれば、まともに暮らせない地上での飢えに耐えかねてこの深海へ“お願い”をしにやって来るはずなのだ。

 金も食料も無い状態で遠くの地へと足を延ばすのは無理とは言わないが不可能に近いし、もしそうして遠くの地へと行っていた場合邂逅しようもないので、俺にとっては亡くなっているのと同義で、考慮するだけ無駄な事だ。

 よって、俺の中で迷い人Cは死んでいる。

 もっとも、このナキの様子からしてあまり良い関係性であった様には見えないので、何かしら来られなくなった理由が有り、その結果であろうと察する事は出来る。


「そうなんですね。ありがとうございます」

 

 と、俺はそう言って、その話題をさっさと終わらせた。

 関係性の悪かった相手の話を根掘り葉掘り聞かれても気分は良くないだろうし、ナキがゆっくりと話してくれたおかげで、次の話題を掘り出すことが出来た。


「じゃあ――」

 

 と、俺たちは次の話題に移って行った。

 

「ナキさん。タテシマ様とお話って、出来るんですか?」


 それは先ほどナキが自身の胸の内に問いかける様子を思い出しての問いだった。

 俺たちの会話は大体こんな感じだ。俺かナキのどちらかが相手の事を質問して、そこから話題を広げて行く。

 俺にはナキの知らない世界の知識があるし、ナキには俺の知らない世界の知識がある。互いに相手の事を知るのは面白いのだ。


 この話題にはナキも言葉数多く、積極的に会話のキャッチボールを投げ返してくれる。

 

「いいえ。面と向かってお話という訳にはいきません。ですが、何となく考えている事が伝わってます。それと、眠っている間に、夢の中でお姿を見かける事もありました」

 

 どうやら神に直接事情を聞くような事は出来なさそうで残念だが、最後の夢の中で会えるという部分は気になった。

 神様とは一体どういう姿をしているのだろうか?

 何となく、長い髭を生やしたお爺さんや、翼や、頭の上の輪を思い浮かべた。いや、それは天使だろうか。


 そんな俺の疑問にも、ナキは答えてくれた。

 

「実際にお会いしたのは本当に赤子の頃なので覚えておらず、それ以降は夢の中ですから、とても朧気ですが……確か、その時は小さくて、可愛らしいお姿でしたよ。ほら、これくらいの――」


 と言って、ナキは両の手を使って身振り手振りで大体の大きさを教えてくれた。

 胸の前で人間の頭部一つ分より少し小さいくらいの空間を両の掌で作って、何とかタテシマ様の姿を伝えようとしてくれているが、正直言って全く分からなかった。

 きっと、彼女自身もぼんやりとしたサイズ感だけを覚えていて、しっかりとその姿形を覚えてはいないのだろう。


 そうして、それからも取り留めの無い話をしていると、自然と場の空気も戻って来ていた。

 

 そんな時間もすぐに過ぎて行き、やがて、いつもの様に俺は急激な眠気に襲われた。

 それは朝を迎えたと言う事であり、もう地上へ帰る時間を知らせていた。

 

「それでは、空間さん。わたしの代わりに、“それ”、お願いしますね」


 そんな少しトーンの落ちたナキの声を最後に、俺の意識は暗転した。

 俺の手の中には、しっかりと石の首飾りが握られている。



 浜辺で朝を迎えた俺は、首飾りを手に真っすぐと村へと向かった。

 まだ皆が仕事に出て行く時間には早く、通りに人の姿はない。

 俺は村中央にある井戸に体重を預けて、彼らを待った。


 それほど時間はかからなかった。

 少し待てば、彼らはそこに現れた。


「お、居た居た」

 

 中央に言いがかりをつけて来た黒髪の男と、脇にもう二人。

 “アニキ”の子分たちだ。

 

「さあて、首飾りは見つかったんだろうな?」


 昨日の俺の絶望的なあり様でも思い出しているのだろう。

 彼らは顔に嫌な笑みを貼り付けている。


 俺はおもむろに懐から石の首飾りを取り出し、前に突き出した。


「これで、いいですよね」


 すれば、男の表情が一瞬固まる。

 そしてそのままはっと意識を取り戻したかと思うと、俺の手から首飾りをもぎ取って、信じられないといって様子で目を見開らく。

 

「間違いねえ……。これは、アニキの家から無くなった首飾りだ。……どこでこれを!?」

「夜、海で拾いました」

 

 俺がそう短く答えれば、男は声を荒げた。


「そんな、都合よく落ちてたなんて、信じられるかよ! やっぱり、お前が盗んだんだろ!?」


(――まあ、そうなるよな……)

 

 正直言って、言う通りに持ってきてもこうやって難癖付けられるとは思っていた。

 しかし、馬鹿正直に“神様がやりました”だなんて言ったところで、それはそれで「馬鹿にしてんのか!?」とかなんとか言って、同じく嘘つき呼ばわりされてしまうだろう。

 誰か犯人を仕立て上げるのも難しい。だから、結局はほとんど事実に近い事をそのまま伝えるしかなかった。

 実際、俺は海でそれを手に入れたのだから、嘘は言っていない。


「だから、違いますって。それに、約束でしょう? 俺が首飾りを見つけてくれば、それでいいって」


 しかし、やはり彼らは難癖をつけて来て、納得しようとしない。

 そうやって何度か問答が続き、俺が困り果てていると、


「――おう、お前ら、朝から騒がしいな。何やってんだ?」


 振り返って見れば、どこかで見覚えのある男がそこには居た。


「アニキ!?」


 子分の男たちが上ずった驚きの声を上げる。

 ああ、そうだ。アニキと呼ばれた男、彼こそがこの石の首飾りを無くして困っていた人、その本人だ。

 

 アニキと呼ばれた男は、自ずと自分の子分たちの手に握られていた石の首飾りの存在に気づいた。

 「おお!」と歓喜の声を上げて、ずいずいと歩いて近づいて来て、その首飾りに飛びついた。


「お前ら、わざわざ探してくれたのか!?」

「ああ、いや、ええと……」


 純粋に喜ぶアニキと、やや気まずそうな子分。

 それを見つけて持ってきたのは俺なので、俺の前で自分たちの手柄として首を縦に振る事が出来なかったのだろう。


「うん? そうじゃないのか?」

「いや、その、アニキの為を思って――」

 

 アニキもそんなまごまごとした子分の様子を見ておかしいと思ったのか、その視線はそのまま俺の方へと流れてくる。

 そして、手の中の首飾り、子分、と視線を泳がせた後、もう一度俺の方へ。


「もしかして、あんたが、探してくれたのか?」


 子分の様子と、俺がこの場に居るという事実から、アニキはそう結論を導き出した。

 俺はこくりと、首肯する。


 すると、子分はむっと表情をしかめて、抗議の声を上げた。


「ち、違うんすうよ、アニキ! こいつが、こいつが首飾りを盗んだんだ!」


 まだそれを言うか、と俺は半ば呆れつつも反論しようとするが、それよりも先にアニキが口を開いた。


「何を言いやがる。この首飾りを持ってきてくれたのはこの人じゃあねえのか?」

「それは、そうなんすけど……」


 すると、子分のもう一人が声を上げた。


「アニキのためを思って、探してたんすよ。そしたら、盗みなんてするのはあの余所者なんじゃねえかって話になって――」


 しかし、それは火に油だった。


「それで、この人に迷惑をかけたって言うのか!? 俺はそんな事、頼んじゃいねえぞ。ったく、お前らという奴は――」


 アニキは呆れたように、そのまま子分たちを叱り付け始めた。

 どうやらこのまま事は収まりそうだ。


 俺はこの後漁の手伝いに行って、そのまま肩を持ってくれたクスノキに事の顛末を報告したい。

 そう思い、すっと静かにその場を離脱しようとした所で、アニキに捕まった。


「おうい、あんた」

「……はい」

「こいつらが迷惑かけたな。それと、ありがとよ!」


 そう言って、アニキは首飾りを持った手を掲げて良い笑顔を向けてきた。

 ああ、疲れた。でも、良かったな。


 俺は小さくお辞儀だけを返して、その場を後にした。

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